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台風19号、鶴見川は被害なし 大小4900カ所の遊水施設が効果

掲載日:2019年10月31日

東日本各地に甚大な被害をもたらした台風19号。千曲川の堤防決壊をはじめ多くの河川で氾濫が起きたなか、早くから警戒水位に達していた鶴見川は浸水被害がなかった。流域に大小4900カ所ある遊水施設が大量の水を効果的に貯めたからだ。規模の大きな遊水地にはまとまった土地が必要だが、他の河川でも治水対策の切り札になる可能性がある。

長さ42.5キロメートルの鶴見川は東京都町田市に水源があり、横浜市内をうねるように通って東京湾に注ぐ一級河川だ。流域面積は235平方キロメートルと大河ではないものの、流域の都市化率は85%。流域内の人口密度は1平方キロメートル当たり8000人を数え、全国109水系の一級河川のトップに立つ。

台風19号の影響で冠水した日産スタジアム周辺(鶴見川堤防から撮影、10月13日)(横浜市体育協会提供)
台風19号の影響で冠水した日産スタジアム周辺(鶴見川堤防から撮影、10月13日)(横浜市体育協会提供)

暴れ川を総合治水対策で制圧

鶴見川はもともと洪水が起きやすく、古くから「暴れ川」と呼ばれていた。昭和の高度成長経済の時代、下流はたびたび氾濫による水害に見舞われた。流域の宅地化が急速に進んで土地の保水力が低下。降った雨がすぐに河川の本流に流れ込むようになったからだ。1958年の狩野川台風では、鶴見地域などで2万軒が床上浸水する大被害があった。

1970年代後半、事態を重く見た建設省(当時)は関連する東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、町田市を組織し、自治体の枠を超えた協議をスタート。1980年、河川の改修・浚渫(しゅんせつ)や下水道・大規模遊水地の整備に加え、緑地の保全、雨水調整池の整備などを流域全体で進める総合治水対策が、全国に先駆けて鶴見川で実施された。

中でも今回の台風19号で注目されたのは、2003年に運用が始まった多目的遊水地だ。面積は84ヘクタールで、敷地内に横浜国際総合競技場(日産スタジアム)や新横浜公園がある。鶴見川の洪水時には堤防の一部を低くし(1)、余計な水を遊水地内に流入させて鶴見川があふれるのを防ぎ(2)、洪水が収まったら排水門から鶴見川に戻す(3)仕組みだ。

(1) 洪水で川があふれそうになった時、洪水を一段低い越流堤から遊水地に流し込む。(2) 洪水を遊水地に一時貯め込む。(3) 河川の水位が下がった時点で排水門を使って少しずつ川に流しいく(国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所提供)
(1) 洪水で川があふれそうになった時、洪水を一段低い越流堤から遊水地に流し込む。(2) 洪水を遊水地に一時貯め込む。(3) 河川の水位が下がった時点で排水門を使って少しずつ川に流しいく(国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所提供)

最大貯水量は394万トン。今回は過去3番目となる94万トンを貯留した。多目的遊水地がなければ「鶴見川の水位は約30センチ上昇し、氾濫危険水位を超過したと推定される」(国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所)という。2003年の運用開始後、洪水を貯留したのは今回が21回目。下流の氾濫は一度も起きておらず、暴れ川を制圧した格好だ。

建物地下にも調整池

サッカーの横浜F・マリノスの本拠地である日産スタジアムは、ラグビーワールドカップ(W杯)のメイン会場になった。世界の注目を集めたW杯予選リーグ最終戦の日本対スコットランド戦は台風通過翌日の10月13日、関係者の必死の努力で無事開催された。隣の新横浜公園は水を満々とたたえ、スタジアムの1階駐車場にも水は届いていたが、高架部分にあるスタジアムの試合や観戦に支障はなかったという。

1階駐車場部分が冠水した日産スタジアム(横浜市体育協会提供)
1階駐車場部分が冠水した日産スタジアム(横浜市体育協会提供)

千曲川の堤防決壊では北陸新幹線の車両センターが水没し、10編成120両が無残に冠水した。鶴見川の沿岸には横浜市営地下鉄の川和車両基地があるが、横浜市は人工地盤の地下に全国初となる遊水地を設置。多目的遊水地と同じ仕組みで12万トンの水を貯められる。今回は8.7万トンを貯留し、下流にある多目的遊水地の負担を多少なりとも減らした。地下鉄車両はもちろん無事だった。

筆者は鶴見川流域の住民であり、数百から数千トン規模の遊水地や調整池が、高台や川沿いの至るところにあるのを目にしている。ふだんは公園やグラウンドとして使われており、豪雨後には緊急貯水する。地下空間に遊水機能があるマンションや商業施設、事業所も多く、その働きを目にすることのない縁の下の力持ちの役目を果たしている。

大場かやのき公園グラウンド(横浜市青葉区)。このグラウンドの貯留量は3.4万トン
大場かやのき公園グラウンド(横浜市青葉区)。このグラウンドの貯留量は3.4万トン
劇団四季の稽古場である「四季芸術センター」(横浜市青葉区)。地下に雨水調整池があり、870トン貯留できる
劇団四季の稽古場である「四季芸術センター」(横浜市青葉区)。地下に雨水調整池があり、870トン貯留できる

「流域思考」は全国に通用する

首都圏では今回、流域面積が日本最大の利根川の中流域にある渡良瀬遊水地などが、2.5億トンもの洪水を貯留し、下流域を氾濫から守った。「地下神殿」とも言われる首都圏外郭放水路は、中小河川の洪水を江戸川に排出した。荒川第一調節池も下流の荒川・隅田川の氾濫を防いだ。洪水時に水をため込む機能が想定通りに働いたことは評価されるべきだ。

10年ほど前、河川の流域レベルで災害対応や環境保護を考える「流域思考」を唱える岸由二慶応大学教授(現名誉教授)の講演会に参加したことがあり、「日本では鶴見川以外、流域思考の治水が行われていない」との指摘が心に強く残っている。環境省などでは「里山の保全」を大きなテーマにしているが、治水には結びつかない短所がある。

山などに降った雨は流域を潤し、ときには大暴れする。自治体の枠にこだわっていては効果的な策を打ち出せないのは明らかだ。40年前に首都圏で具体化した総合治水対策は流域思考に基づいており、現在でも日本全国で十分に通用する。堤防強化などにこだわるのではなく、まずは浸水被害があった河川の中流域に遊水地を設けられないか、国や自治体が検討してはどうだろうか。

(サイエンスポータル編集部 池辺豊)

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