レポート - 英国大学事情 -

2009年1月号「第4次高等教育イノベーション・ファンド - 大学の知識交換活動」

掲載日:2009年1月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

2008年10月、イングランド高等教育助成会議(HECFCE)から第4次高等教育イノベーション・ファンド(Higher Education Innovation Fund Round 4:HEIF 4)の助成金の配分と応募した各大学の「知識交換戦略」が公表された。

2001年に、第1次高等教育イノベーション・ファンドによる助成が開始されて以来、今回で4回目になる。この第4次高等教育イノベーション・ファンド(HEIF4)は、2008年度から2010年度の3年間の助成プログラムで、予算額は3億9,600万ポンド(約530億円*1)を予定している。

「高等教育イノベーション・ファンド」は、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)とイノベーション・大学・技能省(DIUS)が共同で実施している、「知識交換*2」を中心とする社会との連携活動を促進するための助成制度である。英国では、この社会連携活動が教育、研究に次いで3番目に重要な大学の使命を意味するとして、「第3の流れのミッション:Third Stream Mission」とも呼ばれる。

第4次高等教育イノベーション・ファンド(HEIF4)には、129の高等教育機関から応募があり、各校から知識交換活動を推進するための戦略が提出された*3。今月号では、HEFCEが公表した80ページを超す資料*4の中から、HEFCEが高く評価したイングランド地方の大学の知識交換活動戦略の事例および知識交換活動に関するアンケート調査結果の一部を抜粋して紹介する。

 

【2. 大学の知識交換活動戦略の事例 】

HECFEは、次にあげる大学の知識交換活動戦略を高く評価し、報告書の中で以下のようなコメントを出している。

  1. ユニバーシティー・コレッジ・ロンドン(UCL)
    • 科学、技術、工学および数学(STEM)分野以外にも知識交換活動を拡大し、またそれを支える新たなマネージメント体制を構築するなどを通じて、知識交換活動のステップ・チェンジを図っている。
    • 分野を越えた共同活動を支援するために、アカデミックス、大企業、起業家および投資家を集めた、同大学の「Technology Innovation Forum」は知識交換活動への参加を促進させる興味深い方法である。
  2. ダーラム大学
    • ダーラム大学による、地域の経済的・社会的再生を推進するための、国の政策と連携した戦略は評価できる。特に、大学と関連機関に対する地域コミュニティーのニーズを明確にし、地域のイニシアティブを支援することを目的とする「フェニックス・プロジェクト」は高く評価できる。
  3. コベントリー大学
    • コベントリー大学による、6段階のステップによってパートナーシップを構築していく「Partnership Stairway Model*5」戦略は革新的である。またパートナーと共同で設定した目標は明確な論拠があり、地域の主要なパートナーの戦略にも合致している。
  4. インペリアル・コレッジ・ロンドン
    • インペリアル・コレッジによる、知識交換のベスト・プラクティスの普及活動は高く評価できる。また、同大学の共同活動へのコミットメントおよび活動に直接携わった人々からのフィードバックによるアウトカムへの評価の試みも優れている。
  5. ハートフォードシャー大学
    • 多くのアカデミック・スタッフが、積極的に知識交換活動に参加するための各種の仕組みを採用したことは高く評価できる。
    • この仕組みの中には、職務内容や年次評価方法の変更、イントロダクション・ワークショップへの参加や期待以上の実績をあげたスタッフへの特別報酬などが盛り込まれた。
    • このほか、同窓生を卒業生へのビジネス・エンジェルとして活用するアイデアも評価できる。
    • 同大学による、インパクトを2-3年のサイクルで評価する方法は、他の大学への参考にもなるであろう。
  6. ブルネル大学
    • アカデミックスとの緊密なコンサルテーション、過去の経験からのレッスン、パイロット・スタディーや内外のインパクト分析などの広範囲な評価テクニックを利用することによって、明確なデマンド志向の戦略を構築している事は高く評価できる。
    • また、同大学はロンドン南部、西部およびテームズ河沿いの大学、コミュニティー・グループ、中小企業のコンソーシアムである「WestFocusコンソーシアム」や共同研究ネットワークにエンド・ユーザーを参加させることによって、共同活動の促進にも努力している。
  7. ロンドン・サウス・バンク大学
    • ロンドン・サウス・バンク大学による以下の各種活動は高く評価できる。
      • 同大学の知識交換活動の経済的インパクト評価を外部コンサルタントに委嘱
      • 知識移転パートナーシップ」の成功と起業活動への強い支援
      • 教育および研究と同格のコア活動としての知識移転活動の位置づけとその促進

 

【3. 知識交換活動戦略の分析結果 】

HEFCEの委嘱を受け、Public and Corporate Economic Consultants(PACEC)がHEFCEに報告した、129の高等教育機関の知識交換活動戦略の分析報告書「Analysis of HEIF 4 institutional strategies」の一部を抜粋して紹介する。(紙面の関係から、表の下位の項目を省略した)

3-1) 大学の知識交換活動

大学における知識交換活動の主目的(回答校:125校) 回答率 %
知識交換活動の拡大 34%
社会的・経済的発展への貢献および社会的・経済的インパクトの増強 34%
外部との関係、共同活動、パートナーシップの拡大・発展 28%
イノベーション、商業化、起業家精神の促進 23%
ターゲットとする分野において、知識交換活動の主導的大学となる 17%
収入源の多様化と拡大 14%
高等教育機関の文化と組織に知識移転活動を更に浸透させる 12%


主な知識交換活動(回答校:127校) 回答率 %
継続的専門能力開発(CPD)、その他の短期コースの開発と支援 73%
起業家精神の開発教育 57%
コンサルタント活動 57%
契約研究 53%
出向(Knowledge Transfer Partnership等) 42%
共同研究 42%
その他の技術移転活動(スピンアウト企業活動等) 41%
知的所有権のライセンシング 38%
スタッフ・社員開発教育 37%
スタッフや学生が設立した企業への支援 37%
ビジネス・ディベロップメント 29%
その他の共同パートナーシップ 28%
ビジネス・インキュベーション 24%
一般市民または企業向けの講義 17%


大学の知識交換戦略がターゲットとする分野(回答校:90校) 回答率 %
クリエーティブ・カルチャー分野(デザインの分野も含む) 81%
エネルギー、環境、環境技術 38%
公的分野、ボランティアやチャリティー団体等の第3セクター*6 36%
ヘルス、ヘルスケア関連 34%
先端工学 (航空宇宙、自動車を含む)、その他の工学、製造技術 33%
金融、ビジネス・サービス 31%
その他の科学・技術 30%
情報通信技術(ICT) 23%
バイオテクノロジー、製薬 22%
レジャー、観光 18%

【レスター大学:スペース・アカデミーの事例】

  • 「HEIF4」は、イースト・ミッドランド・ディベロップメント・エージェンシーの支援を受け、レスター大学の「スペース・スクール」をベースに「イースト・ミッドランド・スペース・アカデミー」を設立する計画への助成を決定した。
  • 当アカデミー構想は国立宇宙センター(National Space Centre)とノッティンガム市のパートナーシップ事業であり、「宇宙」というキーワードを使って、若者の科学、技術、工学、数学(STEM)への興味を喚起させることを目的とする。

【同窓生参加型の事例】

  • サリー大学「The Surrey 100 Club」
    サリー大学は、起業家精神に富んだ同窓生を学生やスタッフのためのビジネス・エンジェルに活用するために、「起業家同窓生クラブ」を設立した。
  • ハートフォードシャー大学「UH Angels」」
    「UH Angels」は、ハートフォードシャー大学の卒業生が事業に成功した同窓生に起業のアイデアを売り込む制度。参加者は小額の会費を払い、同窓生が起業の資金を提供する。

【アストン大学:中小企業向けの事例】

  • 地域の中小企業に、大学への相談に利用できる1社当たり3,000ポンド相当のバウチャーを無料で支給する「INDEXイノベーション・バウチャー制度」は、2007年の発足以来、大きな成功をおさめた(地域開発エージェンシー等の公的機関が当プロジェクトへの資金助成を実施した)。この成功を受けて、政府も全国の中小企業向けに同様の助成制度を設けることになった。
  • 2008年末までに、アストン大学はウエスト・ミッドランド地域の220社の中小企業と13の高等教育機関を結びつける役割を果たす予定である。

3-2) 共同活動、パートナーシップ、ネットワーク

主要パートナー(回答校:127校) 回答率 %
他大学 88%
地域開発エージェンシー(Regional Development Agency) 62%
その他の公的機関 59%
大企業 49%
地方自治体 43%
中小企業 39%
海外のパートナー 38%
中央政府 17%


共同活動の利点(回答校:127校) 回答率 %
補完的能力の提供 70%
追加的な人的・物的・資金的リソースへのアクセス 57%
新たな地域の開発 40%
新たな市場の開発 32%
スケール・メリット(インフラや訓練コースの共有等) 23%
諸活動のコーディネーション 16%
市場情報の提供 16%

3-3) モニタリング・システム

知識交換活動のモニタリング・システム(回答校:128校) 回答率 %
主要なパフォーマンス指標(KPI:次の表で説明)の利用 80%
シニア・マネージメントまたは委員会による定期的レビュー 77%
定期的データの収集・分析 45%
初期目標に対する、プロジェクトのパフォーマンスのモニタリング 41%
目標設定 41%
参加者からのフィードバック 28%
ベンチマーキング 23%


主要なパフォーマンス指標(KPI)(回答校:109校) 回答率 %
知識移転活動からの収入(コンサルタント、共同研究、CPD等) 76%
企業との契約数 46%
外部パートナーの数 40%
知的所有権のライセンシング・特許・著作権等からの収入 37%
スピンアウト企業数 35%
第3分野との活動に従事するスタッフ・学生数 30%
平均的契約額 25%
ライセンス、特許、著作権の数 24%
戦略的パートナーシップの数 24%
アカデミック・スタッフが社会との連携活動に使う時間の割合 18%
組織別の収入(大企業、中小企業別等) 15%

3-4) 知識交換活動の促進とパフォーマンスの向上

スタッフの参加を促進する手法(回答校:129校) 回答率 %
インセンティブの導入(知識交換活動のための時間を与えることを含む) 61%
知識交換活動を、スタッフの採用、評価、報酬、昇進制度に組み込む 56%
ワークショップ、継続的専門能力開発(CPD)、短期訓練コース 52%
マーケティングや意識改革(出版物、表彰、イベント等を通じて) 50%
アカデミック・スタッフへの支援 46%
プロジェクト選定に際する、アカデミック・スタッフへの相談 37%
知識交換活動に熱心な推進者(champion)の選出 28%
  • インセンティブとして、知識交換活動のための時間を与えるために、アカデミック・スタッフの授業義務を一部免除し、正規のアカデミック・スタッフが知識交換活動に従事している間は、パートタイム講師が授業の代役を努める制度も導入されている。

【ケンブリッジ大学:知識交換活動能力の増強事例】

  • 「Rising Star」プログラム
    当プログラムは、将来的にアカデミック・スタッフのキャリアを目指し、一般市民との連携に意欲のあるケンブリッジ大学の大学院生、ポスドク研究者のための、市民との連携活動を促進する訓練プログラムである。「Rising Star」は、この種のプログラムとしては英国で最初のものであり、以下の特徴を持つ。
    • 当プログラムは、アウト・リーチが難しいコミュニティーとの連携、市民参加活動の方法、コミュニケーションの機会の作り方など、広範囲にわたる。
    • コースは学際的で、自然科学と芸術、人文、社会科学が一本化されている。
    • コース参加者は、実際に市民との連携活動を立ち上げることを求められ、習得したスキルを実践で示す必要がある。
  • 「Enterprise Tuesday」プログラム
    当プログラムは、6年前に「Basics of building a business」という授業コースに参加したケンブリッジ大学の約30名の学生によって発足した。現在では、同大学の様々な学科から約300名の学生が参加している。
    当プログラムは、ケンブリッジ大学のすべての学生とスタッフおよび地域コミュニティーに公開されている、無料の夜間コースである。参加する同大学の関係者に、ビジネスの世界との接触を提供することによって起業家精神を養うこと目的とする。毎回、コース終了後にネットワーク・セッションがあり、飲み物が提供される。このようなコースは、現在ではオックスフォード、レディング、サセックスの各大学や海外の大学でも導入されている。

3-5) 知識交換活動のリスクと課題

【ニューマン・ユニバーシティー・コレッジの事例】

<第3セクター向けのインキュベーター>

  • 地域における小規模なコミュニティー・グループ、ボランティア団体、チャリティー団体およびソーシャル・エンタープライズなど「第3セクター」向けの、設立初期段階のインキュベーターの役割を目的とする。
  • 当アイデアは、地元のバーミンガム・ボランティア・サービス・カウンシルやバーミンガム地域のボランティア団体などから強い支持を受けている。
  • 当面はバーチャル・インキュベーター形態を採用し、パートナー団体がそれぞれ、デスク・スペースの提供や経理、法的アドバイス、訓練、募金活動などを支援する。将来的には、専用のセンターの構築を目指す。

3-6) 社会との連携活動能力の増強

大学の知識交換活動が直面する主なリスク(回答校:125校) 回答率 %
内部リスク
アカデミック・スタッフの不参加と意欲の欠如 57%
知識交換活動を実施するための能力の不足 50%
能力ある知識交換活動専従者の採用・雇用維持の困難さ 46%
ターゲットとする分野からの十分な収入の獲得の困難さ 22%
知識交換活動のガバナンス 13%
プロジェクト・マネージメントの不十分さ 12%
外部リスク
産業界からの参加および需要の欠如 40%
政府の政策の変化 20%
景気の下降 20%
知的交換活動への外部助成金の減少 19%
中小企業の参加の困難さ 17%

 

 

【4. 筆者コメント 】

従来から実施されてきた大学の「技術移転:technology transfer」活動は、近年では、科学技術に留まらず、人文・社会科学を含む大学の総合的な知識を社会に移転する意味で、「知識移転:knowledge transfer」活動として拡大してきた。

最近になっては、「知識移転」から更に一歩踏み込み、一般市民からのインプットも重要視する広義の社会連携活動という意味で、「知識交換 : knowledge exchange」という言い方が使用されるようになってきた。この流れを受けて、今回のHEFCEによるHEIF4の報告書の中でも、「知識交換:knowledge exchange(KE)」という表現が使用されている。

各大学の知識交換戦略がターゲットとする分野として、クリエーティブ・カルチャー分野、エネルギー・環境・環境技術分野、公的分野や第3セクターを第1位から第3位に挙げていることは興味深い。英国では、コンピューター・ゲームを含むソフトウェア産業や映画産業が発達していることも反映されていると思われる。

また、ニューマン・ユニバーシティー・コレッジの事例にもあるように、コミュニティー・グループ、ボランティア団体、チャリティー団体およびソーシャル・エンタープライズ等の「第3セクター」向けの知識交換活動も新たな動きとして注目されよう。

 

注釈)

  • *1 ポンド:当レポートでは、1ポンドをすべて135円にて換算した。
  • *2 知識交換:近年、英国では従来の知識移転(knowledge transfer)に代わり、一般市民の経験や知識も活用する意味で、知識交換(knowledge exchange)という概念が普及してきている
  • *3 知識交換活動を推進するための戦略: これらはすべて、http://www.ikt.org.uk/にて閲覧可能である。
  • *4 HEFCEが公表した80ページを超す資料: HEFCEの委嘱を受けて、Public and Corporate Economic Consultants(PACEC)がまとめた報告書、「Higher Education Innovation Fund round four: institutional strategies; overview and commentary」
  • *5 Partnership Stairway Model: Phoenix Community Outreach and Engagement Programme
  • *6 第3セクター: 英国における「第3セクター」とは、日本で使用される意味とは異なり、公的分野、民間分野に次ぐ第3の分野という意味を指す。これには、ボランティア団体、コミュニティー・グループ、チャリティー団体、協同組合などが含まれる。
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