レポート - 英国大学事情 -

2012年6月号「英国の海外留学促進案<Recommendations to support UK Outward Student Mobility>By Joint Steering Group on Outward Student Mobility」

掲載日:2012年6月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

英国の高等教育・科学担当大臣が昨年秋、英国大学協会内に設置されているUK Higher Education Unitに委託した、英国の大学生の海外留学や海外就職への機会と障害に関する調査結果が、「Recommendations to support UK Outward Student MobilityPDFと題する報告書にまとめられ、5月初めにその内容が公開された。英国も日本と同様に、学生の海外留学がほかの先進国に比べてあまり活発ではなく、世界を相手に活躍できる国際人を育成するためにテコ入れの必要に迫られている。その意味で、この英国の報告書の提案なども何かの参考になると考え、17ページの報告書の中から、提言を中心に、抜粋のみを紹介する。

 

【1. はじめに 】

   世界の留学生の約10%が英国の大学で学んでいる一方、英国から海外に出る留学生の数は世界で25位と低調である。英国は、EUの海外留学促進制度のエラスムス・プログラムによる海外留学生の主要受入国であるにも関わらず、2009・10年度に同制度によって英国から海外に出た留学生数は12,000名であり、スペインの31,158名、フランス30,213名、ドイツ28,854名に比べ圧倒的に少ない。
   この主要因として、経済的な問題と言語の問題が挙げられる。英国人の外国語スキルの欠如は雇用可能性の面で際立っている。英国産業連盟(CBI)による2010年度の「教育とスキル」に関する調査では、英国企業の71%が英国の若者の外国語スキルに不満足と答え、55%が国際的カルチャーへの認識が欠如しているとしている。
   最近のHEFCEの調査では、エラスムス・プログラムに参加した英国人留学生は、就職に就ける割合や大学院に進む割合が高く、平均給与も高いという結果が出ている。また、海外経験を積んだ学生の卒業成績は平均的に良いというエビデンスもある。
   学生のmobilityには、単に海外の大学で学ぶことだけに限らず、夏休み期間中や学年の間の一定期間の海外企業にての実習等も含まれる。なお、当報告書は主に学部学生を対象としている。

 

【2. 国家的戦略の必要性】

   英国は、海外に出ていく英国人留学生を増やすために、国家的な戦略を作成する必要がある。又その戦略は、学生のモビリティーについてのベスト・プラクティスやプロフェッショナリズムを促進するという目的を持つ機関によって支援されるべきである。
   自国の学生を海外に留学させることに成功している国々は、国家的な戦略を持つと同時に、学生のモビリティーを促進する全国的なエージェンシーがあるところである。現在、英国ではいくつかの機関が学生のモビリティー促進活動をしているが、単一の専門的エージェンシーは存在しない。
   ドイツのThe German Academic Exchange Service (DAAD)は、インバウンドとアウトバウンドの両方向の学生のモビリティーを促進する全国的エージェンシーの代表例であろう。同エージェンシーのアクション・プログラムには、ドイツ教育研究連邦省(German Federal Ministry of Education and Research)との共同発案によって、2006年に始まった、学生モビリティーを高めるためのキャンペーン「Go out」がある。
   この「Going out」キャンペーンは、ドイツの大学卒業者の50%が海外留学や実習などの海外経験を持つことを目標としている。さらに、ドイツの学生の20%が海外の大学で少なくとも1学期の授業コースを修了するという目標も掲げている。2010年には、ドイツの大学の卒業者の31%が海外経験をしている。
   学生のモビリティーを高めるための全国規模のエージェンシーは、高等教育分野、政府、産業界などの利害関係者を集めて全国的戦略を作成することになる。それには、大学卒業者の20%が海外にて3カ月以上の勉学やインターンシップなどの実務実習の経験を持つというEUの目標とを考慮した上で、学生のモビリティーの目標値を設定すべきである。
   海外留学へのインスピレーションは、海外経験を持つ学生やスタッフとの個人的コンタクトから得られることが多い。また、学生のモビリティーを高めることを目的とした単一のポータル・ウェブサイの構築も、各種の促進プログラムへのリンクを提供する上で有益であろう。大学や企業に国境を越えた教育機会を助言するために、最近発足した「HEGlobal」イニシアティブも一つのモデルとなろう。

 

【3. モビリティーを促進する持続可能な助成 】

   現在の緊縮財政の状況を考慮すると、産業界からのスポンサーシップを募る組織だった活動を行う必要がある。スペインでは、民間の大手銀行が学生のモビリティーのための奨学金制度を発足させており、英国にも同銀行の奨学金制度は展開されており、英国の47大学がその制度に参画している。
   英国の大学は産業界との強い連携関係を持っているが、中小企業との連携はあまりよく理解されていない。英国にいる海外からの実習生や留学生との連携は、中小企業の輸出支援や国際感覚を高めるのに役立つかもしれない。
   海外に行っても、学生ローン、奨学金、生活補助金等を持って行ける「ポータビリティー」も学生のモビリティーを高めるために欠くことのできないものであろう。German Academic Exchange Serviceでは、留学や実習のために海外に出ていくドイツの学生のために、2010年には総額7,200万ユーロ(約75億円(*1))の助成をしたほか、学生は完全に海外に持ち運べるポータブルな生活補助金制度によっても支援されている。
   ドイツ教育研究連邦省が助成する学士課程と修士課程の学生向け生活費補助金とローンは、EU域内の大学にては学位取得のためのフルコース、EU域外の大学にては最長12カ月間、完全にポータブルで海外にいても受領できるようになっている。また、オーストラリアでも同様の制度がある。

 

【4. 柔軟なカリキュラム 】

   英国の学生の海外留学や海外実習を増やすには、課程や活動の認定のために、カリキュラムにより大きな柔軟性を持たせる必要がある。すでに大学によってはその対策を取っている所があるが、特に分野やSTEM(科学・技術・工学・数学)分野では、英国国内にて全モジュールを終了する必要があったり、海外に適切な施設がないというような理由によって海外留学の機会が制限されることもある。これらに対処するために、学位認証機関や専門資格機関との緊密なコンサルテーションが必要であろう。

 

【5. データの収集 】

   学生のモビリティーに関する全国レベルでの包括的な情報の収集が必要である。また、モビリティーの定義と必要なデータへの合意も必要となる。データ収集に関わる手間は負担にはなるが、広範囲の学生モビリティーに関する情報の欠如は、効果的な戦略、支援および成果の測定への妨げになる。

 

【6. 効率性、有効性および多様性 】

   2012年秋からの授業料の大幅値上げに伴う卒業時の授業料ローン負債の影響により、イングランド地方では通常3年の学士課程にさらに1年の海外経験には、学生が消極的になる可能性がある。そのため、大学はどのようにして3年間の学士課程の中に、海外の大学における単位の認証なども検討する必要が出てくるであろう。
   学生のモビリティーの促進と管理運営のベスト・プラクティスの普及は、高等教育分野全体における学生モビリティーへの支援メカニズムを広めるのに役立つであろう。
   学生モビリティーへの支援には多くの人材が必要とするが、多くの大学ではその人材が不足気味である。そのために、ベスト・プラクティスの共有だけではなく、支援業務を大学間で共有するという、共有サービス(shared service)・ネットワークの構築も有効であろう。
   米国では、ある大学が他大学のために学生のモビリティーを支援する仲介役を務める事例もある。また第三機関が、このような業務サービスを大学グループに提供することもある。これは米国の大学授業料が高いことから、学生が質の良いサービスを要求するため、大学はサービスの提供に最も効率良い方法を模索する傾向にあることも一因であろう。イングランド地方の大学授業料の大幅値上げによって、英国の学生からも同様の‘consumer demand’が高まるかもしれない。

 

【7. 大学入学前の促進策 】

   大学入学前の生徒に、海外への興味を持たせるためのより強力な促進策が必要である。
このためには、現行のUCASを通じた大学入学申請システムを通じて、海外の大学への入学申請もできるようにすることも一案であろう。また、初等・中等教育における外国語教育に、より一層の重点を置いていく必要もある。
   外国語学習の奨励は、国際感覚を養う上で重要な要素と認識されている。経済的理由のほかに、外国語の障害が学生の海外経験に対する二番目に大きな障害となっている。
中等教育にて外国語学習が必須になっている海外の国では、海外に出る学生の比率が大きいという事実に注目すべきである。
   海外留学を含む学位取得に対しては、学生が英国の大学への入学申請をする際に、意思決定のための十分な情報が提供されるべきである。この点からも、大学入学志願者の国際感覚を高めるため、UCASシステムに海外の大学を参加させることは賢明な方法であろう。
   海外の大学での取得単位の互換性に対しても、より包括的な情報を提供すべきである。
希望大学を選択するときに、学生は選択肢に関する情報を必要としている。
   多くの進歩的な学校では、例えば、英国の学校と海外の学校との間のパートナーシップを構築する、ブリティシュ・カウンシルの’Connecting Classrooms‘イニシアティブを通じて、生徒の国際感覚を高める活動をしている。

 

【8. その他の方法による国際経験 】

   大学および学生モビリティーに関する国家戦略は、例えば、英国内においても得られ海外についての見識を含め、海外経験が得られる色々な形態が存在することを認識する必要がある。企業は、国際的な考え方ができる人材を求めているのであって、どのようにして国際感覚を身に着けたかにはあまり関心を置いていない。
   企業は国際的な考え方を持ち、多様な文化があることを認識し、さまざまな状況で活動でき、かつコミュニケートできる学生を求めている。この文脈において、さまざまなコミュニティーとの連携を通じて、英国の多文化社会が提供する機会を活用することもできよう。このような英国内にて得られる経験は、いろいろな事情で海外に行くことができない学生に国際的機会を提供することにもなる。

 

【9. 補足資料:学生のモビリティーに対する動機と障害 】

視点 動機 障害
大学 ・学生の海外経験は世界大学ランキングに貢献
・外国人スタッフの採用
・大学の評判と国際的プロファイルが向上
・海外の大学との共同研究や共同コースの開発
・トップクラスの海外の大学との連携の可能性
・大学の評判が学生の就職を支援
・EUからの助成の可能性
・海外留学に対する低い期待
・カリキュラムの柔軟性の欠如
・医療やSTEM学科には、海外留学ができない場合がある
・英国と比べた海外での教育の質への認識の問題
・大学にとっての利益への認識および支援体制の問題
・適切な海外パートナーを見つける困難さ
・実習制度のメカニズムが困難
・国際部の役割に関する混乱が生じる可能性
学生 ・雇用の可能性
・自己開発
・外国語に修得
・多文化への認識
・エラスムス制度による留学生へのEU助成金
・長期間になることによる費用の増加
・生活費の増加
・費用効果への感じ方
・限定的助成
・単位の認証の欠如
・留学生としての経験や海外にいるときの支援
・外国語のスキル

 

【10. 筆者コメント 】

   英国も日本ほどではないが、学生の海外留学がほかの先進国に比べてあまり活発ではない。これは英国の学生が、世界標準語として定着した感がある英語を学ぶという必要性がないことも大きな要因の一つと考えられる。
   何年か前に、英国の大学関係者と話をしたとき、その大学はフランスの大学との交換留学協定がありながら、フランスから英国に来る留学生がほとんどで、英国からフランスに行く留学生は少なく、ほぼ一方通行であり、頭が痛いと言っていたのを思い出した。
   しかしながら、英国の産業界からは社会に出て世界を相手に活躍できる国際人が求められており、外国語を習得した人材育成へのテコ入れが迫られている。
   学生のモビリティーを高めるためには、全国的な国家戦略が必要であり、ベスト・プラクティスやプロフェッショナリズムを促進するという目的を持つ機関による支援や、大学入学前の生徒に海外への興味を持たせるためのより強力な促進策の必要性などの提言も注目されよう。
   具体的事例として、ドイツの国家的戦略プログラムである「Going out」キャンペーンでは、ドイツの大学卒業者の50%が海外留学や実習等の海外経験を持つことを目標としていることも興味深い。
ページトップへ