レポート - 英国大学事情 -

2012年7月号「イングランド北部地域の8大学による研究パートナーシップ<N8 Research Partnership>」

掲載日:2012年7月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

2012年7月、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は英国の高等教育機関による知識交流(Knowledge Exchange)活動に関する第11回目の実態調査である、2010-11年度「The Higher Education-Business and Community Interaction Survey」の調査結果を公表した。(この調査には、159の高等教育機関が回答を寄せている)。今月号では、この調査結果資料の中から、要点のみを抜粋して紹介する。

 

【1. 使命と目標】
【使命】
   大学、産業界およびその他の研究成果のユーザーの間の連携を促進する。
   大学の持つ研究能力と研究プログラムを通じ、卓越した研究成果を社会に還元する。
   所得、雇用および新規ビジネスを生み出し、経済発展に貢献する。
【目標】
   パートナーシップ加盟大学の間の補完的な研究能力を結合し、共同の研究開発プログラムを実施する。
   特にイングランド北部地域に関連した研究プログラムの成果の商業化や活用を図る。
   政府や研究成果のユーザーに役立つように、共同研究の成果を普及させる。

 

【2. パートナー大学の総合的研究能力】
   18,000名を超える研究者が在籍(英国全体の約10%)
   2009-10年度の研究収入の合計(公的助成と企業からの研究契約を含む)は7億4,000万ポンド(962億円)(*2)
   2008年度の公的研究評価(RAE2008)にて、8大学合計で125学科がトップ評価
   51,000名以上の大学院生が在籍(英国全体の16%)
   すべての8大学が、世界の研究機関の中のトップ1%入り

 

【3. 共同研究テーマ】

   8大学がそれぞれ持つ研究の強みと経済効果を考慮し、パートナーシップ結成当初は、試験的に「加齢と健康」、「エネルギー」、「分子工学」、「再生医療」および「水資源」の5分野を共同研究テーマに選定した。
   これらの中から、再生医療(Regenerative Medicine)と分子工学(Molecular Engineering)を優先研究テーマに正式決定し、再生医療研究のためのトランスレーショナル・センターである「Regener8」とナノテクノロジーなどの分子工学研究のための「METRC」と、2つのバーチャル・センターが設立された。(Regener8はリーズ大学に、METRCはシェフィールド大学とダーラム大学に置かれている。)
   その後、社会科学を含む他分野にまで共同研究が拡大し、現在では「人口変動の経済的インパクト」や「寄生虫学」というテーマも追加されている。

 

3-1) 再生医療
   「Regene8共同研究センター」は、再生医療に関する研究成果を商業的医薬品や臨床医療に利用することを目的とする。同センターは、8大学合計で100名を超える研究者と120社以上の企業パートナーと共同研究を進めることによって、大学の知見を活用して商業的価値を生み出すためのイノベーション・ギャップを埋める橋渡しを目指している。
   その他、再生医療のトランスレーションにおいて企業が直面する、製造、規制、安全性や有効性のテスト、臨床前評価、スケール・アップ、臨床実験、供給・配送チェーン・マッピングなど、各種のハードルを克服することも重要な目的である。
   Regener8は、中小企業から大きな研究開発企業、N8大学に所属する研究者や医療関係者に対して定期的にコンサルテーション実施している。
【成果】
   総勢200名の研究者が従事する、バーチャル型の共同研究ネットワークを構築した。
   22名の新規の研究職を生み出した。
   1,800万ポンド(約23億円)の直接投資と3,500万ポンド(約46億円)の間接投資を活用して、複数のパートナーによるイノベーション・プロジェクトの触媒となった。
   10社を超える企業のイノベーション及びトランスレーション活動を支援した。
【今後の活動方針・目標】
   2014年までに、技術戦略会議(Technology Strategy Board)、工学・物理科学リサーチ・カウンシル(EPSRC)およびバイオテクノロジー・生物科学リサーチ・カウンシル(BBSRC)の助成による、再生治療・デバイスのイノベーション・ノレッジ・センター(The Innovation and Knowledge Centre in Regenerative Therapies and Devices)との共同研究を目指す。
【目標】
   30名の新規雇用を生み出す。
   8大学間のイノベーション能力と業務の共有サービス(shared services)活動を強化する。
   20の製品またはサービスのイノベーション・パスウェイの短期化と早期段階のリスクの軽減を図る。
   インドや中国におけるオープン・イノベーションの機会を最大限に活用するため、早期段階での関係の構築を強化する。
   第2回目の産学連携研究活動として、40の共同研究プロジェクトを発足させ、研究のトランスレーションを支援するため、国民医療保険制度(National Health Service:NHS)傘下の病院や研究機関と共同活動を行う。
   イノベーション促進のために、更に2,000万ポンド(26億円)の投資を行う。
   企業メンバーの数を200まで増やし、イングランド北部地域に限らず英国全域にメンバーシップ網を構築する。

 

3-2) 分子工学
   分子工学分野の共同研究センターとして設立された「METRC」は、高分子、液晶および有機材料等を含むソフト・ナノテクノロジーに焦点を当て、英国の産業界が必要とする戦略的研究開発を行う。その中でも特に、在宅医療やヘルスケア等の医療関連およびエネルギー関連を当初の重点領域としている。
【METRCの強みと目標】
   産業界との共同研究プロジェクトへの助成
   産業界と大学の間の中立的仲介役
   METRCの持つ豊富な産業界とのネットワークを通じた、研究成果の商業化
   市場化への時間の短縮や新技術の開発へのアクセス
   企業が抱える問題点を解決するための、大学の専門家の紹介など
【成果】
   過去3年間で、共同研究を実施するための大学間及び産学間のネットワークとリレーションシップを構築した。
   国際的に主導的な規模と能力を兼ね備えたネットワークを構築するために、500社を超える企業、約150名の研究者および19の研究グループを含む、分子工学に強みを持つクラスターを結びつけた。
   このネットワークを地域企業のサプライ・チェーンに結び付けることによって、双方向のトランスレーショナル・リサーチを可能にした。
   80社を超す企業のイノベーション・プロジェクトを支援し、20名の新規雇用と1,500万ポンド(約20億円)の新規収入をもたらした。

 

3-3) 人口変動
   このイングランド北部地域における人口変動プロジェクトは、人口変動が経済成長、企業及び雇用にどのような機会をもたらすのか、または医療や社会保障の費用増加を含む、公的サービスにどのような負担をもたらすのか等を研究する共同プロジェクトである。
   人口変動は、退職年齢や高齢者の長期ケアなどの政策にすでに影響を与え始めている。その一方、人々が長期間働き、又長生きすることによって、衣類、ヘルス化・サービスや金融サービスなど、高齢者を対象とした新たな専門の製品やサービスへの新たなビジネス機会も生まれるであろう。また、高齢者グループや移民グループによる新たな起業のモデルやコミュニティー活動のモデルが出てくる可能性もある。
   この研究プロジェクトは、人口変動による経済効果を最大限に高め、経済費用を最小限にするための課題と方法を多面的角度から研究することを目的とする。これまでの研究成果は、2011年秋に公表された。

 

3-4) 寄生虫感染症の防止
   N8の「寄生虫学ネットワーク」は、寄生虫病に対するワクチン、診療方法及び薬剤の開発を目的として発足した。ダーラム大学の研究者が中心となり、40名の研究者、数十名のポスドクおよび博士課程在籍中の学生が当ネットワークに参加している。
   寄生虫学はN8研究ネットワークの持つ主要な強みの一つである。この研究は非常に重要であり、最近の調査によると世界の人口の大半が生涯に少なくとも一度は寄生虫に感染していると言われる。現在でも、毎年約1,500万人が寄生虫による感染症にて命を失っていると推定される。
   当ネットワークは、寄生虫による感染症の共同研究と同時に、寄生虫学を研究や教育の対象にすることを促進し、研究成果を大学以外の一般社会に広げることも重要な目的の一つにしている。
   2011年には、N8参加大学における寄生虫学研究コミュニティーの研究基盤マッピングの作成に着手した。2012年には、一連のワークショップの開催を計画している。
【研究課題】
   ワクチンの開発(現在のところ、人間に有効な寄生虫感染症ワクチンは存在しない。)
   新規薬剤の開発(現在、寄生虫による全ての感染症に有効な薬剤のポートフォリオは限られている。)
   寄生虫感染症をコントロールする政策とその実施方法の関係への研究
   気候変動が寄生虫に及ぼすインパクトの研究
   特定の寄生虫感染症への精度の高い診断テストの開発
   人間と動物の両方の寄生虫感染症への免疫学と分子工学的研究

 

【4. 産学連携活動(N8 Industry Innovation Forum)】
   N8 Industry Innovation Forum(N8IIF)は、N8リサーチ・パートナーシップとビジネス・イノベーション・技能省傘下の技術戦略会議(Technology Strategy Board)による新たな共同イニシアティブであり、イングランド北部地域の企業と研究重視型の主要大学、その他の研究機関やイノベーション・ネットワークを結びつける役割を担う。
   N8IIFの当初のパートナーは、N8参加大学をはじめとして、AstraZeneca, Croda, National Nuclear Laboratory, Procter & Gamble, Reckitt Benckiser, Siemens, Smith & Nephew, Unileverなどの世界的企業が挙げられている。
   N8IIFでは、企業が抱える課題と大学の持つ知見をマッチさせるニーズを持つ企業が選択した特定のテーマに絞ったフォーラム・ミーティングを開催することになり、第1回目のN8IIFフォーラム・ミーティング が2012年2月に開催された。初回は先端材料分野にテーマを絞った産学間の打ち合わせが行われ、2012年11月に第2回目のフォーラムが異なるテーマにて開催される予定である。

 

【5. 公的機関との連携活動】
【中央政府との連携】
   ビジネス・イノベーション・技能省、コミュニティー・地方政府省および雇用・年金省と共に、省庁横断型を含む、人口変動に対する政策実行の議論をしてきた。N8による研究成果は、地域の成長、高齢化人口に伴う市場機会、高齢者による起業、住宅、社会福祉・医療等に関して新たな重要なエビデンスとなり、中央政府の政策実行の支援ツールとなった。
【地方自治体との連携】
   N8による人口変動の研究成果は、Local Enterprise Partnershipや地方自治体の政策への具体的なデータとなり、高齢化人口が必要とする新たな製品やサービスの開発へのエビデンスともなった。
【NHSとの連携】
   再生医療による治療の市場化を促進するために、企業、大学の研究者および医療関係者から成るチームを呼び集めてグループ化した。

 

【6. 筆者コメント】
   N8研究パートナーシップは、有力大学8校による大規模な研究パートナーシップであると共に、共同研究テーマが「再生医療」や「分子工学」のほかに「人口変動」という社会科学分野も入っている点に特徴がある。また、政府による研究助成があまりなく、重点研究テーマに挙げられることも少ない「寄生虫学」もテーマに追加されていることも注目されよう。
   マラリア等の寄生虫感染症の予防・治療研究については、英国最大の医学研究チャリティー機関のウェルカム財団も設立当初から長年にわたり研究や研究助成をしており、チャリティー機関や大学が独自の視点から、国の重点研究テーマに入っていない分野の研究を行っている。
   パートナーシップに参加している大学が、共同で競争的研究助成金に応募することもある。2012年3月22日号のTimes Higher Education 誌(THE誌)によると、2011年にはN8 として共同で工学・物理科学リサーチ・カウンシル(EPSRC)による高性能コンピューター・ネットワーク構築への助成資金の獲得に成功している。この高性能・の拠点はリーズ大学に設置されているが、N8参加大学すべてと連結されている。
   THE誌によると、N8 Research Partnership の動きが他地域の大学にも刺激を与えており、イングランド南部地域と中部地域においても同様な研究パートナーシップの設立の動きも出てきているようである。
   このように、英国の大学は互いに競争し合いながらも、世界の大学との競争を念頭に置いて、研究能力の強化や業務の効率化を目的に、共同研究や共同調達等のためのパートナーシップやコンソーシアムを臨機応変に組んでいる。このほかに、業務の共有サービス(shared service)活動も、大学、中央政府、独立行政機関の間に広まりつつある。

 

注釈)

*1. N8 Research Partnership
*2. 1ポンドを130円にて換算
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