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温暖化対策と食料対策の両立には土地利用が鍵 干ばつなどで穀物価格、最大23%上昇とIPCC

2019.09.11

内城喜貴 / サイエンスポータル編集長、共同通信社客員論説委員

 地球温暖化に伴う干ばつなどの影響により2050年には穀物価格が最大23%上がる恐れがある—。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が予測をまとめた特別報告書を8月初旬に公表した。温暖化により食料不足や飢餓のリスクが高まることを具体的なデータで示したとして国内外で注目されている。

 これまでIPCCをはじめとしてさまざまな国際機関の報告書が、温暖化による異常気象は食料生産に打撃を与える一方、無計画な森林伐採や農地開拓は温暖化を加速させると指摘してきた。今回の特別報告書は温暖化対策を考える上で世界各国の土地利用の在り方が極めて大切であることを物語っている。

 今回公表された特別報告書のタイトルはずばり「Climate Change and Land(気候変動と土地)」。日本を含む世界52カ国の100人以上の専門家がさまざまなデータを分析、解析してまとめた。そして8月2〜7日までスイス・ジュネーブで開催されたIPCC第50回総会で承認された。

 特別報告書はまず、「土地は人間の生活と福祉の基盤」と位置付けて、人間は世界の陸地表面の70%以上に何らかの影響を与えており、土地は気候システムに重要な役割を担っている、と明記した。そして、産業革命以降の陸地の平均気温は、陸と海を含む地球全体の平均気温の2倍近いペースで上昇している、と指摘。気候変動は食料安全保障や陸の生態系に悪影響を及ぼし、世界の多くの地域で砂漠化や土地の劣化をもたらしたと警告している。

 乾燥地帯では砂漠化などの影響で作物や家畜の生産性が下がる。特別報告書は水不足や干ばつの影響を受ける地域の人の数は今後増加し、その人数は、「今世紀末に気温が1.5度上昇(産業革命前比)の場合」は2050年までに1億7800万人に、「2度上昇(同)の場合」は2億2000万人に上ると推計した。

温室効果ガスの全排出量の約23%は土地利用による

 二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量に土地利用がどの程度関与しているかについては、これまで一般的にはあまり知られていなかった。特別報告書によると、2007年から2016年までに排出された温室効果ガスの全排出量のうち、農業や林業の土地利用による排出が占める割合は約23%、つまり4分1近くに相当すると分析している。ガスの種別にみるとCO2の約13%、メタンの約44%、一酸化二窒素(N2O)の約82%が土地利用によるものだという。この報告書はこうしたデータを示しながら農地などの管理手法を持続可能な形に改善することにより排出量は大幅に減らせる余地があると強調している。

 陸地にCO2を吸収する役割があることはよく知られている。中でも森林が果たす役割は重要で、森林伐採が進むと樹木に吸収されるはずだったCO2は大気中に残ってしまう。特別報告書は「持続可能な土地利用」が重要であることを再三指摘している。そうした土地利用の具体例として作物の適切な輪作や、計画的で適切な森林伐採と植樹、有機農業の普及のほか、害虫管理や花粉を運ぶ昆虫種の保全を盛り込むなど詳細な対策を挙げている。

 特別報告書はまた、今世紀末の世界人口が90億人に達すると想定すると、温暖化により穀物価格は上昇し、上げ幅は最大23%に達して、世界の貧困層に深刻な打撃を与えると警告している。

特別報告書「Climate Change and Land(気候変動と土地)」の表紙(IPCC提供)
特別報告書「Climate Change and Land(気候変動と土地)」の表紙(IPCC提供)

持続的土壌管理が大切

 「持続可能な土地利用」に関しては、「持続的な土壌管理手法」を提唱・実践している米オハイオ州立大学特別栄誉教授のラタン・ラル博士が昨年の日本国際賞を受賞している。ラル氏の受賞理由は「食糧安全保障強化と気候変動緩和のための持続的土壌管理手法の確立」。土壌に含まれる有機物が耕作で流れ出すのを防ぐため、土を耕さないで農作物を育てる「不耕起栽培法」を確立し、世界に普及させた功績が評価された。

 有機物の多くは、植物が大気中のCO2から「光合成」で作り出したものだ。このため不耕起栽培法は大気中のCO2の炭素を土壌有機物として土中に隔離貯蔵することを意味し、大気のCO2増加を少しでも遅らすことができる。食料の増産と地球環境の保護という両立しにくい事柄に解決の道を開いた点が評価された。

 ラル氏はサイエンスポータルのインタビューで「『不耕起栽培法』は持続可能な生産性を維持することで国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標の1つである『貧困をなくす』ことにつながる。農家のむだを減らし、飢餓も撲滅することができ、干ばつなど過酷な環境でも作物を収穫できる。土壌の質も改善でき、そこからとれる作物の質も向上する」と述べ、SDGs達成のためにも土地や土壌の問題はたいへん重要だ、と指摘している。

サイエンスポータルのインタビューに答えるラタン・ラル博士(4月11日、東京都千代田区のホテルニューオータニで)
サイエンスポータルのインタビューに答えるラタン・ラル博士(4月11日、東京都千代田区のホテルニューオータニで)

1.5度上昇でも多くの地域で極端な高温や豪雨増加

 地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」は産業革命前からの気温上昇を2度未満、できれば1.5度に抑えることを目標に掲げている。IPCCは昨年10月に温暖化が現在のペースで進むと早ければ2030年にも世界の平均気温は産業革命前より1.5度上昇し、豪雨被害などの自然災害のリスクも高まる、と予測する特別報告書「Global Warming of 1.5℃(1.5度の地球温暖化)」を公表している。報告書の内容は世界中で報道され、大きな反響を呼んだ。

 その報告書は、世界の平均気温は産業革命前よりもすでに約1度上昇しており、気温上昇が現在のペースで進むと2030年から2052年までの間に現在より1.5度上昇してしまうと予測したのだ。そして気温が1.5度上昇した場合と2度上昇した場合の影響を比較し、1.5度の場合は2度の場合よりも影響の程度は低くなるとしながらも、それでも自然や生態系などに影響し、人間が居住するほとんどの地域で極端な高温が続く可能性が高いなどと具体的な影響を列挙した。気温上昇を何とか1.5度に抑える努力が重要で、そのためには人為的なCO2の排出量を2010年比で2030年には約45%減少させ、さらに2050年前後に実質ゼロにする必要があるという。

 この報告書で特に注目したいのは、近年世界各国で頻発している異常気象について「2度上昇でも1.5度上昇でも世界の多くの地域で豪雨が増える。しかし1.5度に抑えることにより、豪雨による被害のリスクを低減できる」と指摘した点だ。この分析には日本を含む東南アジアも対象になっており、干ばつの被害も2度と1.5度では大きな差が出るとしている。

 報告書はまた、気温上昇がコメ、ムギ、トウモロコシなどの穀物生産に与える影響についても触れている。この中で気になるのは2度上昇であろうと1.5度上昇であろうと、収量が減るばかりでなく、穀類の栄養成分も減るという。

 農林水産省によると、日本国内でも気温上昇の影響により、水稲の米粒が未熟になる白未熟粒やミカンの皮と房の間が空く浮皮症が既に増えているという。

特別報告書「Global Warming of 1.5℃」の表紙(IPCC提供)
特別報告書「Global Warming of 1.5℃」の表紙(IPCC提供)

 今回の「気候変動と土地」報告書は、「土地」がキーワードだ。温暖化という気候変動と農業、林業との相互関係のほか、農業、林業の生産性に密接に関係する砂漠化、干ばつとの関係についても正面から詳細に分析した。そして強く打ち出されているメッセージは「温暖化対策と食料問題の両立」の重要性だ。報告書でも度々出てくるが、温暖化が発展途上国に与える影響は大きく、干ばつや洪水によって飢餓や貧困の深刻化が懸念されるという。大規模な干ばつや洪水によって移住を余儀なくされるという事態も想定されている。

温暖化に適応する食料・食糧問題は先進国、発展途上国共通

 進行する温暖化に対して農業、林業の面からどのように対応したらいいのかという問題。つまり、限界もあるが温暖化に適応するための食料問題は、発展途上国ばかりでなく、日本を含む先進国にも共通する重い問題だ。

 温暖化との直接の因果関係は未解明ながら昨年夏には西日本豪雨に見舞われ、多額の農業被害を出した。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と国立環境研究所、気象庁気象研究所の共同研究グループは、地球温暖化による主要穀物の過去30年間(1981〜2010年)の被害額を調べた結果、その額は世界で年間5兆円近くに達する、という論文を昨年12月に発表している。日本では温暖化による農作物への打撃や、災害や異常気象による被害などを抑えることを目的とした「気候変動適応法」が昨年6月に成立した。今回のIPCCの特別報告書は、日本国内においても農業と林業に照準を置いた適応策が喫緊の課題であることを示している。

 農業由来の温室効果ガスはメタンと一酸化二窒素で全体の80%以上を占める。農林水産省は農業分野の温室効果ガス排出抑制策として、水田の適切な水管理によるメタン排出抑制策や、窒素肥料の効率利用による一酸化二窒素の排出抑制策などを進めている。

 最後にもう一度「気候変動と土地」特別報告書に戻る。そこには、食べることができながら廃棄される「食品ロス」ということばも出てくる。「食品ロスや食品廃棄物を削減するなどの食料システムに関する政策は持続可能な土地利用管理、食料安全保障の強化を可能にする」「そうした政策は気候変動の適応に貢献し、土地の劣化や砂漠化、そして貧困を低減するとともに各国の公共衛生を改善する」。

 地球温暖化と食料問題は温室効果ガスという人為的な要素を介して相互に複雑な関係にある。それだけに先進国、発展途上国を問わず、緻密で計画的な対応策が求められている。その中には例えば「食品ロス」を減らして食料生産量を低減し、空いた土地をバイオ燃料生産用用地に当てるなどの個人レベルでもできる対策も含まれている。気候変動・温暖化対策は国・政府レベルの政策誘導や国としての強い覚悟が求められるが、私たち一人ひとりもできることは多い。

 IPCC:地球温暖化の予測と影響、対策などについての科学的知見を集約し、対策に生かすことを目的に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が1988年に設立した。現在、先進国、発展途上国を含めて195カ国・地域が加盟している。これまで5回にわたり3つの作業部会評価報告書とそれらをまとめた統合報告書を作成しており、最新の統合報告書を2014年11月に公表した。現在、6回目(第6次)の評価報告書をまとめる作業を進めている。ことし5月に京都市で第49回総会が開かれた。2007年にゴア元米副大統領とノーベル平和賞を共同受賞している。

世界中の猛暑の日数。折れ線グラフは長期的に増加傾向にあることを示している(NOAA提供)
世界中の猛暑の日数。折れ線グラフは長期的に増加傾向にあることを示している(NOAA提供)

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