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博士課程は職業 日独シンポジウムで日本の遅れ浮き彫りに

掲載日:2015年9月11日

男女共同参画は一筋縄ではいかないが、日本の取り組みの遅れは明白-。4日都内で開かれた「日独シンポジウム ダイバーシティが創る卓越性~学術界における女性・若手研究者の進出~」の議論を聴いて、そう感じた参加者たちが多かったのではないだろうか。

このシンポジウムは、国際交流基金、ベルリン日独センター、日本学術会議が共催した。日本、ドイツの大学、研究資金配分機関、行政府で男女共同参画を推進してきた人たちから、両国の現状が詳しく紹介された。

ドイツから参加した研究者たちの発言の中で、日本側参加者たちが驚いたことが二つあったようにみえる。一つは、ドイツの大学は、学生から授業料を取らないこと。もう一つは、博士課程の大学院生は職業人とみなされ、報酬が払われているという事実だ。「経済格差が進行して大学進学は無理という人が増えている」(江原由美子〈えはら ゆみこ〉首都大学東京教授)という日本との違いは大きい。

江原氏は、この3月まで首都大学東京の副学長兼ダイバーシティ推進室長として、大学の男女共同参画を身障者や性的少数者、外国人教員なども含めたダイバーシティ推進という形で進めてきた。3年間で実施した具体的支援策も数多い。その一つとしてキャンパス内に開設した保育園の利用者に男性が多かったという事実や、当初、男性教員から返ってきた「女性という特権に甘えず同じようにやれば平等にする」といった発言が聞かれなくなった現状などを示し、一定の進展があったことを紹介した。大学の全教員に占める女性比率は、3年間で14.7%から17.1%、理系3学部の女性教授は2.7%から5.2%に上昇した事実も明らかにしている。

一方、首都大学東京に限らず、日本の大学を取り巻く経営環境が非常に悪化していることについて江原氏は、次のように語った。

経済成長の鈍化、若い人の失業率・非正規雇用の増加、少子化による18歳人口の減少などにより、国公立大学に対する国税、地方税の投入が厳しくなり、収入の大半を学生からの授業料に依存している私立大学の経営が苦しくなっている。特に男性の大学進学率が上がらないため男子学生の入学者数は減る一方。日本の大学生の7割以上を受け入れている私立大学の45%以上が定員割れを起こしている。大学に対する親の期待、要求も、「子供をどんなところに就職させてくれるか」といった傾向が強まっており、それに応えられない大学は、学生を集められなくなっている。すぐに役立つ知識ないし、社会に出て役に立つコミュニケーション能力といったものがより強く求められ、「大学教育は学問を中心とする」という志向は、少数のエリート大学しか持てないような状況だ。「科学技術的知識を持つ人材を増やせ」、「海外で働けるグローバル人材を増やせ」という財界からの要請も激しい。首都大学東京は、博士課程の大学院生に対し限定的だが授業料半額、あるいは奨学金制度の拡充といった対策をとっているが、一つの大学でできることは限りがある。博士課程に進む学生が減るという現実が確実に進行している…。

こうした状況なら、なおのことダイバーシティ推進に注目せざるを得ないではないか、というのが江原氏の思いだが、こうした認識はあまり広く大学全体に広がっていないという。「日本学術会議が行ったアンケートでは私立大学の8割、国公立大学の65%が男女共同参画の取り組みを全くしていないと回答した。大学間の認識にも大きな違いがある」と江原氏の危機意識は大きい。

ドイツのパネリストたちから紹介されたドイツの現状はどうか。博士課程の人に報酬が出ていることについて、マルティン・ルター大学ビッテンブルグ校のゲジーネ・フォリヤンティ・ヨースト教授は次のように説明していた。「博士課程を終えて職業に就くと20代後半になってしまう。年金受給の支払い年月が短くなってしまうのを避けるには、奨学金ではなく雇用契約を結ぶことが重要。若手研究者を社会保障のセーフティーネットに統合する意味もある」

「学生扱いをしていないために、博士課程に何人いるのか、個々の大学もきちん把握していない」というフリードリヒ・シラー大学イェーナ校のエリカ・コーテ教授の話も興味深い。コーテ氏によると、イェーナ校では2010年からオンラインツールを導入し、博士課程に何人いるのか統計を取り始めたという。男女平等を達成するには数字が必要という目的からだ。博士課程の約半数が女性。この比率は学問分野によって異なり、物理学は少ない。生物学では学部70%、博士課程50%で、生物学に限ってはジェンダー問題はない、ということが分かった。ただし、博士課程修了者のうち、トップレベルの成績だったのは男性19%に対し、女性は7%だった、という。

コーテ氏が問題視しているのは、先に進むにつれて女性の活躍の場が狭まっている事実がはっきりしたことだ。学部長クラスになるとほとんどが男性で、学部によっては女性教授もほとんどいないところがある。男女平等の目標を高く設定し、例えば副学長は男女一人ずつ、学部の管理職も男女同数にする措置が必要、と氏は語った。

実際に男女共同参画でどのような措置がとられているのか。ドイツでは、ドイツ研究振興協会(DFG)が、研究助成で大きな役割を果たしている。研究費の大半は連邦政府、州政府から出るが、DFG自体は大学や研究機関を会員とする学術界の自治組織だ。協会で男女共同参画を推進するチームの責任者であるエバ・リヒバイン氏が明らかにした取り組みは、日本とはだいぶ違う。

協会は、定款の第一条で男性女性が機会均等であるべきだ、とうたっている。協会の副会長がさまざまな機会にダイバーシティ推進に取り組むことを協会のスタッフに明確に示している。研究助成の審査の時点で、女性研究者が不利益になっていないかをきちんと確認する。例えば、ある女性研究者に対し、育児休暇をとったために発表論文が少ないという理由で評価がなされていないか、といったことが分かれば、審査に反映する。あるスタッフが育児休暇をとった場合に補助人員を雇う費用、家庭と仕事を両立するため保育園などに必要となる費用なども、男女を問わず支援の対象としている…。

ドイツ研究振興協会(DFG)の取り組みを報告するエバ・リヒバイン氏
ドイツ研究振興協会(DFG)の取り組みを報告するエバ・リヒバイン 氏

実際にDFGの男女共同参画推進の取り組みは、効果を挙げているのだろうか。サンドラ・ボウフェス・ライプニッツ社会科学研究所研究員は、次のような調査結果を紹介していた。

エクセレンスイニシアチブというDFGの最先端科学技術のための研究助成プログラムがある。男女共同参画が審査項目となった初めてのプログラムだ。第1期2007―2010年に助成対象となった37のうちの27の大学、研究機関を対象に調べたところ、研究に参加している女性研究者の割合は、博士課程、ポスドク合わせて40%だった。しかし、プリンシパルインベストゲーター(PI)は、たった13%。地位が上がると比率は低落する。ただし、この数値は短期間で20%以上に増えた。DFGは2011年の第2期申請時からPI女性研究者の比率を25%にするという条件を付けている。

さらにボウフェス氏は、次のような調査結果も明らかにした。女性のPIは大学に講座を持っている人は少なく、大学教授資格を持つ人も少ない。エクセレントイニシアチブのトップポジションに就く女性研究者の数は大きく増えたものの、学術的に確たる評価を得てなく、学術的名声も高くない。「PIとして採用することや運営委員に選出するのは打算から。業績がきちんと評価されていないし、シンボル的にしか採用されていない」と、ボウフェス氏たちの調査に対して語った女性PIもいる。数の上だけでなく本当の男女参画を進めるには、男性優位のドイツの学術文化を変えることが大事だ…。

女性研究者の役割、地位向上は、現在、いくつもの有名大学学長ポストを女性が占める米国でも簡単に実現したわけではないといわれる。ドイツでも似たような現実があるということだろうか。

日本側の参加者たちからは、男女共同参画の取り組みについて、次のような声が聞かれた。

「東京大学は教員採用に当たって同等に評価できる人材なら女性を優先して採用する政策をとっている。しかし、肝心要の教員の女性比率をいかに増やすかについての歩みは非常に遅々としたものだ。その背景にはこの10年女性学生が増えていない現実がある。一時期20%を超えたがこの春も18%台。しかも東京ないし周辺の出身が大半で、地方から東大に入る女性はむしろ昔より減っている。ここをなんとかし、かつ女性教員を増やすために教員採用に当たって公募を増やし、さらに公募の評価基準を明確にしていかないといけない」(大沢真理〈おおさわ まり〉東京大学社会科学研究所長)

「9年前、第3期科学技術基本計画の中に、博士課程の女性比率を理学系20%、工学系15%、農学系30%、保健系30%にするという目標を入れた。この場にいる人の問題意識は同じと思うが、会場を出たら産官学も市民の方たちもほとんど理解していない。この20年間猛烈な勢いで世界は変わっている。大学の経営、男女共同参画が非常に重要な問題になっていることを外に向かって語らなければならない。1999年の国際科学会議で『知識のための科学』に加え、『平和のための科学』、『開発のための科学』、『社会における社会のための科学』が、ブダペスト宣言に盛り込まれたことを思い起こす必要がある。女性だけでなく優秀と思われる理工系の男性が博士課程に進まないという現状が、この先日本の国力だけでなく、ウェルビーイング(満足できる生活状態)にもボディーブローのように効いてくるということを、皆に知らせないといけない」(有本建男〈ありもと たてお〉政策研究大学院大学教授・元文部科学省科学技術・学術政策局長)

シンポジウムの共催者でもある日本学術会議は、2005年に出した「科学技術基本計画における重要課題に関する提言」の中で「博士課程の学生に報酬を払えるよう科学研究費補助金等に人件費を組み入れるなどの有効的措置を早期に講じる必要がある」と求めている。シンポジウムのファシリテーターを務めた廣渡清吾(ひろわたり せいご)専修大学教授・前日本学術会議会長は、「財政状況は厳しいが、本当に日本の学術のことを考えたらのんびりしたことを言っていられるだろうか、というのが日本学術会議の提言。ドイツからよいアイデアを示してもらった」と討議を締めくくった。

国・地方公共団体と従業員301人以上の大企業に、女性の活躍に関する状況把握・課題分析と、課題解決に必要な数値目標を盛り込んだ行動計画の策定・公表などを義務づけた女性活躍推進法が8月に成立している。しかし、廣渡氏によると、ドイツでは3月に上場企業の取締役と監査役の女性比率を30%にするという法律が制定されたという。

ドイツとの差が縮まっているようには見えないが、これから日本の大学、学界はどう対応するのだろうか。

(小岩井忠道)  
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