レポート - 英国大学事情 -

2006年11月号「インベリアル・コレッジTLO会社の株式上場」

掲載日:2006年11月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【 IC Innovations Group社の株式上場 】

ロンドン大学インペリアル・コレッジの技術移転会社、IC Innovations Ltdの持ち株会社であるIC Innovations Group plcは、2006年7月31日、主にベンチャー企業の株式上場の舞台となっているロンドンのAIM(Alternative Investment Market)市場に上場した。これは、英国における大学TLO会社の株式市場上場、第1号である。

この株式上場にあたり、IC Innovations Groupは約685万株を機関投資家に一株当たり3ポンド65ペンスにて売却して、約2,500万ポンド(55億円(*1))の売却収入を得た。このほか、上場時に一般投資家向けに約27万株を発行し、その売却収入として約98万ポンド(約2億2,000万円)の追加収入も得ている。

これらの株式を売却した後の、株式上場時の同社の持ち株残は約4,950万株であり、3ポンド65ペンスの公開株式価格換算にて、同社持ち株の時価総額は約1億8,000万ポンド(396億円)となった。ちなみに、当レポート執筆時(10月18日)の同社の株価は、公開株式価格の3ポンド65ペンスに対し、3ポンド91ペンスと上昇している。

 

【 Imperial Innovations社の概要 】

2-1. 主な活動

Imperial Innovations社は、インペリアル・コレッジにて生まれた技術の商業化および技術への投資を目的とした会社である。同社の活動は、新規アイデアの認識、知的所有権の保護、技術開発、ライセンシング、スピンアウト会社の設立およびそれらに対するインキュベーションと投資と広範囲にわたる。

このほか、同社はCarbon Trust(*2)およびWRAP(*3) との戦略的なインキュベーション契約に基づき、インペリアル・コレッジ以外にて開発された技術の支援や、技術をベースとする大規模な会社における、コアでない技術の商業化支援活動も行っている。

2-2. 技術ポートフォリオ

同社は2004-05年度に、インペリアル・コレッジより176の新発明の開示を受け付け、そのうち54件については特許申請を行った。2005年-06年度上半期には、すでに同校より124の新発明の開示を受け付けた。これらの新技術は治療、医療器具、診断、エネルギー、メカニカル・デバイス、リサイクリング等、多岐にわたっている。

2-3. スピンアウト会社

同社は、インペリアル・コレッジのスピンアウト会社への投資と共に、Carbon Trust やWRAP等のパートナー活動から生まれたスピンアウト会社にも投資をしている。

2006年4月現在、58のスピンアウト会社の株式を所有する。そのうち、初期段階にある21社は、「ニュー・ベンチャー・チーム」によって育成されており、後期段階にある、残りの37社は「資産運営チーム」によってモニターされている。

2-4. 沿革

IC Innovations社は、インペリアル・コレッジの研究成果の商業化のために、1986年に同校によって設立され、一部の例外を除き、同校の知的所有権を2020年まで独占的に商業化できる権利を有する。2006年7月のロンドン株式市場上場時に得た合計2.600万ポンド(57億2,000万円)は、主にスピンアウト会社のポートフォリオの拡充と技術開発に使用される予定である。

2-5. 組織

A) 役員

会長: インペリアル・コレッジの最高執行責任者(COO)が兼務。英国の投資銀行の役員を経て、2003年にImperial Innovations社に入社。
CEO: 最高経営責任者。英国内外の銀行および化学会社勤務後、1994年にImperial Innovations社に入社後、2002年にCEOに就任。
CFO: 最高財務責任者。数社の財務担当責任者を経た後、2006年から現職。
執行役員: インペリアル・コレッジの法人業務担当副学長が兼務。企業での上級管理職の経験豊富。
その他2人の非常勤役員

B) マネージメント・チーム

マネージメント・チームは12名であり、チームのメンバー全員が大学の外での実務経験を積んでいる。

バイオサイエンス部門責任者: 複数のバイオサイエンス企業にて15年の経験を積んだ後、2002年に入社。
エンジニアリングおよびテクノロジー部門責任者: 複数のエンジニアリング企業にて製品開発やマーケティング等経験した後、2001年に入社。
ニュー・ベンチャー部門責任者: 大手公認会計士事務所や銀行にて、16年間コンサルタントおよび財務部門に勤務後、2001年に入社。2004年に、ニュー・ベンチャー部門を新規に立ち上げる。
資産運営および投資部門責任者: 大手化学・製薬会社勤務、大手公認会計士事務所にて企業融資および法人税のスペシャリストとして活躍した後、英国の投資銀行に勤務。2004年に入社。
法律部門責任者: 複数の大手企業法律担当を経験した後、2004年に入社。法廷弁護士資格を有する。
特許・ライセンシング管理責任者: ガン研究にて博士号取得後、9年前に入社。
バイオサイエンス部門副責任者: 遺伝子、分子生物学を学んだ後、20年以上にわたり複数のバイオテクノロジー、製薬会社にてマーケティングやライセンシング活動に従事。2005年に入社。
エンジニアリング・テクノロジー部門副責任者: 複数の製造企業に勤務後、サリー大学の商業化活動に参加。2005年に入社。
ニュー・ベンチャー部門、シニア・エグゼキュティブ: バイオサイエンスの博士号およびMBA取得後、企業の技術移転部門、投資銀行等に勤務後、2002年に入社。
Imperial Carbon Trust Incubatorのマネージャー: 大手電力・オートメーション機器メーカー等にて、マーケティング活動を中心に15年の経験を積んだ後、2004年に入社。
シニア・マネージメント/投資エグゼキュティブ: 日系エレクトロニクス・メーカー勤務および日系投資銀行にて技術ベンチャーへの投資に従事した後、2005年に入社。
フィナンシャル・コントローラー: 公認会計士資格およびインペリアル・コレッジのMBA取得後、複数の大手企業の財務担当およびベンチャー企業の財務責任者を経験した後、2003年に入社。

C) 投資助言グループ

スピンアウト会社への投資に対する役員会の決定およびその管理を支援するために、投資助言グループ(Investment Advisory Group)を設けている。

投資へのプロポーザルは、通常少なくとも2名以上の投資助言グループ・メンバーのレビューを経て、役員会に提出される。投資助言グループは年2-3回の会合を開き、投資先に関する最新情報を聞くことになっている。

投資助言グループは、投資先およびインペリアル・コレッジとは関係を持たず、また技術移転やテクノロジー・ビジネスへの投資等を理解する、以下の6名にて構成されている。(実名が公表されているが、当レポートにては匿名とした。)

A氏: バイオテクノロジー企業において、19年以上の経営および財務の経験を持つ。
バイオサイエンス企業の共同創設者となり、1994年にその企業を株式市場に上場させた。その後、もう1社のバイオサイエンス企業を共同創設者として立ち上げ、その企業の英国子会社の社長を8年間務めた。現在、多くのバイオテクノロジー企業の非常勤役員を務める。
B氏: 現在、大手多国籍製薬会社の新薬開発担当副社長。バイオ業界において24年の経験を有する。
C氏: ベンチャー・キャピタル業界にて、17年の経験を持つ。現在は投資会社の役員。
D氏: 大手多国籍石油企業の化学部門最高技術責任者の職を含め、石油化学業界に30年の経験の後、企業役員を経て、現在は数社の非常勤役員を務める。
E氏: 複数の企業勤務を経験した後、英国財務省に勤務。現在は財務省がバックアップするPPP(Public Private Partnership)事業の共同CEOを務める。
F氏: 1980年にエレクトロニクス企業を設立した。1988年に、同社を株式市場に上場させ、大手通信端末機器メーカーに育てた実績を持つ。

このほか、インペリアル・コレッジの研究者とImperial Innovations社のインターフェースを支援するために‘Scientific Entrepreneurs Board’が設立され、現在14名のインペリアル・コレッジの教授がメンバーとして参画している。

2-6. インキュベーションと商業化の支援

Imperial Innovations社は、ロー・カーボン技術へのインキュベーションを提供するという、Carbon Trustとの契約に基づき、ロー・カーボンおよび再生可能エネルギー技術に関連するインキュベーションの多くの経験を積んできた。

同社は、WRAP(Waste and Resources Action Programme)とも画期的なリサイクリングおよび廃棄物の最小化技術の育成にも力を入れている。また‘Imperial Bioincubator’を運営しており、15社までの初期段階の企業のインキュベーションを提供することができる。

スピンアウト会社を支援するため、弁護士、弁理士、税務・財務アドバイザーのパネルとの関係を維持しており、スピンアウト会社はその中から自社にあったアドバイザーを優遇的料金にて選択することができる。

同社はインペリアル・コレッジ内のビジネス・スクールと共同で、初期段階のスピンアウト会社のために、役員の役割、ビジネス・プラニング、財務等の特別コースも開発した。

スタートアップが成功するか否かを決定する重要な要因の一つが、強力なマネージメント・チームを持っているかどうかである。同社は、スピンアウト会社のために働く非常勤役員の詳細を含む「People Network」というデータベースを持っているため、スピンアウト会社に最適な人材をマッチさせることが可能である。

2-7. 投資

Imperial Innovations社は、インペリアル・コレッジにて開発された技術を基にしたスピンアウト会社への投資をすると同時に、同社のニュー・ベンチャー・チームにより運営されるインキュベーション・プロセスを経てきたベンチャー会社にも投資を行っている。

 

【 投資プロセス 】
  • Imperial Innovations社の6名の役員のうち、4名が出席するBoard Investment Review(BIR)に対するプレゼンテーションを行う。
  • 投資助言グループのメンバーによるコメントがBIRに提出される。
  • 役員会にて最終的投資判断がなされる。

第1回目の投資およびそれ以降の投資を求めるスピンアウト会社は、シード・ファンドの利用により、下記のターゲットが達成されたことを実証することが求められる。

  • 経験のあるCEOおよびCTOの雇用
  • 経験のある会長およびImperial Innovations 社により任命された1名以上の非常勤役員を含む、良く機能している役員会
  • 財務管理および責任のある財務運営
  • 知的所有権に関する初期の技術的リスクの解決
  • 明確で信頼の置けるビジネス・プラン
  • 完全な独立を達成するために、会社の所在地が決まっていること

 

【 最近の投資 】

2005年4月、Imperial Innovations社は私的株式譲渡(private placing)を行い、株式譲渡収入を得た。この譲渡収入を用いて、将来有望な設立初期段階にある下記のスピンアウト会社に投資をしてきた。

2005年 Inforsense, Deltadot, Heliswirl, Novathera, NanoBioDesign, Futurewave, Acrobot
2006年 Photobiotics, Veryan Medical, Lontra, Deltadot.Nexeon, Thiakis, Cardiak

 

 

【 筆者コメント 】

Imperial Innovations社の全役員およびマネージメント・チーム12名全員が、大学外において実務経験を積んできた経歴を持ち、プロパーな大学関係者が一人もいないということは注目されよう。また、インペリアル・コレッジにて生まれた新技術を商業化することを主目的とするが、その他、外部の会目社において、コアでない新技術の商業化支援まで行うというように、業務を広げてきていることも新しい動きである。

筆者は2002年に、IC Innovations社のCEOに就任して1週間も経っていない最高経営責任者を同社に訪問して、同社の活動状況についてインタビューしたことがある。その当時から、IC Innovations社の活発なTLO活動には感心させられたが、それからたった4年後に株式上場を果たし、57億円もの株式売却益を出し、現在の同社の持ち株の時価評価額が400億円を越すという躍進振りは、眼を見張るものがある。

このImperial Innovations Group社の株式上場により、大学のTLO会社は大学外から幅広く、資金調達できる道が開かれ、英国の大学TLO活動は新たな段階に入ったと思われる。見方を変えれば、一般国民が株式市場を通じて大学発のベンチャー企業に投資をすることができ、大学に対して間接的な財政支援ができることになったことになる。

インペリアル・コレッジの例にならい、今後、他の有力大学のTLO会社も株式上場を含めた、幅広い資金調達の選択肢を考慮する可能性がある。ただし、英国の大学のTLOは株式会社組織となっているところと、大学の組織の一部となっているところがあり、後者の場合は異なる資金調達の道を探ることになろう。

 

用語説明

  • *1 55億円:当レポートでは、1ポンドをすべて220円にて換算した。
  • *2 Carbon Trust:英国の二酸化炭素排出の削減を支援し、低炭素技術の商業化機会を捉えるために、英国政府により助成されている組織。
    http://www.carbontrust.co.uk/default.ct
  • *3 WRAP:「The Waste and Resources Action Programme」の略。英国政府の廃棄物戦略の一環にとして2000年に設立された組織。
    http://www.wrap.org.uk/
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