レビュー

寄稿「結論ありきの事業仕分け」

2010.12.01

中村 直樹 / 科学新聞

 事業仕分けについては成果を評価する声がある一方、限界を指摘する論調も目に付きだした感がある。当初から「科学技術政策に事業仕分けは向いていない」と主張していた科学新聞の中村直樹 氏から、再度、事業仕分けを批判する原稿が寄せられたので紹介する。

「結論ありきの事業仕分け」

 事業仕分け第3弾後半戦が終わり、研究費や大学改革予算について厳しい判定がなされた。議論を聞いていると事業仕分け委員の主張は従来から財務省が指摘していることと似たものが多く、「また結論ありきではなかったのか」という印象がぬぐえない。地方自治体の住民サービスを市民の視点から見直すということに関しては成功している事業仕分けだが、国家戦略にかかわることや高等教育政策といった事柄に対し、素人のしかも財務省目線のみでの不十分な議論で結論づけるということは、非常に危険なことだと言える。現政権が掲げる新成長戦略との大きな齟齬(そご)をどのように整理するのであろうか。

 競争的資金については、科学技術振興調整費は継続のみで来年度新規募集を停止、競争的資金はトップダウン型とボトムアップ型に集約、研究成果最適支援事業、産学イノベーション加速事業については2分の1以上の民間負担を求める、さらに1割程度の縮減を図るという結論が出た。

 議論を聞いていて感じたことは、知識があまりに不足してはいまいかということだ。一例をあげると、科学技術振興調整費についての議論がある。

 クレディ・スイス証券の市川眞一 氏が、文部科学省の競争的資金配分上位20人のリストをもとに、「1位は19億8300万円ももらっている。上位8人を合計すると111億円と科学技術振興調整費の3分の1が配分されている。こんなに特定の研究者に集中して配分されるということで良いのか」と指摘している。しかし、そもそも科学技術振興調整費は各機関に配分するものである。例えば、東京大学の○○研究所や○学部などのプロジェクトが採択されれば、代表者である学長は見かけ上、大きな配分を受けているように見えてしまう。議論の前提となる基本的知識のなさに驚いてしまう。

 一方で、各省への移し替え分が全体の3%と少ないことから、科学技術振興調整費自体がいらないのではないかという議論も行われた。これも見当外れの指摘と言える。科学技術振興調整費はもともと、各省庁の国立研究所が研究開発力を強化したり、各省庁横断的な課題に対して一体的に取り組むことや国際協力や緊急事態に対して機動的に対応するのが目的である。予算編成時点では配分内容を決めない「目未定経費」という枠の予算なのだ。これまでは各省に配分する場合、予算を移し替えて国立研究所に配分していたが、各国立研究機関が独立行政法人化したために直接文部科学省から配分できるようになった。

 そうした経緯があるため、移し替え分が減っているのだが、そのことと科学技術振興調整費の必要性は関係があるようには思えない。特に橋本行革による省庁再編後は、科学技術振興調整費を活用して、若手研究者のキャリアパスの構築、地域の活性化など、サイエンス・コミュニケーション人材の育成など、現政権の方針とも整合する取り組みが行われている。

 もっとも事業仕分け委員の指摘は、財務省主計局の主張を代弁しつつ、独自の指摘も盛り込みたいと狙ったためか、と思えば理解できる。財務省は以前から、「目未定経費」であるため予算査定権が十分に及ばない科学技術振興調整費に目を付けていたからだ。

 また科学技術振興調整費については総合科学技術会議の科学・技術・イノベーション戦略本部(仮称)への改組と一緒に議論する予定になっていることを総合科学技術会議の事務局が説明しても、真摯に捉えようともしなかったように見受けられた。

 競争的資金で、もう一つ議論の対象となったのが、研究成果最適支援事業、産学イノベーション加速事業についてだ。水上貴弁護士が「どの程度の成功率か分からなければ、ビジネスモデルとして評価しようがない」と指摘し、文科省が十分な回答ができないと「前回の回答ができていない」と厳しく追及した。

 ただ、これも深読みすれば、仮に文科省側が高い成功率の事業の部分(もともと複数のプログラムを仕分けに対応して統合しているため)で回答すれば、「だとしたら経済産業省に」と追及し、逆に低い成功率の事業で答えれば「そんな成功率の低いものには税金を投入する価値がない」と切って捨てるつもりだったのか、と考えてしまう。いずれにしろ、枝野幸夫民主党幹事長は「研究の成果がモノになりそうなもので実用化を目指すこと自体、文科省の仕事ではない」と断言したことから考えれば、最初から答えが決まっていたのかと感じてしまう。

 また、グローバルCOEプログラムは、3分の1程度縮減という第1回事業仕分けの結果を着実に実施するよう求める結論になった。ただ、グローバルCOEでは約7,000人が全国で雇用されている。「雇用」が大事だと主張している菅政権の政権運営方針との整合性をどのように考慮しているのだろうか。全く理解できない。

 仕分け側が指摘したのが、「世界トップレベルの拠点形成が実現できたのか」というもので、それに対して文科省側は世界大学ランキングの学部・研究科レベルの資料を示し説明を試みた。それに対応して、世界大学ランキングの大学別ランキングを示して責め立てていたが、大学別と学部・研究科レベルのランキングでは全く意味が違うため、議論そのものがかみ合っていない場面も多かった。そもそも各国が右肩上がりに増やしているのに日本の高等教育への支出が少ない現実がある。事業目的が世界トップレベルの拠点形成という発足当初の目的から現状維持に目標を引き下げざるを得ないことは関係者であれば誰でも分かる「常識」ではないのか。現にそうした点を指摘する意見も幾つかあった。民主党政権への期待はそうした状況の打開ではなかったのかと問い返したくもなる。

 その他GP(グッド・プラクティス)などの大学関連事業では、「見直し」「廃止」「一旦廃止し、組み立て直す」という結論になった。これらも大学への投資を減少させている中では、むなしい指摘でしかない。これまでのように国立大学への運営費交付金や私立大学への経常費補助金などの財政負担を減らし続ければ、例えば国立大学の授業料を3倍、私立大学の授業料を1.5-2倍にしても大学の運営が成り立つかどうか分からない状況となっているのが現実だ。それを政権の意志として、国民に問いかけるわけでもなく、事業仕分けによって結論づけるというのは非常に危険なことだと言わざるを得ない。

 本当にこんなことで、良いのだろうか。事業をあらためて考え直すという意味では事業仕分けは非常に功を奏したと思っている。しかし、諸外国においても、研究プロジェクトや高等教育予算など、国家戦略と直結するものを事業仕分けの対象とすることはあり得ない。

 日本の役人独特の文化の一つに「一律に適用する」というものがある。どこか特定の部分だけを削減したりすると、いろいろな文句が来るため、全体を一律に削減することで批判を避けようというものだ。そうした役人文化を打破することが民主党政権の打ち出した「政治主導」ではなかったのだろうか。

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