レポート - 英国大学事情 -

2009年5月号「英国政府による大学生への奨学金制度 <スチューデント・ローンズ・カンパニーによる助成>」

掲載日:2009年5月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

英国英府による大学生への奨学金制度に関しては、Student Loans Company Ltd.(SLC)という非営利会社が授業料や生活費へのローンおよび補助金の運営などを担当している。SLCは非省庁公的機関(Executive Non‐Government Public Body*1)として1990年に設立され、イノベーション・大学・技能省(DIUS)とスコットランド分権政府が所有する非営利機関であり、商業上の有限責任会社の形態をとっている。今月号では、スチューデント・ローンズ・カンパニー(SLC)の活動を通じて、英国政府による大学生向けのローンや補助金の支給制度の概要を紹介する。

 

【2. スチューデント・ローンズ・カンパニーの役割 】
  • 高等教育を受ける学生への経済的支援
  • 支援を受ける学生に代わって授業料を高等教育機関に支給
  • 支給された助成金の返済状況の歳入・関税庁への報告
  • 返済金の徴収

【助成額】
2007-08年度には、SLCは英国全土の学生向けに総額44億ポンド(6,600億円*2)の学生向けローンおよび補助金の支給を実施し、約330万人の学生ローン債務者の管理を行っている。

 

【3. イングランド地方の助成事例 】

英国では、イングランド地方やスコットランド地方などが異なる助成方法をとっているが、ここでは英国で最大規模のイングランド地方の事例をあげる。

  • イングランド地方の大学の2008・09年度入学の通常の学士課程の授業料は、3,145ポンド(約47万円)を上限として、各大学が自由に授業料を設定することができる。従来、授業料の上限は約1,100ポンド(約17万円)であったが、2006年にその上限が3,000ポンド(45万円)まで引き上げられた(この上限額はインフレ率に連動して毎年調整される)。この授業料の引き上げに伴い、学生の経済的負担を軽減するために、卒業後に授業料を納付するという「授業料後払い制度」を導入した(その支払方式は、SLCの授業料ローン返済方式による)。
  • 学生は、SLCからこれらの授業料をカバーするためのローンを受けることができる。卒業後、就職してから年間15,000ポンド(225万円)の収入に達するまでローンの返済を開始する義務はない。
  • 年間収入が15,000ポンド以上になった場合、15,000ポンド以上の収入部分の9%を、毎年SLCへの返済にあてることになる。学生ローンの利息はインフレ率として設定されているため、学生は借り入れた実質的金額以上の返済をすることはない。
  • 学生は、生活費補助(maintenance)のためのローンをSLCから受けることもできる。また、学生の家庭環境によっては、生活費補助のための返済義務のない補助金(grant)を、より多く受けることもできる。
  • 2007・08年度入学の場合、家庭の合計収入が17,910ポンド(約270万円)以下の家庭の学生には、最高で年間2,765ポンド(約41万円)までの生活費補助金が支給された。2008・09年度には、家庭合計収入が25,000ポンド(約375万円)以下の家庭の学生、最高で年間2,835ポンド(約43万円)と改定された。

3-1) 授業料への支援

【授業料ローン】

  • フルタイム学部学生の家庭の所得状況に無関係に、授業料負担を支援するためのローンである。支払いはSLCから直接、各大学に対してなされる。
  • 当ローンの最高額は、各大学の授業料の全額まで(2007・08年度においては3,070ポンドまで)。

【授業料補助金(grant)】

  • 当補助金は、学生の家庭の所得額を考慮した補助金であり、返済義務はない。当補助金受給者には、年間授業料の最高額が補助金によって低く抑えられる(2007・08年度の当補助金受給者に対する授業料の最高額は1,225ポンド) 。また、このほかに、上記の授業料ローンも同時に受けることができるため、授業料補助金と授業料ローンを合わせて、在学中の授業料支払いをゼロにすることもできる。

3-2) 生活費への支援

【生活費ローン】

  • フルタイムの学部学生や教師になるための初期訓練を受けている学生向けの、生活費へのローンであり、各学生に直接、支払われる。
  • 当ローンには、学生の家庭の所得に無関係のローンと家庭の収入に関連したローンの2種類がある。また、居住地域、授業コースの期間、その他の助成の受給の有無などによってもローン金額が異なる。

【生活費への補助金(grant)】

  • 貧困家庭の学生への生活費補助で返済義務はない。イングランド、ウェールズ地方の学生には、2007・08年度において年間最高額2,765ポンド(約41万円)、北アイルランド地方の学生には最高額3,265ポンド(約49万円)が支給される。
  • 教師になるための訓練を受けている大学院生には、家庭の所得額に無関係に年間1,230ポンド(約18万円)が支給される。

 

【4. 学生ローンの返済方法 】

学生ローンの返済は、SLCと日本の国税庁に近い性格を持つ歳入・関税庁(HM Revenue & Customs)の共同所管業務であり、SLCはローン口座の維持と返済に関する債務者とのコミュニケーションを図る役目を負い、歳入・関税庁は給与自動引き落としによる返済金の徴収業務を行う。

4-1) 所得に付随した返済

学生への授業料および生活費に対するローンは、英国の税制システムを通じて返済され、これを「所得に付随した返済:Income Contingent Repayment」と呼んでいる。

  • 返済期間は各自の収入とローン残高によって決定され、返済期間があらかじめ定まっているわけではない(1998年以前に入学した学生には、通常60回払いの一定期間での返済方式が採用されていた)。
  • 返済金額はローン残高と金利の総額であり、金利は消費者物価指数(RPI)にリンクして、毎年見直される(例えば2008-2009年度の金利は3.8%である。)
  • ローン債務者は、年間15,000ポンドを超える収入の9%をローンの返済に当てる。
  • ローン債務者の学生は、卒業と同時にローンの返済義務を負う。
  • 毎月の返済額には上限がないため、高所得の場合はローン残高の全額返済も可 能である。

4-2) 学生ローンの返済方法

【英国の納税者であるローン債務者】

  • 英国の納税者である学生ローンの債務者に関しては、雇用者が月給から自動的に返済金を天引きして歳入・関税庁に納税する。自営業の場合は、年度毎の税務署への納税申告を通じて返済する義務がある。
  • ローン債務者は、SLCにローン申請する際に記入が義務付けられている国営の医療制度である国民健康保険番号(National Insurance Number)によって、歳入・関税庁の納税システムに登録される。
  • ローンの返済開始時期が近づいた時点で、SLCは歳入・関税庁に対して、ローン債務者またはその雇用者に、その旨通知するように指示を出す。この時点で、歳入・関税庁による毎月の課税対象所得からの自動返済金徴収が開始される。ローンが完済された時には、同庁はローン口座保有者と雇用者にその旨、通知する。
  • 自発的に、ローン残高の全額又はまとまった額を早期返済することも可能である。ローン残高の一部を早期返済する場合は、新残高に対して定まった額を毎月返済することになる。

【海外在住のローン債務者】

  • 海外在住者で海外における納税者のように、英国税制の枠組み外のローン債務者ももちろん返済の義務がある。ローン債務者が英国を離れて海外で居住する場合には、SLCにその旨連絡する義務があり、その連絡を怠った場合にはペナルティーが課せられる。

 

【5. 返済の促進と督促 】

5-1) ウェブサイト経由の返済

  • SLCでは、2008年からウェブサイトを利用したオンラインのローン返済用ポータルサイトをオープンし、ローンの追加的な返済を促進している。
  • 当ウェブ上のポータルサイトを通じて、個人に割り当てられたID番号を入力することによって、以下のことがオンラインで可能となった。
    ・ローン残高の照会
    ・ローン残高の自動計算(毎月の給料自動引き落とし額を入力することによって、ローン残高が表示される)
    ・個人情報の変更
    ・残高に対する一括または部分的早期返済 (クレジットカードなどによる)
  • 導入後の最初の2カ月で、ウェブのポータルサイトを通じて約1,100件の追加的返済があり、1件当たり最高2万ポンド(300万円)の返済もあった。
  • 当ポータルサイトは、海外在住のローン返済者向けの情報や返済が困難になった場合のヘルプサイトへのアクセス方法も掲載している。

5-2) 未返済者への督促と住所の把握

  • 2007・08年度において、SLCの債権回収部は登録されている住所に督促状を送り、受取人不明として自動返却された38,000人の学生ローン債務者の住所の追跡調査を行い、その83%の最新住所の確認に成功している。
  • 債権回収部では、行方不明になった債務者の追跡調査のために、高度なソフトウェアシステムの活用と個人信用情報機関(credit reference agency*3)のデータベースを利用している。
  • その他、行方不明のローン債務者の住所に関する情報が、SLCの債務回収部に寄せられる場合もある。また、インターネット・サーチ・エンジンやソーシャル・ネットワーキング・ウェブサイトを活用して行方不明者を追跡する場合もある。
  • 再三の返済督促に応じない債務者に対しては、地方裁判所(County Court)に支払い命令書の請求を行う。

 

【6. 筆者コメント 】

英国では2006年から、従来の大学一律の1,100ポンドの年間授業料を各大学の自由裁量で年間3,000ポンドまで引き上げることが可能になったが、それと同時に、学生の経済的負担を軽減するために卒業してから授業料を支払うという「授業料後払い制度」が導入された。英国では個人主義や独立心が旺盛なためか、親が大学の学費や生活費を払うケースは比較的少なく、多くの学生がSLCからのローンや補助金、または大学の奨学金を得て就学している。このため、スチューデント・ローンズ・カンパニーの役割は非常に大きい。

日本では返済義務のある学生向けローンも「奨学金」として表示されることがあるが、英国では返済義務のある貸与金(loan)と返済義務のない補助金(grant)や奨学金(bursary)をはっきり分けてとらえ、返済義務のある場合は「学生向けローン」というような明確な「ローン」という用語を使用している。スチューデント・ローンズ・カンパニーでも、その名称にはっきり「学生ローン」と明記しており、ローンの債務者に助成金は「ローン」であることをはっきり自覚させている。多くの若者にとって生涯で最初の「借金」であろう学生ローンを、滞りなく返済してもらうということは、自己責任を全うし、責任感のある社会人を育てる観点からも重要であろう。

 

注釈)

  • *1 Executive Non‐Government Public Body:英国の「非省庁公的機関:NDPB」は、政府の政策の執行機関であるエージェンシーと比較して、より独立性を持った機関として位置づけられ、エージェンシーの職員が公務員であるのに対して、NDPB職員は非公務員である。
  • *2 1ポンド:当レポートでは、1ポンドを現在の為替レートである150円で換算した。
  • *3 credit reference agency:クレジット・カード業界等の与信業界が相互に個人への与信情報を提供する機関
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