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技術は完璧でなく受精卵への臨床応用はまだ容認できずーゲノム編集めぐり「サイエンアゴラ」で幅広く議論

掲載日:2017年12月12日

生物の遺伝子を自在に改変できる画期的な技術として「ゲノム編集」が世界的に注目されている。遺伝子の異常により発症する病気の新治療法や農産物の品種改良への応用が期待される。しかし、その一方で、この技術の精度が現時点では完璧ではなく、意図しない改変が起きる可能性があることも指摘されている。このため国内外のさまざまな機関で議論されており、臨床応用に伴う倫理的な課題については慎重な検討を求める声が多い。中でも改変の影響が次世代以降に広がると懸念される人の受精卵への応用については現時点で禁止すべき、との考え方が現段階では主流だ。

ゲノム編集の代表的な方法は3種類あり、最も簡便とされる最新の方法は2013年ごろに開発された「クリスパー・キャス9」という方法だ。ドイツのマックス・プランク感染生物学研究所のエマニュエル・シャルパンティエ所長と米カリフォルニア大学バークリー校のジェニファー・ダウドナ教授が中心となって開発した。「クリスパー」という分子と「キャス9」と呼ばれる酵素を使って特定の遺伝子を取り除いたり、置き換えたりする。この方法が開発されて以降、ゲノム編集は世界の生命科学の研究者の間で急速に普及した。

「越境する」をテーマに科学フォーラム「サイエンスアゴラ2017」(主催・科学技術振興機構〈JST〉)が11月24日から3日間、東京・お台場地域のテレコムセンタービル(東京江東区青海)で開かれたが、最終日の26日に「ゲノム編集時代の生殖医療と私たち」と題したキーノートセッションが行われた。主催は日本学術会議の科学と社会委員会。日本学術会議は、ゲノム編集について「生殖医療への臨床応用は国の指針で当面禁止し、法規制も検討すべきだ」などとする提言を9月に公表している。キーノートセッションにはこの提言づくりに関わった3人の研究者も参加して多角的に議論された。その議論の一部を紹介しながらゲノム編集をめぐる最近の動向についてまとめる。

写真1 「サイエンスアゴラ2017」の開幕セレモニーの1場面(11月24日)
写真1 「サイエンスアゴラ2017」の開幕セレモニーの1場面(11月24日)
写真2 2017年4月に行われた日本国際賞受賞記念講演会で講演するシャルパンティエ氏(左)とダウドナ氏(右)
写真2 2017年4月に行われた日本国際賞受賞記念講演会で講演するシャルパンティエ氏(左)とダウドナ氏(右)

「国内の議論は十分進んでいない」

キーノートセッションの登壇者は、京都大学大学院生命科学研究科教授の石川冬木氏、北海道大学安全衛生本部教授の石井哲也氏、徳島大学大学院医歯薬学研究部産科婦人科学分野教授の苛原稔氏、千葉県こども病院代謝科部長の村山圭氏、NHK国際放送局チーフ・プロデューサーの宮野きぬ氏の5氏。ほかに主催者を代表して日本学術会議副会長でJST副理事の渡辺美代子氏も加わった。6人は、専門分野は異なるものの何らかの形でゲノム編集を含む生殖医療の問題に関わってきた。中でも石川、石井、苛原3氏は提言をまとめた検討委員会のメンバー。セッションは「国内の議論はまだ十分進んでおらず、諸制度が未整備のまま(研究についての)現実が先行する状況を改善する必要がある」(「サイエンスアゴラ2017」プログラム情報)との前提で進められた。

セッションの進行役は京都大学の石川氏が務め、冒頭、「登壇者の講演はあくまで話題提供で、今日は『最近出てきたゲノム編集の技術を使って病気のない赤ちゃん誕生を求めるべきかどうか』という問題設定で会場の皆さんにも一緒に考えていただきたい」とセッションの狙いを説明した。

最初に「話題提供」したのは北海道大学の石井氏。石井氏は「ヒト配偶子や受精卵のゲノム編集 論点」と題し、話の対象を生殖医療全体に広げながら解説した。「一つの細胞段階(受精卵)で遺伝子改変を行うとその影響は40~60兆個あると言われる私たちの体のすべての細胞に及ぶ」「遺伝子疾患を持っている赤ちゃんが生まれる可能性が高い場合に(受精卵に対する)ゲノム編集を行うと恐らく健康な赤ちゃんが生まれるだろうが、一方間違った遺伝子改変を行ってしまうとその影響は(赤ちゃんの)全身に及んでしまう」。

石井氏はまた、家族形成の選択肢として「子どもは要らない」「子どもができるかどうかは自然の選択肢に任せる」「子どもが欲しいが、不妊の場合は生殖医療を受けるか、養子縁組を検討する」の3つを示し、3つ目の選択肢に関連して「日本は生殖医療が盛んな国」と指摘した。その上で、遺伝子疾患を発症する子どもの誕生を回避する目的で遺伝子変異の有無を調べる「受精卵検査(着床)前診断(PGD)」は一定の規制の下で日本を含めた諸外国で認められている現状などを紹介した。

日本では胚の染色体異常を調べた上で妊娠の可能性を高める不妊治療などは禁止されている。石井氏は、ゲノム編集の仕組みを「JSTサイエンスチャンネル」の動画を使いながら説明。①遺伝子疾患発症予防②遺伝子変異による不妊の治療③「デザイナーベビー」に代表される親や社会が求める子どもの追求-などの応用可能性が考えられる、として、①については別の疾患が発症する、②は流産や死産、先天異常児が誕生する、③は先天異常や家族不和、乱用など、それぞれリスクがあり、いずれの場合も現時点では深刻な問題が生じる可能性がることを指摘した。

石井氏は最後に、受精卵、つまり受精の瞬間から人格があるとする「人格主義」と人格は成長とともに徐々に備わっていくという「漸進主義」の2つの考え方があることをパワーポイントで紹介。ゲノム編集についての議論の論点として「遺伝子疾患の予防医療以外の目的に転用してもよいか」「遺伝子疾患予防で応用したが胎児診断で異常が見つかった場合、中絶するという選択に問題はないか」「デザイナーベビーへの応用は親のためか子のためか」などを挙げている。同氏がこの日何度か強調したのは「あらゆる医療にはリスクはある」という点だった。

写真3 キーノートセッション 「ゲノム編集時代の生殖医療と私たち」で会場の参加者含めて議論する登壇者の様子
写真3 キーノートセッション 「ゲノム編集時代の生殖医療と私たち」で会場の参加者含めて議論する登壇者の様子
写真4 進行役を務めた京都大学の石川冬木氏
写真4 進行役を務めた京都大学の石川冬木氏
写真5 北海道大学の石井哲也氏(左)と徳島大学の苛原稔氏(右)
写真5 北海道大学の石井哲也氏(左)と徳島大学の苛原稔氏(右)
写真6 千葉県こども病院の村山圭氏(左)とNHK国際放送局チーフ・プロデューサーの宮野きぬ氏(右)
写真6 千葉県こども病院の村山圭氏(左)とNHK国際放送局チーフ・プロデューサーの宮野きぬ氏(右)

「受精卵への応用は基礎研究の範囲内で」

次に産科婦人科分野を代表して徳島大学の苛原氏が登壇した。同氏は日本産科婦人科学会の倫理委員長も務めている。長く産科をめぐる実情を見てきた立場から同氏は、日本女性の晩婚化や、31歳少し前とされる初産年齢の高齢化などの傾向に触れて「流産率も高まり、不妊症も増えている。日本は今や世界に冠たる体外受精大国だ」と指摘した。2015年時点で体外受精により生まれる赤ちゃんは年間約5万1,000人で新生児の20人に1人の割合という。

苛原氏はゲノム編集を受精卵に応用することについて「日本産科婦人科学会の考え方としては(研究対象は)基礎研究の範囲にとどめて臨床応用は行わないというものだ」と述べている。同学会は日本生殖医学会、日本人類遺伝学会、日本遺伝子細胞治療学会と連名で昨年4月にゲノム編集の臨床応用を認めないよう求める4学会合同の提言を公表している。

千葉県こども病院の村山氏は長く先天性疾患の臨床現場に携わっている。同氏は、新生児の3~5%は先天性疾患を持って誕生しているというデータを示し、そうした誕生のリスクを知りたい親が「出生前診断」に来るケースも増えている実態を説明した。村山氏はある家族の実例を示した。「第1子、第2子とも重篤な遺伝子疾患で生後間もなく死亡。第3子は出生前診断を行わなかったが健康児が生まれ元気に育っている。しかし妊娠中の第4子は出生前診断で遺伝子疾患を罹患していることが分かった。それに対し、家族は『産んで治療を目指したい』と決意した」。医療チームは、そうした家族の決断を全力でサポートすることを決め、さまざまな相談を重ねているという。このように、第1子が遺伝子疾患で生まれた場合、その家族が次の子どもについて、出生前診断をする、しない、した場合、罹患が判明しても産む、産まない、といった厳しく苦しい選択が待っている。

ゲノム編集に関連して村山氏は「ゲノム編集という新たな選択肢が出てきたときに、それが家族にどのような影響をもたらすのか、その結果どのようなことが予想されるのか、を家族と一緒に考え、共有しながら、家族の決断を支えていくことが医療者に必要なことだ」と語っている。

「話題提供」の最後に登壇したNHKの宮野氏は「生殖医療とゲノム編集・メディアの報道現場から」と題して講演し、生命倫理に関係する数多くの番組を製作してきた経験を紹介した。この中で、同氏は「ゲノム編集の技術はまだ100パーセントではない。(応用のためには)技術の正確さや安全性の検証が大事だ」などと強調した。そして、議論に必要な視点として、技術の安全性を考える視点、次世代に引き継がれる遺伝情報操作の是非を考える視点、「出自を知る権利」など、生まれる子どもの視点、そして人工知能(AI)の進歩などを契機にあらためて「人間とは何か」を考える視点、の4つを挙げている。

この後会場の参加者から質問や問題提起、コメントを受け付けた。

最初に行われた登壇者同士の質疑応答ややり取りの中で「安全性を確認するためにはどのくらいの時間がかかるのか」との問いに対して別の登壇者は、「英国で体外受精により最初に生まれた女性が20数年後に結婚、自然妊娠で出産して健康児が生まれた」事例を紹介。現在ではかなり一般的医療になった体外受精の安全性を最終的に確認するために「長い年月が必要だった」と指摘した。別の登壇者からは「ほとんど一生フォローするのは人権侵害ではないかと思う」とのコメントが出された。

会場からの質問や問題提起の中で、ある参加者は「(今日の議論は)ゲノム編集を応用するリスクと倫理的な問題が取り上げられたが、逆にゲノム編集を行わないという選択をした場合、倫理的にどのようにとらえたらよいのか」と質問した。ゲノム編集の安全性や精度が高くなった場合、その技術を選択する親が増えると予想される一方、逆に選択しない親が倫理的に非難されることの可能性や是非についてのストレートな問いだった。この問い掛けはゲノム編集に代表される生殖医療の最先端技術だけでなく、日常的な医療でのさまざまな選択に伴う倫理の問題にもつながる。残念ながら時間の制約もあり、「選択と非選択」に伴う倫理的問題についての深い議論には発展しなかった。生殖医療は、親と生まれてくる子ども双方の人権と福祉に関わる。医療関係者も巻き込む重く難しいテーマだが、一方一般の人も「自分の場合は」と考えることもできるテーマでもある。

一般の人の視点も取り入れた議論を

キーノートセッションの閉会のあいさつで日本学術会議の渡辺副会長は「今日は専門家の方と会場の一般の方が一緒に考えることができてよかった。一緒に考えられたのは(専門家と一般の人両方の)皆さんが当事者になり得る、自分の問題としての視点があったからだと思う。こういう問題を一緒に考えていかないと、(一般の人が)知らないところで狭い専門家によって法律ができてしまう。それを避ける必要があると感じた」とコメントした。

写真7 日本学術会議副会長の渡辺美代子氏
写真7 日本学術会議副会長の渡辺美代子氏

ゲノム編集を生殖医療に臨床応用することについて日本学術会議の提言は「出生する子どもへの副作用など、重大な医学的・倫理的懸念がある上に、その実施の可否に関わる社会的な議論が日本ではまだ不十分である」「医療技術の進歩によって、安全性の課題や市民の考え方の変化による倫理的問題が解決された場合でも、生殖医療の実施の可否については継続的かつ慎重な議論を続ける必要がある」などとしている。

日本学術会議のほか、国や学会レベルでの審議も行われてきた。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議・生命倫理専門調査会は昨年4月に中間報告をまとめ、ゲノム編集を使った受精卵の改変研究は「基礎研究に限る」としている。その後も審議を続け、生殖医療を目的とした研究を指針で規制する方向で議論している。基礎研究の妥当性審査については、研究機関の倫理審査委員会と、国による2段階で行う方向で検討されているという。日本ゲノム編集学会は昨年9月、人の受精卵への応用は実施すべきでないという声明を出している。このように国内でもさまざまな場で多様な意見が交わされて慎重な議論が行われてきた。

しかし、海外に目を向けると、臨床研究の動きは日本で議論が本格化する前にさかのぼる。2015年4月に中国・中山大学の研究チームが人の受精卵の改変を試みて一部で成功した、と発表して世界中を驚かせた。しかし改変を狙った部分以外にタンパク質が入るなどの問題も明らかになり、臨床応用にはまだ課題が多い、との受け止め方が大半だった。ところがこうした予想を覆すようにその後、ゲノム編集技術の向上を示す研究成果の発表が相次いだ。

そうした流れを受けて、米国の代表的な学術機関である米科学アカデミー(NAS)と米医学アカデミー(NAM)は今年2月、厳しい監視の下、将来的に遺伝子疾患を予防する目的に限って人の受精卵に応用することを容認する報告書を公表した。国内のメディアでは「容認」の活字が大きく使われた。だが、約250ページに及ぶ膨大な報告書をよく読むと、受精卵への応用については「まだ研究が必要で、現時点での実施は時期尚早」と明記している。また、改変のリスクも詳細に例示して受精卵応用に際して厳しい条件を具体的に体系的にまとめている。ゲノム編集技術で日本を代表するある研究者は「臨床応用を容認した、と読まずに、むしろ現時点で『認めるべきではない』と明示した、と読むべきだろう」と指摘している。この報告書はその後日本を含めた各国の議論に大きな影響を与えている。

広い視野からの徹底議論を

国外での研究の動きは速い。今年8月には米オレゴン健康科学大学などの研究者らが「心臓病の原因となる遺伝子変異を高い確率で修復することに成功した」と英科学誌にネイチャーに発表している。発表内容は、技術が向上して、技術的には遺伝子疾患の発症予防に利用できる可能性を示したものとも言える。一方、現在のゲノム編集の技術はいまだ確立しているとは言えない。狙った改変部分の塩基配列に似た配列部分も切ってしまうという「オフターゲット」作用の問題は技術的にまだ解決できていない。

このようにゲノム編集をめぐるさまざまな流れを見ると、日本でもゲノム編集の臨床応用、特に受精卵への応用に関しては、規制を含む仕組みづくりが急務であることは明らかだろう。ただし広い視野からの徹底議論が必要だ。専門調査会などでの議論では、受精卵への応用についても法律で一律に規制することに否定的な意見も聞かれるという。「サイエンスアゴラ2017」のキーノートセッションのような市民参加型の場で「素朴な疑問・意見」を含めた多様な考え方をぶつけ合い、そうした意見や考え方を国や学会レベルの議論に生かすことが求められている。

(共同通信社客員論説委員、サイエンスポータル編集長・内城喜貴、写真は1,2以外腰高直樹)

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