レポート - 英国大学事情 -

2007年8月号「ブラウン新政権の省庁再編」

掲載日:2007年8月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. 教育技能省および貿易産業省の再編 】

2007年6月28日、ブラウン新政権は省庁再編を行い、貿易産業省および教育技能省を廃止し、新たな3つの省を創設した。この再編は英国の大学やイノベーションにも深く関わってくるため、イノベーション・大学・技能省を中心にその概要を紹介する。

【教育技能省の廃止】

旧教育技能省は初等・中等教育部門と高等教育・技能部門に分割されると共に、高等教育・技能部門には旧貿易産業省(DTI)内にあった科学・イノベーション庁(OSI)が併合された。

  • イノベーション・大学・技能省の創設(Department for Innovation, Universities and Skills:DIUS)
  • 児童・学校・家庭省の創設(Department for Children, Schools and Families:DCSF)

【貿易産業省の廃止】

旧貿易産業省から科学・イノベーション庁(OSI)が切り離され、従来は内閣府の所管であった規制改革業務を加えた新たな省が誕生した。

  • ビジネス・企業・規制改革省の創設(Department for Business, Enterprise and Regulatory Reform:DBERR)

 

【2. イノベーション・大学・技能省の創設(Department for Innovation, Universities and Skills:DIUS) 】

2-1) ブラウン首相のコメント要旨

  • 今後、各国はイノベーションのスピード、ワールド・クラスの研究拠点の構築、新製品・新市場の創生、企業の活力と効率の向上によって、ますます競争力を高める努力をするであろう。
  • この新たな好機を捉えるためには、高等教育修了者の技能の拡大だけではなく、現在、技能を持っていない人々を含めた、より広範囲の労働力の技能を引き上げることが必要である。
  • 英国がこれらにチャレンジするため、イノベーション・大学・技能省を新設する。
  • 同省は旧貿易産業省に代わって、英国が科学、研究およびイノベーションにおいて世界でベストの国になり、又ワールド・クラスの技能拠点を構築するという、政府の長期ビジョンを実行に移す責任を担う。
  • 使途が限定された「科学予算」を監督し、二元的助成制度(dual support system)を従来どおり維持する。
  • 英国は、世界経済のなかで競争するための技能を持つ労働力を確保する必要がある。それ故、同省は新設された児童・学校・家庭省と緊密な連携を取りながら、教育と研究を含む高等教育および継続教育への発展、助成、運営の任務を担う。
  • 昨年公表されたLeitch卿の「技能レビュー*1」による勧告の実施を含む、政府の技能に関する広範囲な課題を前進させる役割も負う。

2-2) 科学庁の創設

2007年7月20日、英国のイノベーション・大学・技能省(DIUS)は, 同省内に「科学庁:Government Office for Science(GOS)」の創設を発表した。

6月末のブラウン政権発足に伴う省庁再編時には、政府は旧科学イノベーション庁(OSI)を新設のイノベーション・大学・技能省に移管して、同省内に「Office of Chief Scientific Advisor」を創設するとしていたが、7月20日、旧科学イノベーション庁(OSI)の任務を、イノベーション・大学・技能省内の「科学庁(GOS)」と「科学イノベーション局:Science and Innovation Group(SIG)」の二つの部署に分割すると発表した。

A) 科学庁(Government Office for Science:GOS)

新設の科学庁(Government Office for Science:GOS)は、政府主席科学顧問のSir David Kingを長官とし、旧科学イノベーション庁内の省庁横断型科学技術局(Trans-departmental Science and Technology)の任務とリソースを引き継ぐことになった。

【科学庁の任務】

科学庁(GOS)は84名のスタッフにて、以下の任務を担う。

  • フォーサイトおよびホライゾン・スキャニング・プロジェクト
  • 各省庁内における、科学の運営および科学の利用に関するレビュー(Science Review)
  • 科学技術会議(Council for Science and Technology:CST)と世界科学イノベーション・フォーラム(Global Science and Innovation Forum : GSIF)の事務局
  • 国際的な科学技術の課題に関する、政府主席科学顧問と閣外担当大臣への支援
  • 科学・イノベーション局(SIG)との緊密な連携

B) 科学・イノベーション局(SIG)

イノベーション・大学・技能省の科学・イノベーション局(Science and Innovation Group)はSir Keith O’Nionを局長(Director-General)として、160名のスタッフを擁する。又、このほかに、同局が所管する英国知的所有権庁(UK-IPO)や国立計量計測研究所(NWML)等には約1,000名のスタッフがいる。

【任務】

旧科学イノベーション庁の任務のうち、上記の科学庁に移管された業務以外を引き継ぐことになった。

  • 科学予算:Science Budget
    以下への助成を含む
    • 7つの研究会議(Research Councils)
    • 3つのナショナル・アカデミー(王立協会等)
    • 高等教育イノベーション・ファンド(Higher Education Innovation Fund)
    • 研究インフラ助成
    • 科学と社会プログラム等
  • イノベーション政策
    以下への助成を含む
    • 技術戦略委員会(Technology Strategy Board)
    • 全国測定システム(National Measurement System)
    • 国立物理研究所(National Physical Laboratory)
    • 英国基準研究所(British Standards Laboratory)
    • デザイン・カウンシル
    • 英国科学・技術・芸術基金(National Endowment for Science, Technology and the Arts)
  • 英国国立宇宙センター(British National Space Centre)
  • 英国知的所有権庁(UK-Intellectual Property Office)
  • 国立計量計測研究所(National Weights and Measures Laboratory)

2-3) 予算

2007-08年度のイノベーション・大学・技能省のプログラム予算
科学 34億ポンド(8,500億円)
イノベーション 3億ポンド(750億円)
高等教育 94億ポンド(2兆3,500億円)
継続教育および19歳以降の技能教育訓練 52億ポンド(1兆3,000億円)
合計 183億ポンド(4兆5,750億円)

2-4) 各界の反応

A) 英国大学協会(Universities UK)会長

  • イノベーション・大学・技能省の誕生はエキサイティングな、将来を見据えた動きであり、協会として歓迎する。非常にパワフルな省の誕生であり、ブラウン首相が考える英国の将来のビジョンの中で、高等教育が中心を占めることを明白に示している。
  • 大学は新知識の創生とその活用の要であるため、科学・イノベーションを新しい省に移管することには明白な論拠がある。しかしながら、大学の研究助成への現行の二元的支援制度が、この新しい省庁再編の動きの中で失われないようにすることが肝要である。

B) 王立協会(Royal Society)会長

  • 科学研究への助成任務と大学およびイノベーションに関する任務が一緒の省に入ることは、うまく機能するであろう。この新設のイノベーション・大学・技能省が、内閣の中で強い発言権を持てるかどうかは新任大臣の肩にかかっている。
  • 王立協会は、この新設の省の名前に「科学」という文字が入って欲しかったと思っている。英国の科学拠点の強化および科学と産業界の一層の連携が、この新しい省の優先事項でなければならないであろう。

C) 王立工学アカデミー(Royal Academy of Engineering)チーフ・エグゼキュティブ

  • 新たな省を創設して、イノベーションと技能に焦点を合わせるという取り組みは評価できる。英国を知識経済にするという政府のビジョンは現在、危機にさらされており、すでに高等教育を受けた質の高いエンジニアの不足が起こっている。
  • エネルギーの充足と気候変動という二つの重大な課題を解決するために、エンジニアがかってないほど必要とされている時代に、英国のエンジニアリングの専門的知識が停滞することは許されない。
  • イノベーション・大学・技能省は、イノベーションと企業の連携を維持するため、新設されたビジネス・企業・規制改革省と共に活動する必要がある。
  • 小学生時代から、児童が工学と科学は21世紀における重要なキャリアの選択肢であることを理解できるように、新設された児童・学校・家庭省との連携活動が不可欠である。

【追加説明】

同アカデミーは追加説明として、以下のコメントを出した。

  • 1994年から2004年にかけて、英国の大学への入学者数は40%増加したにも関わらず、工学コースへの入学者数は約24,500名と横ばいであった。中国やインドでは毎年50万人以上の高等教育を受けたエンジニアを送り出している。
  • 当アカデミーでは最近、英国の400社以上の企業および88大学の工学部に対するアンケート調査報告書「Educating Engineers for 21st Century*2」を発表した。この調査の参加者のほとんどが、企業はより多くの高等教育を受けたエンジニアを必要とし、又大学の工学部の授業コースは、現在の経済に適応するために再設計が必要であるとしている。将来のエンジニアが必要とする工学教育を達成するためには、工学部の学生一人当たりの助成金を最低50%引き上げる必要がある。

D) 英国科学・技術・芸術基金(NESTA)(National Endowment for Science, Technology and the Arts)

  • 今回の省庁再編によって、イノベーション政策が初めて閣議のテーブルに正式な椅子を与えられたとも言えるであろう。
  • イノベーション・大学・技能省の誕生により、高等教育機関への二元的助成制度(dual support system)を構成する両方の助成元が一つの省の所管*3となると共に、イノベーション政策が技能とリンクすることになった。このことは、イノベーションに対する英国の将来の能力を向上させる最も重要な原動力となろう。

E) 教育労働組合(The Education Union*4)ジェネラル・セクレタリー

  • もう一つの教育関係の省が誕生したことが継続教育および生涯学習へのより大きな注目を意味するならば、これは前向きな動きと言えよう。また、児童・学校・家庭省の任務に児童福祉への責任を加えたことは、児童の学習に関する家庭のバックグランドや環境の重要度を認識したものと言えよう。
  • イノベーション・大学・技能省と児童・学校・家庭省の創設が成功することを願っている。しかしながら過去の経験から、教育、技能および訓練が複数の省庁によって分断された場合に、実際どのような運営がなされるか、懸念を抱いている。
  • 14歳―19歳向けの教育、ディプロマおよび職業資格の改革については、両省にまたがっているために、両省による政策のコーデイネーションが特に必要になろう。

F) 英国産業連盟(Confederation of British Industry:CBI)会長

  • 創造力に富んだ省庁再編である。ビジネス・企業・規制改革省の創設は、エネルギー、雇用および規制を含む重要な政策における競争力強化を政府が支援することを裏付けるものである。イノベーション・大学・技能省の創設は、英国経済の将来のために、正しい技能の供給に重点を置くという判断を示したものと言えよう。

 

【3. 筆者コメント 】

事前の予想では、ブラウン新首相は貿易産業省を再編し、エネルギー部門を環境・食料・農業省に統合するのではと言われていたが、産業界の強い反対を受け、科学・イノベーション部門を貿易産業省より切り離すという比較的小規模な再編となったとの報道もあった。

また、ブラウン新首相は科学・イノベーションを重視しているが、科学イノベーション庁が所属していた貿易産業省の実績には不満足であったとも報道されていた。それ故、より効率を上げるために貿易産業省内の科学・イノベーション庁を切り離して、独立した省として新設するか、または教育技能省に合併させるか検討していた模様である。しかしながら、科学・イノベーションと緊密な関係にある高等教育・技能分野との統合により、両者間のより緊密な政策を打ち出すことを狙ったものであろう。

初等・中等教育については、家庭をめぐる諸問題や児童福祉等の広範囲の問題が関係するため、これらの機能を横断した専門の省の新設を決断したのであろう。従来の教育技能省のように、初等、中等、高等教育を一貫した教育問題としてとられることのメリットもあるが、英国政府は教育の一貫性より、今回は横に広がる機能重視の政策を選択したものと思われる。

なお、14歳から19歳までの新規のディプロマ制度は児童・学校・家庭省の所管であるが、継続教育コレッジのその他業務はイノベーション・大学・技能省の所管となるため、継続教育コレッジは二つの省の所管となり、複雑になるという懸念も出ている。

英国では、科学部門はかっては教育省内にあった時代もあったが、その後、内閣府、貿易産業省と所管の変遷があった。今回、科学・イノベーション分野は高等教育・技能分野との統合により、再び高等教育と結びついたことになる。

 

用語説明

  • *1 技能レビュー:http://www.hm-treasury.gov.uk/independent_reviews/leitch_review/review_leitch_index.cfm
  • *2 Educating Engineers for 21st Century: http://www.raeng.org.uk/news/releases/shownews.htm?NewsID=308
  • *3 一つの省の所管:従来の助成は、旧教育技能省傘下の高等教育助成会議経由と旧貿易産業省傘下の科学イノベーション庁所管の「科学予算」経由と、二つの省に分かれていた。
  • *4 教育労働組合(The Education Union):約16万名の教師、講師、校長およびサポート・スタッフにて構成される全国労働組合
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