レポート - 英国大学事情 -

2010年3月号「ウェルカム財団の新たな研究助成方式 -Investigator Awardsフェローシップ-」

掲載日:2010年3月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

ウェルカム財団(The Wellcome Trust)は1936年に設立され、現在では約130億ポンド(1兆8,200億円*1)の基本財産を持つ英国最大規模のチャリティー機関であり、英国政府以外では英国最大のバイオメディカル研究への助成をしている。その年間研究助成金額は約6億ポンド(840億円)に上る。

ウェルカム財団では、現在における優先的研究課題への助成とともに、チャリティー財団としての独立性と長期的視野に基づき、次世代の利益になると思われる研究への支援を行っている。また、同財団は英国および海外の大学や研究機関へのバイオメディカル研究への助成とともに、財団所有の研究所で独自の研究プロジェクトやイニシアティブも実施している。

2009 年11月、ウェルカム財団は「Investigator Awards」と「Senior Investigator Awards」と名づけた、研究者の自由度が高いフェローシップ制度によるバイオメディカル研究への新たな助成を発表した。これにより、短期間の研究助成プログラムやグラントへの応募のための事務手続きを繰り返さなければならない煩雑さから研究者を解放し、より長期で野心的な研究に挑戦できるようにすることを目的とする。これに伴い、ウェルカム財団による従来型の研究グラントや研究プログラムは、この新たなフェローシップ制度を中心とした助成方式に置き換わっていくことになる。

これは、今までウェルカム財団が実施してきた研究プロジェクトや研究プログラムへのグラントによる助成から、より研究者に焦点を置いたフェローシップ制度による助成への移行であり、英国のバイオメディカル研究に大きな影響力を持つ同財団の助成形態の大きな方向転換を意味する。この新フェローシップ制度の実施開始は2011年であるために制度の詳細はまだ公表されていない。しかしながら、今後は英国の大学の生命科学研究者に影響を与えていくと思われるため、発表された範囲内で、この新たな動きの概要を紹介する。

 

【2. 新フェローシップ「Investigator Awards」の発足 】
  • この新たなフェローシップ制度「Wellcome Trust Investigator Awards」は、独立したポストをまだ持たないキャリア初期段階の科学者を助成する、ウェルカム財団の従来型のフェローシップ制度をより発展させたものであり、大学や研究機関から給与をもらっている独立したポストを持つ研究者を助成するフェローシップ制度となる。
    この「インベスティゲーター・アウォード」の発足によって、重要な研究課題に取り組むというより、グラントの獲得に焦点を当てたサイクルに研究者を縛り付ける可能性のある、ウェルカム財団の中期的研究プロジェクト助成と研究プログラム・グラントは段階的に廃止となる。
  • 「インベスティゲーター・アウォード」は、最長7年間の助成を想定している。その選考方法は詳細な応募書類の審査ではなく、世界トップクラスのピア・レビューワーのグループによるインタビュー形式をとる。このインタビューは、応募者の卓越性、研究対象の重要性、研究課題への取り組み方法などに焦点を当てることになる。
  • 「インベスティゲーター・アウォード」には、研究者の経験によって、「Investigator Awards」と「Senior Investigator Awards」の2種類を計画している。独立した研究者としてのキャリアが浅い場合、より経験のある研究者と競争して公募による研究グラントを獲得することは難しいことがしばしばある。早期段階のキャリアにある独立した研究者が、最もクリエーティブであるというエビデンスがあることを考えると、これは矛盾した状況であると言わざるを得ない。そのため、ウェルカム財団では、独立した研究者としてのキャリアが浅い研究者向けの「Investigator Awards」と、経験を十分に積んだ独立した研究者向けとして「Senior Investigator Awards」の2種類に分けて、「インベスティゲーター・アウォード」を運営していくことにした。
  • これらの2種類の助成のほかに、ウェルカム財団のインベスティゲーター、リサーチ・フェローおよび「Strategic Award」を受けた研究者向けに、「Enhancement Awards」を新たに発足させる計画である。この「Enhancement Awards」は、進展していく研究を支援するための柔軟な追加的助成措置であり、例えば、研究設備、共同研究または追加的研究コストに充当することができる。
  • このウェルカム財団による新たなフェローシップ制度について、2001年度ノーベル生理学・医学賞を受賞した英国のSir Paul Nurseは、次のようにコメントした。
    「科学と医学における最も重要なブレークスルーは、科学者が自身のビジョンを独自に探求する自由と信頼を与えられた時に生まれる。ウェルカム財団は、従来の研究プロジェクトやプログラム・グラントから、イノベーションと未来を先取りする考え方を必要とする、より野心的な「Investigator Awards」に移行するという、大胆な方策を計画している。」

 

【3. 新フェローシップの要点 】
  • 従来のウェルカム財団のフェローシップは、独立した研究者としてのポジションを持たない研究者向けであったが、新たなフェローシップ制度である「Investigator Awards」と「Senior Investigator Awards」は、大学や研究機関から給与をもらっている研究者向けである。 当「インベスティゲーター・アウォード」の選考方法は、インタビュー方式のピア・レビューを通じて、研究への長期的視点、才能、実績、オリジナリティーおよびリーダーシップが考慮される。
  • 「インベスティゲーター・アウォード」は、従来からの「Strategic Awards」と「Fellowship」を補完する意味もあり、これらの従来型助成形態と並行して運営される。しかしながら、従来型の研究プロジェクトへの助成やプログラム・グラントは廃止となる。「Strategic Awards」は学際的研究向けの大型助成であり、共同研究への助成となることが多い。「Fellowship」は、大学や研究機関などから給与をもらっておらず、まだ独立していない研究者向けの訓練・研究助成制度である。
  • 「Investigator Awards」は、大学や研究機関から給与をもらうポストを得たばかりの研究者であり、かつ当該研究分野における研究の卓越性に国際的評価を築き上げつつある若手研究者向けのフェローシップである。一方、「Senior Investigator Awards」は、当該研究分野にて最先端を走る、卓越した研究実績を持つ研究者向けである。
  • 「Investigator Awards」と「Senior Investigator Awards」への個別の助成額は、助成の期間と規模によって異なる。その助成額は、研究者のアンビションとビジョンに基づくとともに、そのビジョンを実現し、インパクトを与えるために必要とされるリソースによる。
  • 「インベスティゲーター・アウォード」に選ばれた研究者には、当該研究分野におけるブレーク・スルーが期待されるほかに、最先端の研究者コミュニティーの構築が求められる。ウェルカム財団では、インベスティゲーターが共同研究活動、ネットワーク構築、知識移転活動、科学への国民参加活動などを実施できるようなリソースの提供を計画している。
  • ウェルカム財団は、2009年11月に「インベスティゲーター・アウォード」の発足を発表したが、詳細発表は2010年6月を予定している。公募への申請受付は、2010年10月以降、最初の選考結果の発表は2011年5月になる予定である。
【4. ウェルカム財団ディレクターのコメント 】

当「Wellcome Trust Investigator Awards」の発足に当たり、ウェルカム財団の責任者であるSir Mark Walportの興味深いコメントが、英国内外で定評のある高等教育専門誌「Times Higher Education」の2009年11月12日号に掲載されたので、その一部を抜粋して紹介する。

  • 通常、リサーチ・グラントへの応募者は研究プログラムの詳細を記載することになるが、その研究の半分はすでに完了しており、後の半分の研究は少なくともプロポーザルどおりには完了できないものが多い。研究課題がオリジナルで、重要であればあるほど、将来の半分の研究は完了には至らないであろう。なぜなら、未知のものへのロード・マップは存在しないからである。もちろん、臨床試験、遺伝子分析など、プロポーザルどおりに研究が実行されると期待できる例外的分野もあるが。
  • 科学者コミュニティーの多くは、現在の研究プロジェクトやプログラム・グラント方式による助成に批判的である。専門家によるピア・レビューは保守的で、野心的なアイデアを支持せず、また学際的研究への支援は期待できず、若手研究者やキャリアを中断した科学者も不利になる、というようなコメントを出している。
  • その一方で、科学的アウトプットの質とキャリアの進捗によって判断され、長年にわたり成功裏に実施されてきた研究助成方法がある。それが研究フェローシップ制度である。これらの研究フェローシップは、今までの研究実績の卓越性と科学的課題の重要性に基づき、個人の科学者に与えられるものである。フェローシップ選定のためのピア・レビューの重要なポイントはインタビューにあり、応募した科学者は自身の研究の卓越性と科学的ビジョンを十分にアピールする機会ともなる。これは、分厚い応募書類を審査していく、従来型ピア・レビュー委員会の活動とは異なるものである。
  • フェローシップ制度の特別な強みは、科学者としてのキャリアの早期段階にいる科学者への支援ができることにある。過去数年にわたり、ウェルカム財団では、既存のフェローシップの柔軟性を高め、その任期を延長してきている。
  • 今後、ウェルカム財団では、従来の研究プロジェクトや研究プログラム・グラント方式を廃止し、大学や研究機関で給与をもらっている研究者も助成できるようにフェローシップ・モデルを拡大していく計画である。この公募型フェローシップは、「Investigator Awards」と「Senior Investigator awards」と名づけ、インタビュー方式によるピア・レビューによる選考を実施して行く。これらのフェローシップの任期は従来型の3年ではなく、通常は5年程度を考えている。
  • 今後も従来から実施している戦略的研究助成である「Strategic Awards」を継続していくため、「インベスティゲーター・アウォード」のように個人に焦点を当てた新助成方式が、研究会議などの他の助成機関との共同研究や学際的研究を脅かすことはないであろう。

 

【5. 筆者コメント 】

英国においては、2009年4月から、研究会議(Research Councils)による公募への応募書類には、研究成果の社会的または経済的インパクトの記載が義務付けられ、研究者の自由な発想による、出口がはっきり分からないブルー・スカイ研究への助成が制約されつつある。また、大学の研究に対する次回の公的研究評価項目にも、社会的または経済的インパクトも検討されており、一昨年の金融危機に端を発した景気後退およびそれに伴う英国政府の負債額の大幅増加は、英国の大学における研究助成にも大きな影を落としている。

このような政府の研究助成方針に対して、英国には政府の助成や指導を受けず、完全に独立した、ウェルカム財団やキャンサー・リサーチUKなどの大規模なチャリティー形態の研究機関が存在しており、時の政権とは異なる独自の方針に基づいた研究助成を実施できる体制にある。英国では、政府の方針とバランスをとる意味で、チャリティー機関による研究助成は大きな役割を担っている。

今回のウェルカム財団による新規フェローシップ制度の発足およびそれに伴う研究プロジェクトやプログラム・グラント方式による助成の廃止は、英国最大のチャリティー機関として年間約840億円に上るバイオメディカルへの研究助成を実施するとともに、英国の研究コミュニティーに大きな影響力を持つウェルカム財団の助成方針の大幅な変更であり、今後の動向が注目される。

 

注釈)

  • *1 ポンド:1ポンドをすべて140円で換算した。
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