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2012年9月18日ニュース「福島原発事故についての政府事故調・最終報告書の要旨〈その12〉」

2012.09.18

政府の危機管理態勢の問題点

  • 今回、原災マニュアルに規定のない官邸5階が一種の司令センターとなり、また、菅総理が前面に出た形で事故対応に当たった背景には、現地対策本部が本来的な役割を果たせなかったこと、官邸による情報集約態勢や安全委員会による助言機能が十分ではなかったことなどの事情があった。
  • しかしながら、内閣総理大臣は、政府の各機関・部局に情報収集とその対応策を任せ、専門部署から上がる重要事項に関してのみ選択肢を出させた上で適切な最終決断を行うというのがその本来の役割である。自らが、当事者として現場介入することは現場を混乱させるとともに、重要判断の機会を失し、あるいは判断を誤る結果を生むことにもつながりかねず、弊害の方が大きいと言うべきであろう。
  • 今回の事態を教訓に、原子力事故と地震・津波災害との複合災害の発生を想定した原災マニュアルの見直しを含め、原子力災害発生時の危機管理態勢の再構築を早急に図る必要がある。その検討に当たっては、オフサイトセンターの強化という観点に加えて、そもそも現地対策本部に関係機関が参集して事故対処に当たるという枠組みでは対応できない事態が発生した場合に、どのような態勢で対応に当たるべきかについても具体的に検討し、必要な態勢を構築しておく必要がある。

広報の問題点とリスクコミュニケーション

  • 行政や専門家の判断を一方的に伝えることを「リスクメッセージ」という。しかし、原子力災害の場合の情報発信においては、一般の国民にとって日常の生活とは無縁の高度な科学技術情報や、放射線・放射能の情報発信が伴うため、一方的なリスクメッセージは、かえって国民の間に混乱と不信を生じさせるおそれがある。
  • 国民、特に周辺住民にとってどのような情報が必要とされているか、発信した災害情報が周辺住民や国民にどのように受け止められて(解読されて)いるかなどのフィードバックを活用した災害情報発信が望まれる。
  • どのような事情があったにせよ、急ぐべき情報の伝達や公表が遅れたり、プレス発表を控えたり、分かりやすい説明が十分になされないなどの問題が重なったことで、周辺住民による適切な自主判断を妨げ、加えて「政府や東京電力は何か隠しているのではないか」などの国民の疑惑や不信を招いてしまい、非常災害時のリスクコミュニケーションの在り方として適切なものではなかった。
  • 広報の基本原則は、事実を迅速に、正確に、かつ分かりやすく伝えるということにある。非常災害時においてもこの原則を貫くことが、結果として周辺住民による適切な自主判断を助け、国民にいたずらな不安感や混乱を生じさせたりしないために肝要である。
  • 「正確さ」の確認にとらわれて「迅速さ」を欠くことは、かえって国民の不安や不信を招くおそれがあることに留意すべきである。情報が入らず、正確な広報ができない事態が生じた場合には、そのことをありのままに伝えることも必要であり、かつ重要である。
  • 「分かりやすさ」という観点から見た場合、評価的事実の広報については、特に配慮が必要である。広報の対象となる事実としては、既発ないし既知の単純な事実(例えば、原子炉建屋で爆発が起こった、汚染水が海洋へ漏出したなど)だけでなく、さまざまな既知の事実から推論される評価的事実(例えば、炉心溶融、放射線の人体への影響など)もある。評価的事実について、情報不足や事象の不確実性のために確定的なことが言えないこともあろうかと思われるが、そのような場合であってもその旨をきちんと説明した上で、可能な限り迅速に広報することが望まれる。
  • 国民と政府機関との信頼関係を構築し、社会に混乱や不信を引き起こさない適切な情報発信をしていくためには、関係者間でリスクに関する情報や意見を相互に交換して信頼関係を構築しつつ合意形成を図るという、リスクコミュニケーションの視点を取り入れる必要がある。
  • 緊急時における、迅速かつ正確で、しかも分かりやすく、誤解を生まないような国民への情報提供の在り方について、しかるべき組織を設置して政府として検討を行うことが必要である。
  • 非常時・緊急時において広報担当の官房長官に的確な助言をすることのできる「クライシスコミュニケーション」の専門家を配置するなどの検討が必要である。

国民の命に関わる安全文化の重要性

  • 原子力発電分野おける安全文化とは、「原子力発電所の安全の問題にはその重要性に相応しい注意が最優先で必ず払われなければならない、とする組織や個人の特性と姿勢の総体」のことを言う。
  • これは、国際原子力機関(IAEA)の国際原子力安全諮問グループ(INSAG)が「チェルノブイリ事故の事故後検討会議の概要報告書」(1986年)において初めて提唱した考え方で、INSAGのその後の報告書において、施設の安全確保のための基本原則の1つとされている。
  • その考え方の核心は、「原子力の安全問題に、その重要性にふさわしい注意が必ず最優先で払われるようにするために、組織や個人が備えるべき統合された認識や気質であり、態度である」という点にある。
  • 事故は単一のエラーや故障だけで起こるのは極めてまれで、多くの要因が重なり合う形で起こる。しかも、それらの不安全要因は、事故が起こる前から組織やシステムに内在している場合が多く、事故からは時間的にも空間的にもかけ離れた、事業の意思決定者(経営陣や管理層)あるいは作業の規則やマニュアルを決める者たちによって作られる場合もある。
  • そうした事故を、世界の事故調査制度に大きな理論的影響を与えているJ.リーズンは「組織事故」(organizational accident)と呼んでいる。組織事故を発現させる不安全要因は、事業者だけでなく、規制当局である行政組織が作り出す場合もある。それらの不安全要因が作られやすいかどうかは、その組織の安全文化のレベルが関わっている。
  • 安全文化のレベルを判断する具体的なチェック項目を、J.リーズンの所説などを参考にして作成・例示すると以下のとおりである。
  • 〈事業者のレベル〉
    • 安全を事業重要目標(mission)として公式に表明しているか。
    • 経営陣は安全に関わる意思決定をゆるぎなく下せるか。
    • 財務状況や営業成績に関係なく、安全を独立して守るポリシーが確立されているか。
    • 不安全要因やリスクが存在している時に、それらへの対処への判断が甘くなったり、外見を取りつくろうだけだったりしていないか。
    • タテ割り組織の壁が厚く、組織内のヨコの連携やリスク情報の共有が阻害されていないか。
    • 組織の本部と現場のコミュニケーションがしばしば切れていることはないか。
    • 複雑なシステムの運用やトラブル発生時の対処について、システム全体を理解し対処することのできる人物がしかるべきポジションにいるか。
    • 事故が発生した時、その対処をめぐって、組織が機能不全に陥ることはないか。
    • 経営陣の判断・指示と現場の判断・行動に矛盾は生じないか。
    • 経営陣は安全への取組や周辺住民の避難対策について、偽りのない情報発信をしているか。

       〈規制当局のレベル〉

       

    • 原子力政策の推進と規制業務が分離されているか。
    • 物的・人的資源の事情に関わりなく、安全の確保を使命とする意思がゆるぎないものになっているか。
    • 政治的または行政的事情で完全な安全対策が取れない場合、その現状や次善の策につき、住民や一般国民に情報を開示する姿勢が確立されているか。
    • 複雑な技術システムについて、事業者に劣らない専門的知見・理解力を持ったスタッフを抱えているか。
    • 監督官は十分な技術的理解力と調査能力を持って、現場で任務を果たしているか。
    • 技術的に枝葉末節のチェックに追われ、安全のための大局を見る余裕のない業務の在り方になっていないか。
  • 安全を確保するためには、これらの組織的観点に加えて、組織に属する各個人の役割と責務も重要であり、各個人が鋭敏なリスク感知能力を身に付け、それぞれが感知したリスクや問題意識を組織内で自由に表明し、それらが上層部にまで共有されて適切な対応がなされることが重要である。
  • 東京電力については、前記チェック項目の幾つかについて、条件を満たしているとは言い難い状況が見受けられた。保安院については、前記チェック項目の多くについて、条件を満たしているとは言い難い状況が見受けられた。このように、事業者及び規制当局のいずれについても、安全文化が十分に定着しているとは言い難い状況にあった。

事故原因・被害の全容を解明する調査継続の必要性

 「引き続き事故原因の解明が必要」

  • 国、電力事業者、原子力発電プラントメーカー、研究機関、関連学会といったおよそ原子力発電に関わる関係者(関係組織)は、今回の事故の検証及び事実解明を積極的に担うべき立場にあり、こうした未解明の諸事項について、それぞれの立場で包括的かつ徹底した調査・検証を継続するべきである。
  • 特に国は、当委員会や国会に設置された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」の活動が終わったことをもって、福島原発災害に関する事故調査・検証を終えたとするのでなく、引き続き事故原因の究明に主導的に取り組むべきである。とりわけ、放射線レベルが下がった段階での原子炉建屋内の詳細な実地検証(地震動の影響の検証も含む)は必ず行うべき作業である。
  • 〈被害の全容を明らかにするための調査が必要〉
    • 原発事故の被害を分析するに当たって重要なのは、総計的な数量で概況を捉えるだけでなく、一人一人の人間の生命と尊厳がどのように脅かされ、生活と人生がいかにゆがめられたり破壊されたりしたのか、放射能汚染によって地域はどのように壊され、どこが再生不能になったのかといった状況について、人間の被害の全体像とその詳細を可能な限り具体的に捉えるという点である。
    • こうした被害の全体像とその詳細を記録するという意味での調査は、現時点では行われていない。また、行政機関も、所管の問題について、必要な範囲で被害状況を調べて対処しているが、被害実態を直視してこれを記録するという意味での調査は行っていない。
    • 未曽有の原子力災害を経験した我が国としてなすべきことは、「人間の被害」の全容について、専門分野別の学術調査と膨大な数の関係者・被害者の証言記録の収集による総合的な調査を行ってこれらを記録にまとめ、被害者の救済・支援復興事業が十分かどうかを検証するとともに、原発事故がもたらす被害がいかに深く広いものであるか、その詳細な事実を未来への教訓として後世に伝えることであろう。
    • 「人間の被害」の全容を教訓として後世に伝えることは、国家的な責務である。

 「原子力災害の再発防止および被害軽減のための提言」

  • 中間報告及び最終報告で行った提言を、7つの項目に分類して再録する。
  1. 安全対策・防災対策の基本的視点に関するもの
  • 複合災害を視野に入れた対策に関する提言:大規模な複合災害の発生という点を十分に視野に入れた対応策の策定が必要である。
  • リスク認識の転換を求める提言:自然界の脅威、地殻変動の規模と時間スケールの大きさに対し、謙虚に向き合うことが必要である。新たな防災思想が、行政においても企業においても確立される必要がある。「残余のリスク」「残る課題」とされた問題を放置することなく、更なる掘り下げた検討を確実に継続させるための制度が必要である。
  • 「被害者の視点からの欠陥分析」に関する提言:事業者や規制関係機関による、「被害者の視点」を見据えたリスク要因の点検・洗い出しが必要であり、そうした取組を定着させるべきである。
  • 防災計画に新しい知見を取り入れることに関する提言:地震・津波の学問研究の進展に敏感に対応し、新しい重要な知見が登場した場合には、適時必要な見直しや修正を行うことが必要である。少数であっても地震研究者が危険性を指摘する特定の領域や、例えば津波堆積物のような古い時代に大地震・大津波が発生した形跡がある領域については、地震の実態解明を急ぐための研究プロジェクトを立ち上げるとか、関係地域に情報を開示して、行政、住民、専門家が一体となって万一に備える新しい発想の防災計画を策定するなどの取組をすべきである。中央防災会議においても原子力発電所を念頭に置いた検討を行うべきである。
  • 原子力発電の安全対策に関するもの
  • 事故防止策の構築に関する提言:原子力発電に関わる関係者は専門的知見を活用して具体化すべきであり、検討に当たっては当委員会が指摘した問題点を十分考慮するとともに、検討の経緯および結果について社会への説明責任を果たす必要がある。
  • 総合的リスク評価の必要性に関する提言:施設の置かれた自然環境特性に応じて総合的なリスク評価を事業者が行い、規制当局等が確認を行うことが必要である。確率論的安全評価(PSA)の標準化が完了していない外的事象についても、事業者は現段階で可能な手法を積極的に用いるとともに、国においてもその研究が促進されるよう支援することが必要である。
  • シビアアクシデント対策に関する提言:外的事象をも考慮に入れた総合的安全評価を実施し、さまざまな種類の内的事象や外的事象の各特性に対する施設の脆弱性を見いだし、それらに対し、設計基準事象を大幅に超え、炉心が重大な損傷を受けるような場合を想定して有効な対策(シビアアクシデント対策)を検討し準備しておく必要がある。シビアアクシデント対策の有効性について、PSAなどの手法により評価する必要がある。
  • 原子力災害に対応する態勢に関するもの
  • 原災時の危機管理態勢の再構築に関する提言:原災マニュアルの見直しを含め、原子力災害発生時の危機管理態勢の再構築を早急に図る必要がある。
  • 原子力災害対策本部の在り方に関する提言:原子力災害が発生した場合、できる限り情報入手が容易で、現場の動きを把握しやすい、現場に近い場所に対策の拠点が設置される必要がある。電力事業者の本社本店に移動することなく、官邸等、政府施設内にいながら、より情報に近接することのできる仕組みの構築が検討されるべきである。
  • オフサイトセンターに関する提言:大規模災害にあっても機能を維持できるオフサイトセンターとなるよう、速やかに適切な整備を図る必要がある。
  • 〈原災対応における県の役割に関する提言〉その規模の大きさから、県が前面に出て対応に当たらなければならず、この点を踏まえた防災計画を策定する必要がある。
  • 被害の防止・軽減策に関するもの
  • モニタリングの運用改善に関する提言:データ収集ができないなどの機能不全に陥らないよう、さまざまな事象を想定してシステム設計を行うとともに、複合災害の場合も想定して、システムの機能が損なわれないような対策を講じておく必要がある。
  • SPEEDIシステムに関する提言:被害住民の命、尊厳を守る視点を重視して、被害拡大を防止し、国民の納得できる有効な放射線情報を迅速に提供できるよう、SPEEDI システムの運用上の改善措置を講じる必要がある。
  • 住民避難の在り方に関する提言:放射線被ばくによる健康被害について、住民が常日頃から基本的な知識を持っておけるよう、公的な啓発活動を行うことが必要である。原発事故の特異さを考慮した避難態勢を準備し、実際に近い形での避難訓練を定期的に実施し、住民も真剣に訓練に参加する取組が必要である。避難に関しては、具体的な計画を立案するなど、平常時から準備し、特に、医療機関、老人ホーム、福祉施設、自宅などにおける重症患者、重度障害者等、社会的弱者については、格別の対策を講じる必要がある。どのような事故を想定して避難区域等を設定するのか再検討することが必要である。原子力災害の際に、事業者への支援協力として国が行うべきことの内容を検討すべきである。
  • 安定ヨウ素剤の服用に関する提言:各自治体などが独自の判断で住民に服用させることができる仕組み、事前に住民に安定ヨウ素剤を配布することの是非などについて、見直すことが必要である。
  • 緊急被ばく医療機関に関する提言:避難区域に含まれる可能性の低い地域に相当数の初期被ばく医療機関を指定しておき、緊急被ばく医療機関が都道府県を超えて広域的に連携する態勢を整える必要がある。
  • 放射線に関する国民の理解に関する提言:個々の国民が放射線のリスクについて正確な情報に基づいて判断できるよう、できる限り国民が放射線に関する知識や理解を深める機会が多く設けられる必要がある。
  • 諸外国との情報共有や諸外国からの支援受入れに関する提言:迅速かつ正確な情報提供ができるよう、言語の違いにも配慮した上、積極的かつ丁寧な対応が求められる。支援物資の提供があった場合は、できる限り早くこれを受け入れることが、国際礼譲の点からも、国内における支援物資の必要性を迅速に満たすという点からも必要である。受入態勢について、担当官庁のマニュアルや原子力事業者防災業務計画等において対応方法を定めておく必要がある。
  • 国際的調和に関するもの
  • IAEA基準などとの国際的調和に関する提言:IAEAなどの国際基準の動向も参照して、国内基準を最新・最善のものとする不断の努力をすべきである。我が国のみならず他国での同様の事故の発生防止に資するよう、事故から得られた知見と教訓を国際社会に発信していく必要がある。
  • 関係機関の在り方に関するもの
  • 原子力安全規制機関の在り方に関する提言:独立性と透明性を確保、緊急事態に迅速かつ適切に対応する組織力、国内外への災害情報の提供機関としての役割の自覚、優秀な人材の確保と専門能力の向上、科学的知見蓄積と情報収集の努力、国際機関・外国規制当局との積極的交流、規制当局の態勢の強化——が必要である。
  • 東京電力の在り方に関する提言:多くの問題が認められた。より高いレベルの安全文化を全社的に構築するよう、さらに努力すべきである。
  • 安全文化の再構築に関する提言:事業者や規制当局、関係団体、審議会関係者などおよそあらゆる原発関係者には、安全文化の再構築を図ることを強く求めたい。
  • 継続的な原因解明・被害調査に関するもの

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