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江戸時代のからくり人形など“機械遺産”に

掲載日:2013年7月24日

日本機械学会は歴史的、文化的に意義のある「機械遺産」に、江戸時代のからくり人形「弓曳(ひ)き童子」や昭和初期の家庭用電化機器など6件を新たに認定した。機械遺産の認定は2007年から今回までに計61件となった。今回認定の6件は次の通り。

◇機械式立体駐車装置「ロートパーク」(東京都新宿区、京王地下駐車場):スイスのR.バジュラシュが開発した純機械式立体駐車装置。1976(昭和51)年に新宿駅南口駐車場(現 京王地下駐車場)に日本ロートパーク社が設置し、現在も営業運転を続けている世界唯一の例だ。この装置は所要敷地面積当たりの収容能力を大きくするとともに、入出庫の時間を大幅に短縮することを可能とした。

◇国産化黎明(れいめい)期の家庭用電化機器(川崎市幸区、東芝科学館):昭和初年に芝浦製作所(現東芝)で製造された国産黎明期の家電群で、基本となる機器を輸入販売しつつ機構を解析し改良、製品化した。(1)電気冷蔵庫「SS-1200型」(1930年)=米GE社製をモデルに製品化した。圧縮機とコンデンサが上部にあるモニタートップ型で、冷蔵・冷凍という新しい食品保存方法を国内に広めた。(2)電気洗濯機「A型」(1930年)=米国のハーレーマシン社からの技術導入で製造。1952(昭和27)年までは国産としては唯一の電気洗濯機だった。(3)電気掃除機「VC-A型」(1931年)=GE社製品をモデルに開発した。集塵袋が柄に取り付けられたアップライト型で、当初、認知度と価格の高さゆえに販売は思わしくなかったが、後発各社の発売とともに、一般家庭への普及が急速に進んだ。

◇旧横須賀製鉄所 「スチームハンマー」(横須賀市自然・人文博物館「ヴェルニー記念館」):スチームハンマーとは、蒸気力でハンマーを駆動し金属を鍛造する機械。1865(慶応元)年、横須賀製鉄所の建設を主唱した徳川幕府勘定奉行、小栗上野之介の構想に基づき、6台がオランダから輸入された。幕府の近代化政策の中で横須賀と横浜の造船所(当時は“製鉄所”)に配備され、2台が現存する。明治維新後は日本海軍に引き継がれ、戦後は在日米軍横須賀基地の艦船修理廠で、0.5トンハンマーは1971(昭和46)年まで、3トンハンマーは1996(平成8)年まで使用されていた。

◇「大隈式非真円平軸受」と「GPB形円筒研削盤」(愛知県大口町、オークマ(株)メモリアルギャラリー):「大隈式非真円平軸受」は、大隈鐵工所(現オークマ)の長岡振吉が1954(昭和29)年に開発した動圧軸受で、主軸の回転により軸受部円周上の3点にくさび形油膜を形成し、高い回転精度と剛性を実現した。「GPB形円筒研削盤」は、この非真円平軸受を採用した工作機械で、荒削りから、仕上げ、定寸までを連続サイクルで行い、鏡面仕上げ加工を実現した。この研削盤によって、玉軸受転動面の加工をはじめ、自動車の燃料噴射ポンプ、油圧弁など、各機械の重要部品が高精度に加工できるようになった。ともに、戦後日本の精密機械産業発展の礎となった。

◇国産初の16ミリ映写機「エルモA型」(名古屋市瑞穂区、(株)エルモ社「歴史館」):1927(昭和2)年に榊商会から発売された。開発者は「名古屋に発明の鬼才あり」といわれた榊秀信。彼は小型映写機の教育分野への活用の可能性を信じて、輸入された玩具の16ミリ映写機を徹底的に研究し、手回し式の国産初の小型映写機「A型」1号機を完成させた。その後、モーターや映写電球を国内各社の協力を得て開発し、画期的なフィルム送り機構を開発するなどして、1930(昭和5)年に純国産機の「D型」を製品化した。後に製品名が社名となったエルモ社の映写機は世界的に普及した。

◇からくり人形「弓曳き童子」(福岡県久留米市、久留米文化財収蔵館):田中久重(通称「からくり儀右衛門」)作、江戸時代の「からくり(機巧)人形」の最高傑作の一つと言われる。輸入された機械式時計を参考に、日本文化を反映させた独自の技術で製作。台上に座った童子が、矢台から矢を抜き、弓につがえて的を目掛けて矢を射る。シンプルな機械要素を有機的に組合せ、滑らかに矢を射る動作と細かな首の動きで人間の表情を実現し、設計思想の中に、それを見る人々の心の動きまで練り込まれている。

国産初の16ミリ映写機「エルモA型」
写真1. 国産初の16ミリ映写機「エルモA型」
(提供:株式会社エルモ社)
からくり人形「弓曳き童子」
写真2. からくり人形「弓曳き童子」
(提供:久留米市・株式会社東芝)
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