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匿名性と可視・追跡可能性

掲載日:2008年7月30日

親族が殺人や誘拐事件に遭いながら捜査が進展せず遺族が必死に社会に向けて情報提供を求める。最近、そんな姿がメディアでよく報じられる。他方、学校では住所や電話番号を載せた生徒の名簿も配らなくなっている。特に都会の居住者になると同級生の家族同士ですら簡単に連絡もとれないというのが実態なのだろう。

こうした日本の現状に奇妙さ、あるいは危うさを感じる人は、少ないのだろうか。事件の被害者になって初めて連絡先などを公開、協力を求めても遅すぎはしまいか、と。

29日公表された日本学術会議・法学委員会「IT社会と法」分科会の報告「電子社会における匿名性と可視性・追跡可能性―その対立とバランス―」は、IT社会が微妙なバランスの上に成り立っていることをあらためて示している。微妙なバランスとは、「匿名性を高めるべき(維持すべき)場面」と「可視性を高めるべき場面」、ことに「追跡可能性を高めるべき場面」が存在し、また場合によってはそれらが「混在」する社会、ということだ。

プライバシーの尊重(匿名性)とともに、自分の情報がどのように出回っているかを知り(可視性)、犯罪などの不正があった場合に当事者を突き止める(追跡可能性)ことのできる社会にするにはどうすべきか。

報告は、韓国の例を引いて、簡単な対応では済まないことを指摘している。韓国が導入した制度とは、インターネットユーザに対して、現実社会の実名とリンクした「ネットID」を付与するというものだ。すべての国民に固有の番号を付与し、ネットにおける書き込みなどに際してほとんどのサイトがその番号の入力を要求している。では、その結果はどうか。

「性的な情報や、誹謗(ひぼう)中傷、自殺などの不穏な情報に関する問題は相変わらず深刻」という。「個人への追跡可能性を承知のうえで、堂々と反社会的情報を書き込む例が多く、追跡可能性を制度的・技術的に高めても、それが有害情報規制の根本的な解決になりえない」ということだ。

「現代社会の電子化・IT化の制度設計ないし法整備においては、まずは個々の場面でそれらの各要素を十分に分析したうえで、匿名性・可視性・追跡可能性の、量的・質的な最適バランスを図る必要がある」

報告は、こう提言しているが、これを実現するには、相当幅広い検討、議論がさらに必要に見える。

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