レビュー

人間中心の政策に転換 第6期科学技術基本計画策定作業進む

2019.11.22

小岩井忠道 / 科学技術振興機構 客観日本編集部

 2021年から5年間を見据えた第6期科学技術基本計画策定の作業が進んでいる。11月6日には文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が主催するシンポジウム「第6期科学技術基本計画に向けて日本の未来像を展望する」が文部科学省で開かれた。そこでは科学技術のみならず経済面でも国際競争力が低下している日本の現状をいかに立て直すか、産官学界それぞれで指導的立場にある登壇者からさまざまな意見が表明された。

シンポジウム「第6期科学技術基本計画に向けて日本の未来像を展望する」(文部科学省第1講堂)
シンポジウム「第6期科学技術基本計画に向けて日本の未来像を展望する」(文部科学省第1講堂)

 科学技術基本計画は1995年にできた。これを受けて、翌1996年には第1期科学技術基本計画が策定された。以来、計画は10年先を見通した5年間の科学技術振興に関する総合的な計画として5年おきに更新されている。現在は2016年から2020年までを対象期間とした第5期科学技術基本計画の下でさまざまな活動が進行中だ。

 今回のシンポジウムでは、大学や企業の国際競争力低下が指摘される日本の現状に対する危機意識を反映し、科学技術政策の取りまとめ役を担う内閣府や、政策実施機関である科学技術振興機構と新エネルギー・産業技術総合開発機構が共催あるいは後援者として名を連ねている。

科学技術基本計画も見直しか

 シンポジウムではまず、科学技術基本計画を策定する総合科学技術・イノベーション会議の上山隆大議員が基調講演し、策定に向けた作業が進む第6期科学技術基本計画に盛り込む予定の新しい考え方を詳しく説明した。

 内閣府に設けられている総合科学技術・イノベーション会議は、安倍晋三首相を議長に、関係閣僚と学界、産業界の有識者から任命された議員で構成される。上山議員は、経済史、科学史、科学技術政策などを専門とする経済学者で、米国の科学技術政策に詳しいことでも知られる有識者議員の1人。第6期科学技術基本計画策定作業で中心的役割を担っている。

上山隆大総合科学技術・イノベーション会議議員(シンポジウム会場)
上山隆大総合科学技術・イノベーション会議議員(シンポジウム会場)

 科学技術基本計画を策定する根拠となった科学技術基本法は「科学技術の振興」を目的に挙げている。上山氏は法律ができた1995年の時点であえて「科学技術の振興」のみを目的として掲げなければならなかったことは、その時点で既にイノベーションの取り組みで日本が後れをとっていたことを示している、と指摘した。これまでと異なる新しい考えを盛りこんだ第6期科学技術基本計画の策定作業とともに、科学技術基本法自体を改定する議論が進んでいることも明らかにした。

 具体的には、法律の第1条に「科学技術の振興」だけでなく、「研究開発の成果によるイノベーションの創出」を加えるといった見直しだ。さらに同じ第1条に「科学技術(人文科学のみに係るものを除く)」と明記されていることに対しても、「(人文科学のみに係るものを除く)」という記述を削除する考えも示した。現在、強く叫ばれている人文・社会科学と自然科学の融合が科学技術・イノベーション政策にとって重要という考え方を法律でもはっきりさせる、という理由からだ。

 上山氏は第6期科学技術基本計画について、計画の対象期間となる2021年からの5年間が「日本にとって国家的な分水嶺になる」と指摘、計画が新しい視点で構想されることを強調した。2030年から2050年に日本がどのような国家であるべきかを考え、あるべき社会の姿を念頭において、この5年間にやるべき政策を策定する、としている。少子高齢化、財政健全化、地球温暖化などグローバルな問題でもある重要課題を解決する政策モデルを提示し、日本らしいイノベーション(ジャパンモデル)を創出するなど、具体的な目標を挙げた。

 加えて指摘したのが「人間中心の科学技術政策」だ。これは、一人一人の幸福追求と地球規模の平和と繁栄を両立させ、地域、ジェンダー、世代の枠を越えて全ての人々に科学技術のもたらす恩恵を届けることだ、としている。さらに「モノからコトへ」というこれまでの考え方から「コトからヒトへ」に転換する重要性も指摘し、教育改革によって創造的な人間を増やす政策の重要性も強調している。

厳しい現状認識も

 これら基調講演で示された考え方は、上山氏個人の主張ではない。上山氏をはじめとする総合科学技術・イノベーション会議の有識者議員8人による「次期科学技術基本計画に向けて」という文書に盛りこまれている。4月18日に安倍晋三議長に提出された文書だ。

 この文書には、取り組みを急ぐ必要があるとする有識者議員たちの強い思いとともに、科学技術・イノベーションに関わる日本の状況に対する有識者議員が共有する危機意識も示されている。上山氏は基調講演で、総務省のICT(情報通信)人材育成政策に大学との連携が欠けている例などを挙げて、「政府のあり方のイノベーションも必要」とも提言した。科学技術予算とはみなされていない予算がいろいろな省に分散している現状を改善し、これらを科学技術政策に関わらせる必要があることを訴えている。

 現状に対する厳しい見方は、基調講演の後に行われたパネルディスカッションでパネリストたちからより強く示された。パネルディスカッションは、濵口道成 科学技術振興機構理事長をファシリテーターに、パネリストには安西祐一郎 日本学術振興会顧問、岸輝雄 外務大臣科学技術顧問、永井良三 自治医科大学学長、須藤亮 産業競争力懇談会専務理事、渡辺美代子 日本学術会議副会長・科学技術振興機構副理事ら学界、産業界で指導的立場にある人々と、マスコミ界から山本佳世子 日刊工業新聞社論説委員兼編集委員、さらに上山氏が加わり、意見を交わした。

濵口道成科学技術振興機構理事長(科学技術・学術審議会総合政策特別委員会主査)=シンポジウム会場
濵口道成科学技術振興機構理事長(科学技術・学術審議会総合政策特別委員会主査)=シンポジウム会場

 濵口氏は、パネルディスカッションに先だって基調講演をしている。この中で「研究者数で見ると日本は世界で3番目に多い国であるにもかかわらず、論文数で比較すると近年、国別順位の低下が顕著」、「人口100万人当たりの博士号取得者数が減少しているのは、米国、ドイツ、フランス、英国、韓国、中国といった主要国の中で日本だけ」など、さまざまなデータを示して日本の研究力が低下している現状に、強い危機意識を持っていることを明らかにした。

 パネルディスカッションでは、パネリストたちにあらかじめ、六つの論点を提示している。「デジタライゼーションにおける未来」、「人文社会科学と自然科学の連携」、「ジェンダーとダイバーシティ」、「科学技術イノベーションシステムと各セクターの役割」などだ。

 これらの論点について、まず安西祐一郎氏が一つひとつ日本の現状、問題点を次々に指摘し、期待される成果を求めるのは生やさしいことではないとの厳しい見方を示した。安西氏は、慶應義塾塾長を務めた後、研究費の配分を主事業とする独立行政法人日本学術振興会の理事長、文部科学相の諮問機関である中央教育審議会の会長など要職を務め、情報技術分野を主導した研究者としても知られる。

 パネリストとしての発言もこうした幅広い体験に基づく見解であることを強調した。デジタル技術を駆使して社会を変革するというデジタライゼーションに対しては、「AI(人工知能)の分野で日本から技術革新が生まれているだろうか?マスコミも全く追及していない」など、見るべき実績に欠ける日本の現状に特に厳しい目を注いでいる。

安西祐一郎日本学術振興会顧問(元中央教育審議会会長、元慶應義塾塾長)=シンポジウム会場
安西祐一郎日本学術振興会顧問(元中央教育審議会会長、元慶應義塾塾長)=シンポジウム会場

 人文・社会科学と自然科学との融合についても、辛辣な意見を述べている。長年、言われ続けていても進展しない理由は、双方の研究者とも自分自身の中で人文・社会科学と自然科学が融合していない(自分の専門に偏っている)人が多いため、いくら話し合ってもかみ合わない結果になっている、と断じている。博士課程で人文・社会科学と自然科学双方の学位を持つダブルディグリー人材を育成するくらいの思い切った対策が必要だ、と提言した。

 掛け声だけでは前進しないという厳しい指摘は、これまた長年言われ続けているジェンダーとダイバーシティに関する課題にも突きつけられた。安西氏は、最も深刻なのは医学・生命科学分野における上級女性研究者の少なさであるとして、女性研究者一般ではなく医学・生命科学分野に絞って上級女性研究者を増やす実効ある対策を講じる必要を強く主張した。教育の問題については、デジタル革命の中で最も進んでいないのが教育構造の転換であることも問題視している。教育の現場が守旧的になるのはやむを得ない面があることを指摘し、科学技術関係と教育関係が分離し、お互いの実情がわかり合えない現状の改善を強く促した。

科学技術イノベーションを統括する省庁を

 科学技術と教育との関係については、岸輝雄 外務大臣科学技術顧問が抜本的な改善策を提案した。岸氏は2015年に新設された外務大臣科学技術顧問に就任したが、それまで東京大学先端科学技術研究センター長、通商産業省工業技術院産業技術融合領域研究所長、物質・材料研究機構理事長、日本学術会議副会長など多くの要職を歴任している。国内の状況に加え、外務大臣科学技術顧問として主要国の科学技術政策にも詳しい。米国、英国、フランス、ドイツ、中国など主要国との最も大きな違いとして岸氏が挙げたことの一つは、大学と国立研究機関の連携が最も進んでいない国が日本であるという現実だ。省庁の傘下にある国立研究機関と大学の連携は、強く求められている産学連携を進める前提になる、と岸氏はみている。

岸輝雄外務大臣科学技術顧問(元物質・材料研究機構理事長、元日本学術会議副会長)=シンポジウム会場
岸輝雄外務大臣科学技術顧問(元物質・材料研究機構理事長、元日本学術会議副会長)=シンポジウム会場

 博士課程の大学院生が研究者とみなされず給料が払われていない日本特有の現実にも岸氏は注意を促している。氏の提案は、さらに文部科学省の分割にまで及んだ。研究所長を務めたこともある通商産業省(当時、現経済産業省)工業技術院がなくなり、産業技術総合研究所という省外の研究機関になったのが2001年。また、同じ年に中央省庁の一つだった科学技術庁が当時の文部省と合併して、文部科学省となった。これらによって「中央省庁の中から技術が消え、その後の『失われた20年』と呼ばれる日本の経済低迷の一因にもなった」との見方を岸氏は明らかにしている。

 「科学技術・イノベーションを統括する省庁が必ずできる」。岸氏はそのような見通しを示し、もし文部科学省が文部省と新たにできる科学技術・イノベーションを統括する省庁に分割されたら「文部省は教育行政に専念できるのではないか」と教育行政にも良い影響が期待できる、という考え方も明らかにした。

2021年3月までに計画策定

 パネルディスカッションで司会役を担った濵口氏は、文部科学相の諮問機関である科学技術・学術審議会の総合政策特別委員会主査も務めている。この委員会は、総合科学技術・イノベーション会議の科学技術基本計画策定作業を支援するための議論を文部科学省としても行うことを目的に設置された。作業が進む第6期科学技術基本計画については、研究開発戦略計画に盛り込む必要があるなど、重要なことがらについてこれまでの議論を中間報告としてまとめ、9月27日に公表している。この中で「博士後期課程学生への経済的支援の抜本的充実」といった人材育成策のほか、「自前主義的発想から脱却した行政外部との協働」、「大局観と現場観の双方をバランスさせたエビデンスに基づく政策立案を推進」など、政策に関連するイノベーションの必要についても一章を割いて詳述している。

 総合科学技術・イノベーション会議の作業は、2020年3月までに第5期科学技術基本計画レビューをまとめ、同年6月に第6期科学技術基本計画の中間とりまとめ、翌2021年3月までに最終案をとりまとめる予定となっている。

 ノーベル賞受賞者は多いが、イノベーションを生み出すような研究成果はどれほど出ているのか。こうした声を、科学技術・学術関係の会合でも最近耳にする。第6期科学技術基本計画が、科学技術・学術政策を攻勢に転じさせる檄文(げきぶん)になれるか。見届けたい。

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