レビュー

PHP研究所のサイエンス新書参入

2009.10.16

 PHP研究所が9月にPHPサイエンス・ワールド新書を創刊した。最初は5冊、分野は数学、物理、生物、環境に割り振られている。10月以降、毎月22日に2、3点発行の予定で、売れ行きの出足はまずまずということらしい。

 科学雑誌の発行部数が欧米に比べると格段に少ないというのは、よく知られた事実だ。少ないと言っても雑誌は毎月買ってくれる読者がいるという強みがある。しかし、毎月何点か発行する新書に固定読者というのは少ない。さらに講談社の「ブルーバックス」、ソフトバンククリエイティブ社の「サイエンス・アイ」という先行者のある科学新書分野にあえて参入したPHP研究所の狙いと目算はいかなるものだろうか。

 PHP研究所は10年前に新書発行をはじめ、今やミリオンセラーを生み出すまで実績を挙げている。理系のテーマでも新書の読者はいるはず。子どもたちの理科離れへの対応も必要とされている社会的背景もある。物理的発想や数学的思考、科学的知識がないと人間とは何かを知るのは難しい。科学は文系の人間にとっても面白い、ということをこのサイエンス・ワールド新書で気づいてもらう。そんな狙いがあるようだ。

 では、その狙いは成功しているだろうか。

 科学雑誌が日本では売れない理由について、日経新聞科学技術部長、「日経サイエンス」編集長、日経サイエンス社社長などを務めた高木靱生 氏(現・東京工業大学統合研究院特任教授)は次のように言っている。「日本には、文学を楽しむように科学を楽しんだり、健全な批判精神の基礎として科学的な知識・教養を身につけるという習慣が定着しているとはいい難い」(日本科学技術ジャーナリスト会議編「科学ジャーナリズムの世界」、化学同人2004年)

 この状況は今でも基本的には変わっていないと思われる。さらに日経サイエンス誌の編集にかかわったことのある別の人物は、科学雑誌の書き手になり得る研究者が日本には非常に少ないという別の理由も挙げている。日経サイエンスは、発行部数が約70万部といわれる米国の「サイエンティフィック・アメリカン」の日本版だが、米国には8ページもの長い記事を書き込める研究者は数多くいる。それに対し、日本では4ページ程度なら何とかなるが、8ページもの読ませる記事を書ける研究者は限られてしまうということだ。読者のせいだけではない、ということだろう。

 PHPサイエンス・ワールド新書の創刊書の中でも反響が大きいのは「あなたにもわかる相対性理論」(茂木健一郎著)らしい。確かに分かりやすく、読ませる。著者の後書きを読むと、茂木 氏が話したことを2人の書き手が文章化、茂木 氏がそれに加筆修正を加えてできあがったという。

 茂木 氏はよく知られているように既に多くの著作もある脳科学者だ。こうした作り方をしたことでさらに読みやすくなったとしたら、サイエンス新書の作り方としては、有力な方法かもしれない。

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