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コオロギは、音でその場の「空気」を察知する

2017.11.21

 ひと昔まえに、「KY」という言葉がはやった。「空気(K)が読めない(Y)」人のことだ。みんなで盛り上がっているときに興ざめなことを言う。理屈では動かない状況を話し合っている会議で理屈を言う。きょうは上司の機嫌が悪いのに、急ぎでもない相談をして話がつぶれてしまう。空気を読んでばかりいるのも考えものだが、ともかく私たちは、何かの情報をもとにその場の状況を捉え、それに応じて具体的な行動を決める。

 行動にいたるこの二段構えは、はたして虫にもできるのか。それがどうもできるらしい。北海道大学博士課程の福富又三郎(ふくとみ またさぶろう)さんと小川宏人(おがわ ひろと)教授は、コオロギが事前に聞く音の違いでその場の状況を判断し、その後に来る同じ刺激に対して反応を変えていることを実験で確かめた。

 コオロギと音については、これまでにも実験例がある。メスのコオロギに5キロヘルツの高さの音を聞かせると、それをオスからの求愛の音だと思ってそちらに向かっていく。空を飛んでいるコオロギにコウモリが出すような10キロヘルツ以上の高音を聞かせると、避ける方向に飛ぶ。捕食されては困るからだ。これらの場合は、音が行動の直接の引き金になっている。コオロギが音の高低を聞き分け、それぞれに対して別の行動をとる。異なる行動が別々の引き金で起きているということだ。

 福富さんらの実験は、それとは違う。与える「引き金」が同じでも、事前に聞かせる音の高低によって別の行動が現われるかどうかを調べるのが目的だ。フタホシコオロギを発泡スチロール製のボールに乗せ、上部から伸ばした棒で背中を固定する。ボールは下から当てた空気で浮かせて自由に動くようにしてあるので、コオロギが前に進もうとすると、自分は動けずにボールが回転する。この回転を測定して、コオロギの動きを記録する。コオロギには1秒間の音を聞かせ、音が終わる0.2秒前に、秒速90センチメートルの弱い空気を横から吹き付けた。音が状況判断のための刺激で、吹き付けた空気は敵の接近を知らせる危険信号、つまり行動の「引き金」だ。

 高さが5キロヘルツと15キロヘルツの二通りの音を聞かせたところ、同じ強さで吹き付けた空気に対し、コオロギは異なる行動をした。コウモリが出す音に近い15キロヘルツの場合は、空気の刺激から逃げ出さずにじっとしていることが多く、逃げ出すときには、その距離が長くなった。また、音を聞かせると、聞かせなかった場合より後ずさりする方向に逃げる傾向がみられたが、その度合いは、15キロヘルツのほうが5キロヘルツより大きかった。逃げる際に体を向ける方向も、15キロヘルツのほうがばらばらだった。

 この結果について、小川さんは「コウモリが周りにいそうだと、見つかる可能性を下げるためコオロギはむやみに動かないが、いざ逃げるとなれば遠くに逃げる。このとき後退したり体の向きを変えたりして、逃げる方向を読みにくくしているのかもしれない」と説明する。今回の実験では、音を聞かせるだけではコオロギは行動をおこさなかった。音は行動の直接の引き金になるのではなく、空気の流れという刺激に反応してどう行動すべきかを決める際の判断材料に使われていた。まさに、その場の「空気」を読むために音が使われたのだ。昆虫の聴覚がこのような「状況判断」を支えていることが確かめられたのは、これが初めてだという。

図1 コオロギが空気の流れを捉える感覚器官(尾葉)と、前脚にある聴覚器官(鼓膜器官)。(図はいずれも福富さんら研究グループ提供)
図1 コオロギが空気の流れを捉える感覚器官(尾葉)と、前脚にある聴覚器官(鼓膜器官)。(図はいずれも福富さんら研究グループ提供)
図2 コオロギの行動を測定する実験装置。背中を固定されたコオロギが動くと、空気で浮かせた発泡スチロール製のボールが回転する。その回転を光学マウスで検出し、コオロギの動きを記録する。コオロギは夜行性なので、暗くして赤外線で動きを見る。
図2 コオロギの行動を測定する実験装置。背中を固定されたコオロギが動くと、空気で浮かせた発泡スチロール製のボールが回転する。その回転を光学マウスで検出し、コオロギの動きを記録する。コオロギは夜行性なので、暗くして赤外線で動きを見る。

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