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“酸性刺激”で新たな多能性細胞

2014.01.30

◇追記
 刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞(STAP細胞)を発見したとする成果につき、理化学研究所の調査委員会が2014年3月と12月、研究不正があったと認定しています。論文は同年7月に取り下げられました。

 理化学研究所と米国ハーバード大学など研究チームは、マウスの体細胞を弱酸性の液体に漬けて刺激するだけで、あらゆる細胞に再生できる“万能細胞”(多能性細胞)を作り出すことに成功したと発表した。細胞や組織などの再生技術には、未受精卵への核移植(クローン技術)のほか、受精卵初期のES細胞(胚性幹細胞)や体細胞に4つの遺伝子(山中因子)を入れたiPS細胞(人工多能性幹細胞)を利用する方法があるが、今回の方法はより簡単に効率よく多能性細胞が作れる。それを基に神経や筋肉、腸などの細胞を作ったほか、これまでの技術では不可能だった胎盤(たいばん)組織を作ることもできたという。

 研究の中心となったのは理化学研究所「発生・再生科学総合研究センター」細胞リプログラミング研究ユニット・リーダーの小保方(おぼかた)晴子さん(30)。研究チームは、今回新たに作成した多能性細胞を「STAP細胞」と名付けた。STAP細胞とは、“刺激がきっかけで多能性を獲得した(stimulus-triggered acquisition of pluripotency;STAP)”細胞という意味だ。

 小保方さんらは生後1週間のマウスの脾臓(ひぞう)からリンパ球を取り出し、37℃で30分間ほど弱酸性(pH5.7)の溶液に漬け、さらに多能性細胞の維持や増殖に必要な増殖因子(LIF)を含む養液で培養したところ、2日以内に、細胞が分化前の多能性を持った元の状態に戻る“初期化”が始まり、7日目に多数の多能性細胞(STAP細胞)の塊(コロニー)ができた。iPS細胞では、多能性細胞のコロニー形成までに2〜3週間を要している。

 このSTAP細胞をマウスの皮下に移植し、神経や筋肉、腸管上皮などの組織に分化することを確認した。さらに、着床前のマウスの胚盤胞にSTAP細胞を注入して仮親マウスの子宮に戻すと、全身が注入したSTAP細胞でできたマウスが生まれ、さらに次世代の子マウスも生まれた。

 また、胚盤胞に注入したSTAP細胞からは、マウスの胎児そのものだけではなく、その胎児を保護し栄養を供給する胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも分化していることが分かった。胎盤を形成する能力は、ES細胞やiPS細胞では見られなかったものだ。

 研究チームは、今回の現象がリンパ球という特別な細胞だけで起きるのか、あるいは幅広い種類の細胞でも起きるのかについても検討した。マウスの脳や皮膚、骨格筋、脂肪組織、骨髄、肺、肝臓、心筋などの組織の細胞を、リンパ球と同様に酸性溶液で処理したところ、程度の差はあれ、いずれの組織の細胞からもSTAP細胞が産生されることが分かった。

 酸性溶液処理以外の強い刺激でも初期化が起こるかについても検討した。その結果、細いガラス管の中に細胞を多数回通すといった物理的な刺激や、細胞膜に穴をあける毒素で処理する化学的な刺激などを、少しだけ弱めて細胞に加えることで、STAP現象による初期化を引き起こせることが分かった。

 細胞外からの刺激だけで体細胞を未分化な細胞へと初期化させる“STAP現象”は、これまでの細胞分化や動物発生に関する常識を覆すものだ。これまで植物では、例えばニンジンの細胞をバラバラにして培養すると、再び根や茎、葉などが作られるといったように、分化状態の初期化が起こるが、動物細胞では外部刺激で初期化が起こらないと考えられていた。

 研究論文は30日に英科学誌『Nature』に掲載されたが、初投稿は2012年4月だった。しかし、研究結果を信じてもらえずに却下され、論文の査読者からは「細胞生物学の歴史を愚弄(ぐろう)している」と酷評された。研究チームは実験証拠をそろえ、再投稿したのが昨年3月。さらに追加実験の注文、疑問などに応えて掲載にこぎつけたという。

 研究チームによると今回の研究は、細胞の分化制御に関する全く新しい原理の存在を明らかにするものであり、幅広い生物学・医学において、細胞分化の概念を大きく変革させる。体細胞自身の持つ内在的な初期化メカニズムは、試験管内のみならず「生体内でも細胞の若返りや分化の初期化などの転換ができる可能性」を示唆しているという。

リンパ球を酸性溶液で刺激することで、2日以内に初期化が始まり、多能性を示すマーカーの発現が認められた。7日後にはそれらの細胞は、細胞塊を形成した。
(提供:理化学研究所)

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