レポート

英国大学事情—2009年3月号「欧州リサーチ・カウンシルによる研究助成 <2008年度ERC Advanced Grantの公募助成結果>」

2009.03.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

【1. はじめに 】

 EUが2007年に新設した「欧州リサーチ・カウンシル:European Research Council(ERC)」は、2008年、物理科学、生命科学、社会・人文科学およびそれらに関連する学際的研究に対するシニア・リサーチャー向けの研究助成の大型公募を実施した。

 この公募助成は「ERC Advanced Investigators Grant」と呼ばれ、過去に優れた研究業績がある欧州のリーダー的研究者向けの大型公募助成であり、今回が初回である。275件のボトム・アップ型研究プロジェクトに総額約650億円の助成を予定している。

 今月号では、EU内における英国の大学や公的研究機関の研究レベルを示す一手段として、この欧州リサーチ・カウンシルによる欧州のシニア・リサーチャーを対象とした公募助成の選択結果を紹介する。

【2. 欧州リサーチ・カウンシル(ERC) 】

2-1) ERCの概要

  • 欧州リサーチ・カウンシル(ERC)は、研究者主導(ボトム・アップ型)のフロンティア・リサーチを支援するために、2007年にEUによって設置された、EU全域をカバーする研究助成機関である。
  • ERCの目的は、EU域内のクリエーティブでベストの科学者、学者やエンジニアが冒険心に富み、その研究にリスクを取ることを支援することによって、科学的卓越性を刺激することにある。
  • ERCは欧州各国の研究助成機関を補完する役割を担い、またEUの「第7次研究フレームワーク・プログラム:FP7」の中の「アイデア・プログラム」において主要な役割を占めている。
  • ERCの助成金は公募を通じて配分され、欧州域内で現在研究に従事しているか、または研究のために欧州に移住する予定の研究者が応募の対象となる。
  • ERCの助成は「investigator-driven」または「bottom-up」と呼ばれる研究者主導型研究向けであり、柔軟性を持って有望な新分野への研究助成を目指している。
  • ERCの目的は単に研究助成に留まらない。長期的には、質の高い専門家による研究評価、「成功」に対する国際的ベンチマークの確立、および「誰が研究に成功していて、それは何故なのか?」に関する最新情報の提供などにより、欧州の研究制度を大幅に強化することを目指している。
  • また、これらのプロセスを通じて、大学や研究機関が自身の研究実績を自己評価できるようになり、より効果的な国際的プレーヤーとなるための戦略の策定を支援できると期待されている。

2-2) 目的

ERCは、以下のような広範囲なベネフィットをもたらすことを目的としている。

  • 欧州内のベストの研究者への公募による競争的助成を通じて、国レベルでは達成できないベストのアイデアと人材を、より広い地域から得ることができる。
  • 公募による競争的研究助成により、国レベルの助成制度では必ずしも達成できない迅速さを持って、最も有望な分野に研究助成金を投入できる。
  • 欧州の次世代の研究リーダーとなる有望な研究人材への支援をより強化するように、大学や研究機関に刺激を与える。
  • 経済面では、科学をベースにした産業の育成支援や研究をベースにしたスピンオフ企業の設立を促進する。
  • 社会面では、社会が直面する新たな課題にターゲットをおいた研究への迅速な助成システムを提供する。

【3. シニア・リサーチャー向け公募型研究助成制度 <ERC Advanced Investigators Grant> 】

 2008年、ERCは研究経験が豊富で高い業績をあげてきた欧州のシニア・リサーチャー向けを中心とした公募型研究助成制度である「ERC Advanced Investigators Grant」を発表した。今回が第1回目で、今後も継続的に実施される見込みである。

 このシニア・リサーチャー向けの公募助成は、ERCが2007年に公募した若手研究者の独立を支援するための助成制度、「ERC Starting Independent Researcher Grant*1」に次ぐ助成制度である。

  • 「ERC Starting Independent Researcher Grant」は、スーパーバイザーの指導を離れて、独自の研究チームを立ち上げる若手研究者への支援を目的とし、1件当たり最大200万ユーロ(2億4,000万円)を最長5年間にわたり助成する制度である。
    2007年に第1回目の公募を発表し、2008年には約300人の若手研究者に約2億9,000万ユーロ(348億円)の助成金が配分された。

3-1) 第1回目公募概要(2008年度)

3-2) 公募結果

2008年11月、合計2,167件の応募に対して、以下の表のように275件のプロジェクトへの助成金交付が決定した。

【分野別助成金交付件数】
【分野別助成金交付件数】
【国別ホスト研究機関の助成金取得件数】(トップ10)
【国別ホスト研究機関の助成金取得件数】(トップ10)
  • 助成金取得者の平均年齢は51歳、その内、女性の比率は12%。
  • 275人の助成金取得者の国籍は26カ国に及ぶ。
  • リサーチャーのモビリティーに関しては、6人が助成金受給のために、他地域からEUまたはEUのアソシエート諸国に移籍した(その内、3人は米国籍)。
【英国の研究機関の助成金取得件数】(取得件数順、同順位はアルファベット順
【英国の研究機関の助成金取得件数】(取得件数順、同順位はアルファベット順

※「その他14大学・研究機関」の中には、バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC)の助成を受けている、大学の研究機関ではないJohn Innes CentreとSainsbury Laboratoryが入っており、両方とも生命科学分野の助成金の取得に成功している。

【4. 筆者コメント 】

 欧州リサーチ・カウンシルが実施した第1回目の「ERC Advanced Investigators Grant」において、英国が最多の助成件数を取得したことは英国の大学を中心とした研究レベルの高さの一端を示すものであろう。

 EU域外ながら、スイスとイスラエルが健闘しているのは注目される。また、学際的研究において、英国とスイスが群を抜いて助成を取得しているのも印象に残った。

 筆者が今まで訪問した英国の大学の研究者は一様に、「EUの研究助成は、応募のための事務手続きが煩雑(bureaucratic)で、応募にあまり乗り気でない」とのコメントが多かった。しかしながら、今回のシニア・リサーチャー向けの研究公募では英国のプロジェクト案が一番多く採択されており、この傾向も急速に変化してきていると思われる。

 最近、ある英国の大学を訪問した際、研究者が「EUからの研究助成金を積極的に獲得するようにとの上層部からのプレッシャーがあり、またEUの研究助成公募への申請を手助けする専門家もいる」と言っていたことを思い出した。

注釈)

  • *1 ERC Starting Independent Researcher Grant:http://erc.europa.eu/pdf/press_release-14122007_en.pdf
  • *2 1ユーロ:当レポートにては、1ユーロをすべて120円にて換算した。

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