英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)
【1. はじめに】
英国が2008年に制定した気候変動法(Climate Change Act)によって、英国政府は国として、2050年までに1990年比80%の炭素削減、2020年までに1990年比26%の炭素削減を実行に移すことが義務づけられた。2009年には、2020年までの削減目標が34%に引き上げられ、さらに、この中間目標値を42%に引き上げるように、英国の気候変動委員会(Committee on Climate Change)は勧告している。
これに伴い、英国政府は高等教育機関に対して、2050年までに1990年比で最低80%の炭素の削減を要求している。この実現を支援するため、高等教育機関への公的助成機関であるイングランド高等教育助成会議(HEFCE)は、2011年度から設備投資への助成額を炭素削減量に連動させる方針を打ち出した。
2010年1月、HEFCEは「Carbon management strategies and plans」と題する、大学向けの炭素管理戦略に関するグッド・プラクティス・ガイドブックを発表した。このガイドブックは50ページ以上あるため、その中から、特に英国の大学にて実施されている事例を中心に紹介する。(なお、このガイドブックはHEFCEの委託により、SQL Consulting 社が作成したものである)
【2. 要点】
2011年度より、HEFCEの設備投資助成額は各大学の炭素削減量に連動したものとなるため、各大学には炭素削減のための戦略、目標および管理計画の策定が要求される。その中には、以下を含むことが求められている。
- 炭素管理の政策または戦略
- 2005年を基準とした、「スコープ1」から「スコープ3」までの炭素排出量の管理
- 「スコープ1」
大学自身による燃料やエネルギーの直接的消費(大学所有車両の炭素排出を含む)
- 「スコープ2」
大学によって購入された電力を発電するために排出された炭素の排出
- 「スコープ3」
大学活動の結果による排出であるが、大学が所有または管理していない排出源からの炭素の排出(廃棄物、業務出張、コンピューター利用、航空機の利用を含む)
- (スコープ3による炭素排出に関しては、各大学にその測定が奨励されているが、現在のところは努力目票である。長期的にはこれらの管理が求められるであろう)
- 「スコープ1」
- 炭素削減目標の設定
2005年を基準とした2020年までの、少なくとも、「スコープ1」と「スコープ2」をカバーする削減目標を設定して、それを公表しなければならない。 - 実施計画の策定」
タイム・スケールとリソースを含み、設備投資プロジェクトや法人としての戦略、コミュニケーションおよび訓練などをカバーする。 - 炭素管理に関する明確な責任の所在
- 目標達成に向けた定期的モニタリングと年次報告書の公表
- 炭素削減管理計画と目標値に対する理事会の承認
【3. 炭素管理戦略および計画のプロセスと主な要素】
3-1)上級管理職による直接的関与
【マンチェスター・メトロポリタン大学】
副学長が、「持続可能性」に関する投資への意思決定委員会である「Sustainability Investment Board」の議長を務め、その決定事項は理事会に報告される。同委員会は、カーボン・フットプリント、炭素削減プロジェクトへの投資、学内の建物への「Display Energy Certificate」など、主要な炭素削減達成への指標を定めた。
【イースト・アングリア大学】
世界的に有名な気候変動研究センターを擁しており、低炭素キャンパスの見本となることが経営計画の中核的な目標の一つになっている。
【キングス・コレッジ・ロンドン】
学長が炭素削減活動に非常に熱心であり、最近、「Sustainability Development Commission」から持続可能性に関する「ロンドンのリーダー」と認定され、同大学のプロファイルを挙げることに役立っている。
3-2)炭素削減への取り組みの特定
【ブリストル大学】
炭素削減のための取り組みを垂直型と水平型に分類し、垂直型炭素削減イニシアティブとして、年間2,000トンの二酸化炭素の削減を可能にする3基の熱電併給型(Combined Heat and Power)ユニットへの大型投資を行った。水平型イニシアティブとしては、全学科を横断した継続的エネルギー節減プログラムを通じて、学内のエンジニアによる照明コントロール器具の改善のような小規模投資を実施している。この水平型炭素削減プロジェクトは、以下の3つの方法によって発案され、学内スタッフによって実行に移されている。
- エネルギー・チームがエネルギー使用量の監査を行い、プロジェクトを計画する。
- 建物デザイン・チームが問題点を見つけ、エネルギー・チームに調査を依頼する。
- 建物の利用者およびマネージャーが提案する。
3-3)直ちに結果が出る炭素削減プロジェクトの重要性
直ちに結果が出る炭素排出量の削減プロジェクトは、スタッフや学生の熱意を維持するために重要である。
【リーズ・メトロポリタン大学】
特に学内のジム、トイレ、講義室などに自動可変速の空調ファン、ムーブメント・センサー、光センサーを導入することにより、直ちに炭素排出量の削減を実現した。その他、ITラボにおけるIT器機の夜間自動スウィッチ・オフ機能の設定など、比較的容易に実行できる多くのITソルーションがある。
【イースト・アングリア大学
キャンパス内に1メガワットの熱電併給(CHP)システムのボイラーを3基導入して、キャンパス内の電力エネルギーの約3分の2を自家供給している。また現在では、夏季期間にすべての建物に効率的冷房を供給するための地域冷房システム(District Cooling)も導入しており、さらに大規模なバイオマス・ボイラーへの投資も決定している。
3-4)行動変化
利用者の行動変化によって、最大約10%のエネルギーが節減できると推測されている。
しかしながら、利用者の行動を変えることは容易ではないため、特に新入生に対するエネルギー節減のメッセージを強める必要がある。
【キングス・コレッジ・ロンドン】
エネルギー節減に関する10のポイントを解説したパンフレットを全新入生に配布している。また、新人スタッフに対しても同様のパンフレットの配布を計画中である。
【ハーパー・アダムス・ユニバーシティー・コレッジ】
「カーボン・チャレンジ」と名づけた、大学寮の間のエネルギー節減コンペティションを実施した。各寮にはその週のエネルギー利用量がフィードバックされるとともに、大学側も学生の行動変化のモチベーションに対して最も効果があった要素とメッセージを見いだすことができた。
【ブリストル大学】
「Green Impact Award」と名づけた、4つのレベルの炭素削減活動表彰プログラムを導入した。同プログラムは、実施しやすい130の項目に分かれている。50学科が参加し、現在では約2,500人の学生とスタッフが参加している
【イースト・アングリア大学】
パイロット・スキームとして、ある学科を取り上げ、その学科の通常のエネルギー消費の明細を提供した上で、追加的節減を達成した場合には、その節減分に相当する金額を学科が内部留保できる制度を導入したところ、その学科の電力消費量が13%節減された。また、スタッフの意識を高めるために、エネルギー節減対策を施した学内の建物へのスタッフ向けの定期的ツアーも実施している。
3-5)自動メーター読み取り器
自動メーター読み取り器(automated meter reader:AMR)は、電気、ガス、水道などの消費量を自動的に30分ごとに測定し、その測定値を遠隔地のサーバーに伝達する装置である。英国政府が炭素削減活動推進のために設置したCarbon Trustが実施した最近のフィールド・トライアルでは、自動メーター読み取り器を採用した組織は、平均12%の炭素の削減と5%の電気・ガス・水道などの消費量の削減を達成できたとしている。大学においても、このような装置を設置することにより、学内のエネルギーがどこで、何時に、どれくらい消費されたかを知ることができよう。
3-6)パートナーシップ
【ブリストル大学とレディング大学】
ブリストル大学とレディング大学では、学内の建物の屋上への太陽電池板の設置や大学所有地への風力発電機の設置などが可能かを探るため、Carbon Trustが主催する「Partnership for Renewables」プロジェクトに参加した。農地などの広大な土地を所有する大学などの機関は、炭素削減や電力発電のための有効な土地活用を検討することもできよう。ブリストル大学とレディング大学では、それぞれ近隣の大病院や地方自治体と共同で熱電併給(CHP)システムを共有することも検討している。
【ボーンマス・アーツ・ユニバーシティー・コレッジ】
炭素削減担当マネージャーなどを雇用する予算がない小規模な高等教育機関は、他大学や他機関とのパートナーシップを組み、炭素削減活動に要するリソースを共有することも有効であろう。ボーンマス・アーツ・ユニバーシティー・コレッジでは、南東イングランド地域のいくつかの高等教育機関や継続教育機関と共に非公式な環境関連ネットワークを形成している。
【4. 炭素削減実績の測定】
4-1)建物への投資
【ハーパー・アダムス・ユニバーシティー・コレッジ】
学内の土地・建物を持続可能性に関する技術の実証の場とみなし、キャンパス内には太陽光発電タイル、太陽熱およびバイオマス暖房がすでに利用されており、嫌気性消化装置(anaerobic digester)の設置も計画されている。嫌気性消化装置が完成した場合には、学内で利用される電力のほとんどを学内で賄えることになる。
エネルギー消費の削減は、例えば個人の安全と構内のセキュリティーの面から十分な外部照明の必要性と利害が相反する場合もあるが、特にオープン・キャンパスでの照明はエネルギー消費の大きな要因でもある。そのため、同大学構内では、時間によって照明と空調を集約的に自動制御するシステムを導入している。また、夜間に利用されていない学内の学生用PCはリモート・ネットワークによって自動的にスイッチが切られる仕組みも採用されている。
【イースト・アングリア大学】
1990年より、同大学の学生数は240%、建物面積は50%増加したが、炭素排出量は10%の増加に止まっている。これは3‐3)で述べたように、同大学では熱電併給(CHP)ボイラーを導入するとともに、1995年からは6棟の低エネルギーで機能する建物を建設することによって熱エネルギー需要を50%削減した。これらの効果により、キャンパス内に必要とされる電力エネルギーの約3分の2を自家発電で賄える状況になっている。
4-2)スペースの効率的利用
【リーズ・メトロポリタン大学】
利用されていない建物は個別に鍵をかけ、利用時のみに開錠するなどして、建物の利用面積を縮小することにより、スペース・マネージメントを改善した。
【バーミンガム大学】
「Smaller, the Better」というコンセプトを掲げ、現在の建物規模を縮小する計画である。学内の建物は、改修によって占有率を高める方向にある。
4-3)通学・通勤計画
【グロスタシャー大学】
同大学のキャンパスは二つの小さな町に分かれているため、グリーン・トランスポート戦略の一部として大学が財政支援をしており、学生とスタッフは無料で大学のある州内のバス・ルートには無料で乗車できる。
【レディング大学】
地方自治体とパートナーシップを組み、キャンパスとタウン・センターを結ぶバス・ルートを試験的に開設したが、利用者の増加に伴い、今では常設ルートとなっている。
4-4)調達
調達によって炭素排出量を削減することは、一大学では困難な場合もあるが、高等教育機関による共同調達コンソーシアムならば、供給業者にプレッシャーをかけることができよう。既に、多くの高等教育機関が調達物に関する環境面での要望を特定し始めている。
【リーズ・メトロポリタン大学】
すべての設備投資プロジェクトには、持続可能性に関する各種クライテリアを満たすことが応募業者に義務付けられている。また、すべての新規建造物には再利用材料の使用が義務付けられ、その詳細は各建設プロジェクトの公募過程で指定される。
【グロスタシャー大学】
IT調達部門は、エネルギー効率を最重視するという新たな戦略を打ち出し、すべてのコピー機をコピー、プリンター、スキャナーのすべての機能を備えた複合機に切り替えた。
【レディング大学】
従来の紙を利用した入札を、すべて電子調達(e-procurement)方式に切り替えた。また、供給業者に環境政策に関する項目にも回答を要求するとともに、ISO14001システムが適用されている場合には、入札時にポイントが加算されるようにした。
4-5)内部データの利用
【ハーパー・アダムス大学とイースト・アングリア大学】
両大学は、学内のすべての建物に建物管理システムを導入し、建物管理部がすべての建物のエネルギー消費量を把握して、削減のためのアクションを取れるようにしている。しかしながら、この管理システムから得られる情報量は、人数の限られた建物管理部がすべてを分析するには多すぎるため、イースト・アングリア大学では博士課程の学生が訓練を受けた上で、情報分析のためにパートタイマーとして雇われている。
【グロスタシャー大学】
IT調達部門は、エネルギー効率を最重視するという新たな戦略を打ち出し、すべてのコピー機をコピー、プリンター、スキャナーのすべての機能を備えた複合機に切り替えた。
【ボーンマス・アーツ・ユニバーシティー・コレッジ】
同コレッジのような小規模な高等教育機関にとっては、学内のすべてのエネルギー消費量のモニタリング・データを収集するという要求は負担が大きい。そのために、現在、同コレッジではデータ収集を簡略化するとともに、データを分析する新たなソフトウェアを利用した財務システムを導入中である。この新システムを稼働させるには、訓練などを含めて約1年を要するが、長期的にこの新システムへの移行は十分に採算に合うと考えられている。
4-6)炭素削減目標の活用
【バーミンガム大学】
同大学を初めとした多くの大学では、スタッフと学生にモチベーションを与えるために、炭素削減目標値と削減の進捗状況をスタッフと学生に定期的に公表している。
【グロスタシャー大学】
毎月のエネルギー消費量の情報が各キャンパスに提供され、各キャンパスの責任者がエネルギー削減を実施するための資料として利用されている。
4-7)「スコープ3」炭素排出削減へのアプローチ
【デモンフォート大学】
大学が所有または管理していない排出源からの炭素の排出である「スコープ3」の炭素排出をモニターするため、以下のようなデータ収集や排出量の算出に関する大掛かりな調査を実施した。
- スタッフと学生の通勤・通学
すべてのスタッフと学生に通勤・通学に関する質問票が配布され、その回答結果からスタッフと学生による年間の総通勤・通学距離数、各輸送手段およびそれに伴う二酸化炭素排出量を推測した。
- 出張
スタッフの出張に関する予約記録や経費請求書を利用して、飛行機、鉄道、バス、タクシー等の輸送手段ごとの総旅行距離を算出した。
【4. 筆者コメント】
エネルギー消費の節減による炭素排出量の削減活動は、日本の各大学でも活発に実施されていると思うが、英国の大学でもさまざまな活動が長年にわたり展開されている。その背景には、エネルギー消費の節減活動が、炭素排出量の削減という環境問題への対応のほかに、経費削減にもつながるという認識があるためである。特に、イースト・アングリア大学には世界的に有名な気候変動研究センター(Tyndall Centre)が設置されているため、学内の幅広い環境対策に格別な力を入れている。熱電併給(CHP)ボイラーを導入するとともに、1995年からは6棟の低エネルギーで機能する建物を建設することによって熱エネルギー需要を50%削減した結果、キャンパス内に必要な電力エネルギーの約3分の2を自家発電で賄っていることは注目できよう。
英国政府は、政府公約の炭素削減目標を達成するため、高等教育機関に対しても、2050年までに1990年比で最低80%の炭素の削減を要求している。この政府の要求を支援するため、HEFCEは2011年度から各大学への設備投資助成額を炭素削減量に連動させるという方針を打ち出した。これに伴い、英国の各大学は炭素削減活動をより一層、活発化させることになろう。