レビュー

イノベーションの難しさ

2010.12.31

 今年を振り返ると、基礎研究か応用研究か、という論争が印象深い。基礎研究vs応用研究という図式も実は問題があるという指摘もある。ことさら分けて議論する必要はないという主張に加え、科学研究費補助金以外の競争的研究資金による研究を応用研究であるかのようにみる議論に異議あり、という声も聞いた。競争的研究資金が配分された研究の多くは基礎科学の範囲には入らなくても、応用研究というよりは基礎研究といった方が正しい、ということのようだ。確かに競争的資金による研究成果の多くが実用に結びついているなら「橋渡し研究」や「死の谷」などという言葉があちこちで聞かれるはずもない。

 この議論はひとまずおいて、24日に総合科学技術会議から菅首相に答申された第4期科学技術基本計画の内容はどうだろう。閣議決定を待って正式決定となるが、事実上、今後5年間の科学技術政策がこれに基づいて進められる。

 新味は何か。研究開発を分野別で重点化するというこれまでの基本計画の考え方から、国として取り組むべき課題を設定し、その達成に向けた施策を重点的に推進するという方向に政策転換しているのが大きな特徴という(2010年12月16日ニュース「第4期科学技術基本計画の政府研究開発投資25兆円」参照)。

 「第3期基本計画では、重点推進4分野、推進4分野と指定された8分野において、重点的な研究開発が推進され、多くの革新的技術が創出されている。しかし、個々の成果が社会的な課題の達成に必ずしも結びついていないとの指摘も…」。確かにこのような記述がある。

 新しい基本計画では「自然科学のみならず人文科学や社会科学の視点も取り入れ、科学技術政策に加えて、関連するイノベーション政策も幅広く対象に含めて、その一体的な推進を図っていくことが不可欠」で、「これを『科学技術イノベーション政策』と位置付け、強力に展開する」としている。

 既に政府の新成長戦略に盛り込まれている「グリーンイノベーション」と「ライフイノベーション」を柱に、具体的な重要課題と推進方策が掲げられた。「エネルギー供給の低炭素化」「エネルギー利用の高効率化およびスマート化」「革新的な予防法の開発」「新しい早期診断法の開発」といった重要課題が並んでいる。これらの課題実現のために国、地方公共団体や大学、公的研究機関、産業界が協働しなければならないことを強調しているのが、要点のようだ。

 個々の技術ではなくシステムとして海外展開を図るという最近、関心が高まっている大きな課題についても推進をうたっているのが注目される。確かにこの課題は既に政府も動いているように国と産業界が協働しないと達成は難しく、水システムなどは管理運用ノウハウを持つ地方公共団体の協力も必要だろう。

 一方、基礎研究の抜本的強化にも多くのページが割かれており、要するに基礎研究もイノベーションも大事という内容になっている。

 産業界の考え方にも詳しい池上 徹彦氏(文部科学省 宇宙開発委員会 委員長、元NTT取締役・基礎技術総合研究所長、元会津大学 学長)の解説が分かりやすい。イノベーションというのは長い歴史のある企業の人間は理解できるが、「科学・技術のための政策」をという考え方が根強い研究者には、そもそも受け入れにくい。にもかかわらず、これまでの科学技術基本計画では、イノベーションの源が大学にあるという考え方に立たざるを得なかったために議論も深まらなかった、というのだ。

 実は、米国と欧州の間でも考え方には違いがあって、基礎研究に公的資金を投じればイノベーションは可能とする考え方が強い米国に対し、欧州は必ずしも同じようには考えていないというから、問題は簡単ではない。

 元旦のオピニオン欄に池上氏の寄稿「『科学技術イノベーション』への期待」が掲載されることを予告し、年が明けても活発な議論が展開されることを期待しつつ、前座はこの辺で引き込ませていただく。

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