レビュー

産総研の新しい試み

2008.01.28

 産業技術総合研究所の新しい試みが関心を集めそうだ。新しい学術ジャーナル「Synthesiology−構成学」の創刊と「産総研イノベーション上級大学院」の設立である(25日ハイライト・吉川弘之 氏「若い研究人材の新しい流れつくる」参照)。「Synthesiology−構成学」は既に1月に創刊号が発行されており、「産総研イノベーション上級大学院」は4月開校の予定だ。

 これらの動きについては、産総研の広報誌などで吉川弘之理事長がこれまで繰り返し言及しており、それを知る人たちは意外に思わないかもしれない。しかし、初めて知る人たちにとっては、相当に思い切った試みと映るのではないだろうか。

 社会のためになる科学技術を目指すなら、研究論文になりにくい努力の方がむしろ重要。産総研のようなところこそ率先してそうした取り組みをすべきだ—。

 吉川理事長の主張を簡潔に表現すれば、このようになるだろうか。この主張を実行に移すため産総研では「本格研究」という基本的な研究開発の意義付け、枠組みが明確になっている。大学などの研究者たちの多くが取り組む研究と、商品価値を持つ製品を生み出す研究との間には、「死の谷」とも呼ばれる大変な壁があるといわれる。企業の技術開発にあたる人々は日常的にいやでも直面せざるを得ない現実である一方、大学や公的研究機関で研究に従事する研究者たちは、突き詰めて考えようとしなければしないでも済んできた根本的課題ともいえる。少なくともこれまで長い間は。

 産総研の「本格研究」において、重要な位置を与えられているのは「第2種基礎研究」と名づけられている領域である。伝統的な基礎研究を「第1種基礎研究」と定義し直し、その枠内に収まらない基礎研究を指す。「未知現象より新たな知識の発見・解明を目指す研究」(第1種基礎研究)に対し、「経済・社会ニーズへ対応するために異なる分野の知識を幅広く選択、融合・適用する研究」(第2種基礎研究)という仕分けだ。

 「本格研究」というのは次のように説明されている。

 「知識・技術の発見・発明から製品化の間に横たわる『悪夢(死の谷)』を乗り越え、研究成果を迅速に市場へと展開させるために、幅広い知識・技術を選択し、融合・適用することにより新たな成果を生み出す『第2種基礎研究』を軸に『第1種基礎研究』から『製品化研究』までを連続的・同時的に展開する産総研独自の研究方法」

 ではなぜ、「Synthesiology−構成学」なる新しい学術ジャーナルを一独立行政法人が刊行しなければならないのか。伝統的基礎研究の枠に収まらない「第2種基礎研究」にいくら力を入れても研究成果(論文)を受理してくれそうな学術誌が見当たらないから、ということのようだ。そもそもSynthesiology(構成学)も造語である。「研究成果を社会に活かそうとする研究活動」(第2種基礎研究)の成果を「知として蓄積することを目的とする」のが新しい学術ジャーナルで、「研究活動の目標の設定と社会的価値を含めて、具体的なシナリオや研究手順、また要素技術の構成・統合のプロセスが記述された論文を掲載する」という。

 一方、「産総研イノベーション上級大学院」は、任期付き雇用形態を含む研究所の若手研究者らを従来の狭い意味での基礎研究の枠にとどまらず将来、研究機関、企業いずれの場でも活躍できる人材に育てるのが狙いという。成果は、「Synthesiology−構成学」に投稿させ、きちんと評価を受けさせる。創刊された学術ジャーナルとは補完関係にあるということだろう。

 「SCIENCE」「NATURE」に代表される欧米科学誌に論文が掲載されることをまず願う。これが大方の日本人研究者の姿に見える。産総研の新しい試みは、果たして日本の研究開発のありようを変えることができるだろうか。

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