レポート - 英国大学事情 -

2009年4月号「経済危機に対する英国の大学の活動」

掲載日:2009年4月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

2007年に米国に端を発した金融危機は瞬く間に英国にも広がり、近年、自由経済を積極的に推し進めて、経済的に欧州の優等生であった英国は逆スパイラルの状況に陥り、欧州内では最悪に近い経済不況に直面している。

この経済危機に対処するために、英国の大学もその役割を果たすべきとの機運が高まってきており、大学においても新たな動きが出てきている。その中から、いくつかの事例を紹介したい。

 

【2. イングランド高等教育助成会議の対応 】

2009年1月末、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は、5,000万ポンド(75億円(*1))の予算で「Economic Challenge Investment Fund:ECIF」という新規の公募型助成プログラムを発表した。このプログラムは、個人や企業が直面している未曾有の経済危機に対して、大学の人材や専門知識を迅速に活用しようというものである。具体的には、失業者などの個人や企業などの雇用者向けの専門教育や技能訓練コースの増強を目的とした、大学向けの公募型助成プログラムである。

1月末の公募開始、2月末の公募締め切り、4月の助成開始という短期間の助成の立ち上げを目指しており、金融危機に伴う、前例のない経済状況の急速な悪化に対処するための緊急的助成プログラムであることを物語っている。

このECIFプログラムは、大学における企業などの従業員の研修能力を増強するために2008年12月に発表された、3年間で1億4,800万ポンド(222億円)の予算を持つ「Employer Engagement Fund」プログラムの一部である。(「Employer Engagement Fund」は、英国の技能者の育成に関する2006年のLeitch報告書「Prosperity for all in a global economy : world-class skills」を受けて発足した)

多くの英国の大学は、従業員教育や長期の企業成長を支援するために企業と野戦略的関係を構築しているが、このECIFプログラムは大学が大企業だけではなく、公共部門における専門的技能訓練や中小企業の戦略的技能開発も支援することを目的とする。

ECIFによる助成はマッチング方式を採用しており、総額5,000万ポンド(75億円)の半分の2,500万ポンドは各大学からの拠出を予定している。大学はこの助成金を利用して、中小企業を含む企業や公共部門の従業員、現在失業中または近々解雇される予定の人々に対するテーラー・メードの専門教育や技能訓練コースを開発することになる。

ECIFの助成額は1大学当たり最高50万ポンド(7,500万円)であり、複数の大学による共同申請の場合は100万ポンド(1億5,000万円)が上限となる。HEFCEは、10件の共同申請および40件の単独申請を予定している。

助成期間は2010年9月までと短期間に限定されており、「Employer Engagement Fund」や「高等教育イノベーション・ファンド」が長期的成果を目的としているのに対して、今回の「Economic Challenge Investment Fund」は短期集中型であり、経済危機対策を意識したものである。

 

【3. 英国大学協会の対応 】

英国の大学の学長組織である英国大学協会(Universities UK)と高等教育コレッジの団体であるGuidHEは2008年11月、共同で「Standing Together : Universities helping business through the downturn」という小冊子を発行した。この15ページの小冊子はタイトルどおり、現在の経済危機下において、大学と高等教育コレッジが企業に対してどのような支援ができるかを、事例を交えて分かりやすく説明したものであり、その一部を紹介する。

【支援内容】

  • 中小企業がキャッシュ・フローや資金繰りなどの問題を早期に認識できるように手助けする。
  • コンサルタント・サービス
  • 研究支援
  • 従業員の教育・訓練
  • 地域開発エージェンシーなどを通じたパートナーシップの強化

3-1) イノベーション、知識移転およびビジネスへの支援

  • 大学発のイノベーションは、英国における製薬、航空、クリエーティブ産業などの主要産業をワールド・リーダーに押し上げただけではなく、近年、大学は地域の中小企業の生産性と利益を高めるための支援も活発に行っている。
  • 大学のビジネス・スクールは、企業の経営とリーダーシップのスキルを高めるために重要な役割を果たしている。企業が顧客を獲得するのが困難な時期には、特に重要な役割を果たすと思われる。また、大学のコンサルタント・サービスも企業の慣習を改善するための重要な支援を行っている。
  • 大学の中には、ビジネス・エンジェル・ネットワークの提供やサイエンス・パークなどで設立間もない企業に事務所スペースを貸し出すインキュベーター機能の提供を行う所もある。
  • 例えば、ウォリック大学の「Warwick Science Park Access to Finance」プログラムは、ビジネス・エンジェル、ベンチャー・キャピタル・ファンド、銀行または企業からの起業資金や研究開発資金の調達を支援する活動も行っている。その上、同大学のサイエンス・パーク内には、「Minerva Business Angel Network」や技術マーケティング、市場調査および不動産斡旋サービスなどの支援サービス企業が入居しており、包括的な支援ができる体制が整っている。

3-2) 従業員教育・技能訓練

  • 最近の調査によると、雇用者の60%が何らかの形で地域の大学との関係を持っており、そのうちの半数が、大学にリーダーシップやマネージメント・スキルなどの従業員教育を委託したことがある、と答えた。
  • 2006年の調査によると、従業員の3分の2が将来的にはもっと訓練を受けたいとしており、その半分以上が新たなスキルや資格の取得を希望した。大学はこれらの需要に柔軟に対応して、雇用者の要望に沿ったテーラー・メードのパートタイムの授業も提供できる体制を整えている。
  • 従業員が人員整理に伴う解雇に直面する際、新たな職を探しやすいように、大学でのスキル訓練やMBAコースの提供を解雇補償の一部として雇用者から提供されることもある。

3-3) 長期の支援

  • 高等教育に対する需要は、経済の下降局面において増える傾向にある。また、雇用者に対する最近の調査結果によると、約30%の職務は学士レベル以上のスキルを必要としており、この比率は増える傾向にある。
  • 英国の大学生の約40%がパートタイムの学生であり、このニーズに応えるため、大学の授業コースはより柔軟になってきている。
  • 英国の大学は約30万人を直接雇用しており、地域によっては最大の雇用者である。また、大学の経済貢献度は年間450億ポンドと推定される。
  • 大学は過去30年間で、30社のスピンアウト企業を株式市場に上場させ、それらの上場時の時価総額は約17億ポンドに上っている。
  • 企業と大学の連携関係は一分野のコンタクトから出発し、お互いにニーズや能力が理解できた時点で、より深い連携に進むのが普通である。特に中小企業の場合は、大学との付き合いを深めることによって大学卒業生の採用に踏みきり、研究開発活動を活発化させるという「イノベーション・エスカレーター:innovation escalator」に沿って発展する可能性がある。

3-4) 企業への支援

A) 知識移転パートナーシップ(KTP)

  • 知識移転パートナーシップ(Knowledge Transfer Partnership:KTP)は、その前身の「Teaching Company Scheme」を含めて30年以上の歴史を持つ、大学の知識移転活動を助成する制度である。
  • 当初はエンジニアリング・プロジェクトを助成することから始まった当制度は、自然科学、社会科学に留まらず、芸術やメディア関係も含む広範囲の知識移転活動を支援する制度に発展している。現在では、当制度を採用している企業の約22%はサービス産業である。
  • 知識移転パートナーシップは、技術戦略委員会()を中心とした17機関によって助成される全国的なイノベーション支援活動である。KTPの主目的は、企業が大学、高等教育コレッジや国立研究所が所有する知識に手軽にアクセスできるようにすることにある。
  • 通常、KTPパートナーシップ参加企業は1人または複数の能力の高いKTPアソシエート(学部・大学院の新卒者またはポスドク)を1年から3年間のプロジェクトにフルタイムで採用する。KTPアソシエートは、派遣された企業のスーパーバイザーや派遣元の高等教育機関のシニア・アカデミックスによる指導を適宜受けながらプロジェクトを遂行する。
  • 中小企業はプロジェクト経費の約3分の1を負担し、残りの3分の2は技術戦略委員会などの公的機関から助成される。平均のプロジェクト経費は年間6万ポンド(900万円)であるために、中小企業の年間平均負担額は約2万ポンド(3億円)である。この経費は、KTP派遣元の高等教育機関のスーパーバイザーやKTPアソシエートの給与となる。現在、KTP制度に参加している企業の75%以上が中小企業である。

【KTPの実績】

  • KTPは欧州最大規模の大学新卒者リクルートメント・プログラムの一つでもあり、今までに中小企業からユニリバーやロールスロイスといった巨大企業まで約3,000社とパートナーシップを組み、約6,000人の新卒者などが参加した実績を持つ。2008年3月末現在、975件のKTPパートナーシップがあり、1,057件のプロジェクトが進行中である。
  • 公的機関によるKTPへの助成金100万ポンド当たり、企業に以下のような効果を生み出している。
    • 企業の税引き前利益は年間平均308万ポンド増加
    • 227万ポンド(34億円)の新規設備投資
    • 54人の新規雇用
    • 395人の従業員へのスキル訓練
  • 大学などの知識拠点に対しては、KTPアソシエートのプロジェクト1件当たり、3.6件の新規の研究プロジェクトと2件の研究論文を生み出している。
  • KTPプロジェクト終了時点で、参加したKTPアソシエートの60%がホスト企業に就職している。また、KTPアソシエートの41%がより上級の学位コースに進み、その67%が上位学位を取得している。

この実績を踏まえ、技術戦略委員会(TSB)はKTPの数を2008年から2011年の3年間で2倍に増やす計画である。

B) イノベーション・バウチャー制度

  • 当制度は、中小企業向けを中心に1社当たり3,000ポンド(45万円)の無料バウチャーを支給し、今まで大学との関係が無かった企業が大学に無料で相談に行けるようにするものである。ウェスト・ミッドランド地域開発エージェンシーなどの助成を受け、地元のアストン大学を中心に展開されたパイロット・スキームの成功を受け、当制度はイングランド地方全域に拡大されることになった。
  • 今後2年間で、イングランド全域の500社の企業が大学などの知識拠点で無料相談を受けることができることになる。2011年までにはさらに拡大し、年間最低1,000社に無料バウチャーの提供を計画している。
  • 当プロジェクトへのアンケートに対する会員企業の回答:
    • 91%の参加企業が事業計画と戦略立案を改善できた。
    • 72%の参加企業が新たなイノベーション戦略を実行に移した。
    • 46%の参加企業が経費節減を達成できた。

【ランカシャー地方の金融サービス産業への支援】

  • セントラル・ランカシャー大学はイングランド北西地域における金融サービス産業のニーズに応えるため、金融サービス産業における人材管理のための大学院コース、「Postgraduate Certificate in Managing People in Financial Services」を2008年末に開発した。
  • 当コースは、金融サービス産業のカスタマー・マネージメント・センターに勤務するマネージャー・クラスからのニーズに応えるため、複数の銀行と共同で開発された。

【サリー大学の事例】

  • サリー大学のテクノロジー・センターは、現在84社のベンチャー企業を支援しており、キャッシュ・フローの管理、経営指導や研究支援などを実施している。
    これらのベンチャー企業がある程度のめどがついた時点で、サリー大学が所有する70エーカーの広大な敷地を持つ「サリー・リサーチ・パーク」に移転することができる。当サリー・リサーチ・パークは地域経済に年間約10億ポンド(1,500億円)の貢献をしていると推測される。
  • サリー・リサーチ・パークで育った企業の最近の成功例として、大手航空宇宙企業のBAe社に5億3,800万ポンド(807億円)で買収された、大手テクノロジー・コンサルタント企業のDetica社をあげることができる。

 

【4. 筆者コメント 】

現在の経済のダウンターン時期に、スキルが不足している分野などへの大学や高等教育コレッジによる教育訓練を強化し、いずれ経済が上向きになるアップターン時期へのバネにしようという、英国の大学の良い意味でのしたたかさが感じられる。

英国大学協会とGuidHEの共同発行小冊子「Standing Together : Universities helping business through the downturn」には、単なる代表窓口の電話番号の表示だけではなく、3ページにわたり全大学および高等教育コレッジの担当者名、担当者の電話番号とEメール・アドレスが掲載されていて、ユーザー・フレンドリーな小冊子となっている。これらの情報を各大学が個別の形式で発信するのではなく、大学協会がまとめて統一した形式で全国に配布するという形をとっており、英国中の大学や高等教育コレッジを挙げた取り組みであることがうかがえる。

英国政府は、この未曾有の経済危機の克服に大学の力を活用するとともに、英国の大学もこの経済危機に企業への支援をすることによって、大学の重要な使命の一つである、「社会との連携」活動を強化する機会ととらえている。

 

注釈)

  • *1 ポンド: 当レポートでは1ポンドをすべて150円にて換算した。
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