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2012年9月18日ニュース「福島原発事故についての政府事故調・最終報告書の要旨〈その11〉」

2012.09.18

事故の未然防止策や事前の防災対策に関する分析

 「総合的リスク評価とシビアアクシデント対策の必要性」

  • 施設の置かれた自然環境はさまざまであり、発生頻度は高くない場合ではあっても、地震・地震随伴事象以外の溢水・火山・火災などの外的事象及び従前から評価の対象としてきた内的事象をも考慮に入れて、施設の置かれた自然環境特性に応じて総合的なリスク評価を事業者が行い、規制当局等が確認を行うことが必要である。
  • その際には、必ずしも確率論的安全評価(PSA)の標準化が完了していない外的事象についても、事業者は現段階で可能な手法を積極的に用いるとともに、国においてもその研究が促進されるよう支援することが必要である。
  • 原子力発電施設の安全を今後とも確保していくためには、外的事象をも考慮に入れた総合的安全評価を実施し、さまざまな種類の内的事象や外的事象の各特性に対する施設の脆弱性を見いだし、それらの脆弱性に対し、設計基準事象を大幅に超え、炉心が重大な損傷を受けるような場合を想定して有効な対策(シビアアクシデント対策)を検討し準備しておく必要がある。

 「原子力防災対策の見直し」

  • 原子力防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲は、原子力発電所から8-10km圏内とすることを大前提に、「仮想事故を相当に上回る事故の発生時でも十分対応可能である」とみなして設定されていたが、今回の事故に鑑み、どのような事故を想定して避難区域などを設定するのか再検討することが必要である。
  • 原子力災害の際の国の責任の重要性に鑑み、単に住民避難などの原子力施設敷地外の対応にとどまらず、事業者と協議しつつ原子力災害の際に事業者への支援や協力として国が行うべきことの内容を検討すべきである。
  • 自然災害や原子力災害にはそれぞれの事象に即して緊急時対応・復旧対応に特性があり、まずはそれぞれの事象に対応する想定と緊急時対策・復旧対策を検討・整備することが必要である。
  • 原子力災害と自然災害、複数の自然災害が同時ないし復旧所要時間内に発生する可能性はあり、個別事象に対応する防災対策のみならず、複数の事象の同時期発生に対応する防災対策を検討することが必要である。

原子力安全規制機関などに関する分析

 「保安院」

  • 今回の事故対応において
  • (1)原子力災害に関し事業者などからの情報収集の機能を適切に果たすことができず、官邸や関係省庁が求める情報を適時適切に提供するということが十分にできなかった。
  • (2)原子力関係の専門知識を活用して原子力災害の事態がどのように進展して国としてどのような対応が必要となるかについて的確に説明することができる者を、当初官邸に派遣しなかった。
  • (3)SPEEDI情報を入手しながらも、放出源情報が得られない場合には避難に活用することはできないという認識の下、これを有効活用することができなかった。
  • (4)原子力事故の未然防止についても、個別問題の処理に追われてシビアアクシデント対策などの国内規制に関する中長期的課題に十分に取り組むことができず、結果としてシビアアクシデント対策を事業者に的確に実施させることができなかった。
  • 当委員会は中間報告において、原子力安全規制機関の在り方として
    • (1)独立性と透明性の確保、
    • (2)緊急事態に迅速かつ適切に対応する組織力、
    • (3)国内外への災害情報の提供機関としての役割の自覚、
    • (4)優秀な人材の確保と専門能力の向上、
    • (5)科学的知見蓄積と情報収集の努力
  • ——の5点が必要であると指摘し、これに留意した新組織の設置に向けた検討を要望した。
  • 今回、次の2点、
    • (6)国際機関・外国規制当局との積極的交流、
    • (7)規制当局の態勢の強化
  • ——を追加する。これらは、安全委員会についても共通する事柄である。

東京電力に関する分析

 「危機対応能力の脆弱性」

  • 非常用復水器(IC)の作動状況に関する誤認識がその典型的な事例であるが、原子炉水位計についても同様のことが指摘できる。
  • 原子炉水位計の指示値が長時間にわたって変化を示さなくなったことについて、本店および福島第一原発関係者の中で、原子炉水位が炉側配管入口を下回っている可能性があることを指摘した者はいなかった。
  • 自ら考えて事態に臨むという姿勢が十分ではなく、危機対処に必要な柔軟かつ積極的な思考に欠ける点があったと言わざるを得ない。このことは、個々人の問題というよりは、東京電力がそのような資質・能力の向上を図ることに主眼を置いた教育・訓練を行ってこなかったことに問題があったと言うべきであろう。
  • さらに問題を遡っていくと、東京電力を含む電力事業者も国も、我が国の原子力発電所では炉心溶融のような深刻なシビアアクシデントは起こり得ないという「安全神話」にとらわれていたがゆえに、危機を身近で起こり得る現実のものと捉えられなくなっていたことに根源的な問題がある。

 「専門職掌別の縦割り組織の問題点」

  • 原子力災害に組織的・一体的に対処するため、防災業務計画やアクシデントマネジメントガイドにおいて、緊急時対策本部等の組織化を図り、その中に発電班、復旧班、技術班などの機能班を設けている。しかし、これらの機能班は、与えられた所掌をこなすことには尽力するが、事態を見渡して総合的に捉え、その中に自らの班の役割を位置付け、必要な支援業務を行うといった視点が不足していた。

 「過酷な事態を想定した教育・訓練の欠如」

  • 東京電力の事故時運転手順書(いわゆる事象ベース及び徴候ベース)のいずれを見ても、複数号機において、スクラム停止後、全交流電源が喪失し、それが何日も続くといった事態は想定されておらず、数時間、1日と経過していけば、交流電源が復旧することを前提とした手順書となっている。
  • しかし、交流電源はどのように復旧していくかのプロセスについては明示されていない。詳細に手順書を書き込んでいるように見えても、どこかに逃げ道が残されており、なぜその逃げ道が残っているのか根拠不明なのである。
  • 2002年に作成したアクシデントマネジメント整備報告書では、「全てのAC電源が喪失する事象では、事象の進展が遅く、時間的余裕が大きいことから」とわざわざ規定しているが、なぜ事象の進展が遅くなるのか、その根拠は不明である。このような不十分な手順書を用意し、これを周知、徹底したからといって、対処できるのは、ごく局所的に電源喪失が起こったような場合に限られる。
  • 訓練についても、福島第一原発では2011年2月下旬、「地震が発生して1つのプラントで外部電源が喪失し、変圧器が壊れ、次いで非常用ディーゼル発電機(DG)が起動せず、交流電源が喪失するといった事象が段階的に進行して原災法第10条に基づく通報を行った」という想定でシミュレーション訓練を行った。しかし、その場合も、一定の期間が経過すれば、非常用DGが復旧するということを前提とし、それまでの期間、どうやって切り抜けるかを模擬したにすぎないので、今回のような極めて過酷な事態を想定したものではなかった。
  • 東京電力は、地震・津波で福島第一原発がほぼ全ての電源を喪失したことについて想定外であったというが、それは、根拠なき安全神話を前提にして、あえて想定してこなかったから想定外であったというにすぎず、その想定の範囲は極めて限定的なものであった。

 「事故原因究明への熱意の不足」

  • 東京電力は、事故から1年以上が経過した現時点においてもなお、事故原因について徹底的に解明して再発防止に役立てようとする姿勢が十分とは言えない。
  • 原子力発電所の安全性に一義的な責任を負う事業者として、国民に対して重大な社会的責任を負っているが、津波をはじめ、自然災害によって炉心が重大な損傷を受ける事態に至る事故の対策が不十分であり、福島第一原発が設計基準を超える津波に襲われるリスクについても、結果として十分な対応を講じていなかった。
  • 組織的に見ても、危機対応能力に脆弱な面があったこと、事故対応に当たって縦割り組織の問題が見受けられたこと、過酷な事態を想定した教育・訓練が不十分であったこと、事故原因究明への熱意が十分感じられないことなどの多くの問題が認められた。
  • 東京電力は、当委員会の指摘を真摯に受け止めて、これらの問題点を解消し、より高いレベルの安全文化を全社的に構築するよう、さらに努力すべきである。

IAEA基準などとの国際的調和に関する分析

  • 規制当局などはIAEA安全基準を参照して国内基準の見直しや策定を行う必要性は認識していたものの、ほとんど実施してこなかった。
  • 原子力発電の安全を確保するためには、国内外の原子力に関する知見の蓄積や技術進歩に合わせて国内の規制水準を常に最新のものとしていくことが必要である。そのためには、IAEAなどの国際基準の動向も参照して、国内基準を最新・最善のものとする不断の努力をすべきである。

《重要な論点の総括》

抜本的かつ実効性ある事故防止策の構築

  • 多くの問題点を再度取りまとめて列挙する。

 「事故対処」

  • 1号機に設置されていたIC(非常用復水器)について、当直のみならず、発電所対策本部や本店対策本部に至るまで、その機能や運転操作に対する理解が十分でなかったために、断続的に入手される情報から正しくICの作動状況を把握し得なかった。
  • 3号機について、バッテリー枯渇リスクを過小評価し、十分な減圧・代替注水手段が講じられていることを確認しないまま、当直においてHPCI(高圧注水系)を手動停止し、代替注水のための減圧操作に失敗するという手順の誤りがあったこと。また、これらの措置が当直等の一部の判断で、幹部社員の指示を仰ぐことなく行われ、発電所における情報共有体制に不備があったこと
  • 3号機について、RCIC(原子炉隔離時冷却系)やHPCIの電源となるバッテリーはいずれ枯渇することから、これらが作動している間に、消防車を利用した代替注水に向けた検討・準備を完了しておくべきであったのに、発電所対策本部は、HPCI停止を知った後になってようやく、これらの検討・準備に取り掛かった。
  • 2号機について、RCICが制御できないまま、RHR(残留熱除去系)によるS/C(圧力抑制室)冷却ができない状況で、RCICの水源をS/Cに切り替えており、その場合には、RCICがいつ機能停止に陥るか分からず、S/Cの圧力・温度が上昇し、SR弁による減圧が困難になって代替注水が不可能となるなどのおそれがあったのであるから、S/C圧力・温度を継続的に監視するとともに、消防車による代替注水に必要な準備を終えておくなどして、RCIC停止を待つことなく、S/Cの圧力抑制機能が失われる前にSR弁(主蒸気逃がし弁)による減圧を行い、代替注水に移行する必要があったのに、実際には、3月14日4時30分頃まで、S/C圧力・温度の監視が行われていなかった。

 「事前の事故防止策」

  • 電力事業者においては、土木学会の原子力土木委員会津波評価部会に「原子力発電所の津波評価技術」の取りまとめを委嘱し、これを用いて津波水位を想定していたが、この津波評価技術はおおむね信頼性があると判断される痕跡高記録が残されている津波を評価の基礎としており、文献・資料の不十分な津波については検討対象から外される可能性が高いという限界があった。
  • 設計段階での想定津波に関し、2006年9月に耐震設計審査指針が改訂され、津波対策が明文化されたものの、安全委員会における指針改訂の検討過程では、津波問題についての十分な検討は行われておらず、保安院などから、津波評価手法や津波対策の有効性についての評価基準が提示されることもなかった。
  • 東京電力は、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)については領域内のどこでも発生する可能性がある旨の文部科学省地震調査研究推進本部の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動への長期評価」報告書における指摘や、貞観津波の波源モデルの研究論文を踏まえた試算により、福島第一原発において設計上の想定を超える津波波高の数値を得たが、具体的な津波対策に着手するには至らなかった。
  • 我が国でも、規制関係機関や事業者によりシビアアクシデント対策は進められていたが、その検討対象は機械故障、ヒューマンエラーなどの内的事象に限られ、地震、津波などの外的事象にまで検討対象を広げて積極的に推進するには至っていなかった。
  • 東京電力は、津波についてのAM(アクシデントマネジメント)策を検討・準備していなかったこと。また、津波に限らず、自然災害については設計の範囲内で対応できると考えており、設計上の想定を超える自然災害により炉心が重大な損傷を受ける事態についての対策は極めて不十分であった。
  • 全電源喪失について、東京電力は、複数号機が同時に損壊故障する事態を想定しておらず、非常用電源についても、非常用DG(ディーゼル発電機)や電源盤の設置場所を多重化・多様化してその独立性を確保するなどの措置は講じられておらず、直流電源を喪失する事態への備えもなされていなかった。また、このような場合を想定した手順書の整備や社員教育もなされておらず、このような事態に対処するために必要な資機材の備蓄もなされていなかった。
  • 消防車を用いた注水策は、有用性が社内の一部で認識されていたものの、AM策には位置付けられておらず、海水注入についてもAM策としての検討は行われておらず、消防車注水をどの機能班が行うかも不明確であった。
  • 東京電力では、長時間の全電源喪失を念頭に置いた発電所内での通信手段の整備がなされておらず、通常使用していたPHSはバッテリー枯渇により使用できなくなり、その後は無線機が用いられたが、送受信場所の制約があるなど、円滑な情報連絡には不十分であった。
  • 緊急時における機材操作要員についての具体的な取決めはなされておらず、操作要員の手配に欠落が生じ、初動活動の迅速な展開に支障が生じた。
  • 当委員会としては、国、電力事業者、原子力発電プラントメーカー、研究機関、原子力学会といった、およそ原子力発電に関わる関係者が、これらの指摘を真摯に受け止め、問題点を解消・改善するための具体的取組を進めることを強く要望する。

複合災害という視点の欠如

  • 多くの問題点を再度取りまとめて列挙する。
  • 東日本大震災は、地震・津波・原発事故からなる大規模かつ広域的な複合災害である。このような複合災害が発生した場合、単独の事故や単独の災害とは異なる困難が数多く、かつ同時に発生する。
  • オフサイトセンターの機能不全は、国や地方自治体などの災害対策において、複合災害という視点が欠如していたことを端的に象徴するものであった。すなわち、同センターは、地震により道路が損壊したり、通信手段の途絶が生じたりすることを十分に想定せずに立地や施設整備が行われた施設であった。
  • 今回の事故では複数基の原子炉で同時に事故が発生し、一つの原子炉の事故の進展が隣接する原子炉の緊急時対応に影響を及ぼしたが、これまでの我が国におけるシビアアクシデント対策においては、複数の原子炉において深刻な事故が同時発生するとは考えられていなかった。
  • 国や大半の地方自治体において原発事故が複合災害という形で発生することを想定していなかったことは、原子力発電所それ自体の安全とそれを取り巻く地域社会の安全の両面において、我が国の危機管理態勢の不十分さを示したものであった。

求められるリスク認識の転換

  • 安全対策・防災対策の前提となるリスクの捉え方を、次のように大きく転換させる必要があろう。
    • 日本は古来、様々な自然災害に襲われてきた「災害大国」であることを肝に命じて、自然界の脅威、地殻変動の規模と時間スケールの大きさに対し、謙虚に向き合うこと。
    • 安全対策・防災対策の範囲について一定の線引きをした場合、「残余のリスク」「残る課題」とされた問題を放置することなく、さらなる掘り下げた検討を確実に継続させるための制度が必要である。

「被害者の視点からの欠陥分析」の重要性

  • 原子力発電所という巨大システムを設計し設置するに当たって、事業者は、まず原子炉建屋内やタービン建屋内などの「システム中枢領域」と言うべき諸設備について、二重三重の安全対策を立てる。
  • 次に考慮するのは、「システム支援領域」と言うべき諸設備についてである。すなわち、事故発生時に使用する非常用電源車、消防車、重機、支援機材、延長用電線等の整備や、放射性物質の放出源と周辺地域の放射線量を測定する装置(放出源検出器やモニタリングポスト)、通信インフラや交通インフラの整備などである。
  • さらに、国や地方自治体といった関係行政機関は、万一放射性物質が周辺地域に飛散する事故が発生した場合に備えて、周辺地域の人々を放射線被ばくから守るために、原子力防災計画を策定しておかなければならないが、それは、地域の人々の避難体制や情報システムはもとより、医療支援や環境汚染に伴う学校・保育所の対策、農業・漁業対策などを含むべきである。これらの対策が求められている領域を仮に「地域安全領域」と呼ぶ。
  • 「システム中枢領域」にせよ「システム支援領域」にせよ、安全性が確保されていると言っても、それは設計の前提条件の範囲内でのことであって、条件外の事象が起きた場合には、もはや安全性は担保されなくなる。
  • 事業者も規制関係機関も、条件外の事象は起こらないとの過剰なまでの自信を抱いていたがゆえに、今回の大津波のように条件を超えた事象に襲われるまで、「システム中枢領域」においてさえも、最悪の事態に陥るのを防ぐ対策が実は「穴」だらけであったことに気付かなかった。ましてや、「システム支援領域」や「地域安全領域」における安全対策の不備には気付いていなかった。
  • そのことは、安全委員会においても保安院においても、原子力防災計画を決めるに当たって、原子炉の格納容器の損傷による放射性物質の大量飛散という事態は起こらないと過信して、そういう事態に対応したシステム支援の準備や住民の避難対策を策定してこなかったことに、象徴的に表れている。
  • そのような欠陥を見付け、各領域それぞれについて、安全への防護壁を確実なものにする方法として、立ち位置を被害を受ける側に置いた「被害者の視点からの欠陥分析」と言うべき方法を提案したい。
  • これは、規制関係機関や地方自治体の防災担当者が災害問題の専門家の協力を得て、「もしそこに住んでいるのが自分や家族だったら」という思いを込めて、最悪の事態が生じた場合、自分に何が降りかかってくるかを徹底的に分析する、という方法である。
  • 「被害者の視点からの欠陥分析」の観点から分析すると、次のような問題点が浮かび上がってくる。
    • 原子力防災体制は地域住民の安全を守るために決められたものであっても、最も重要な前提条件である想定事故について、原子炉格納容器の破損といった深刻な事故は起こらないという規制関係機関の過信の下では、住民の安全はタテマエ論に過ぎなくなっていた。
    • 「地域安全領域」の重要項目である防災対策は、前記のように「システム中枢領域」の安全性のレベルにかかわりなく、万一の場合に備えたものでなければならないのに、現実には、そういう制度設計になっていなかった。
    • 規制関係機関が絶対安全ばかりを強調して地域住民を説得すると、後でより安全性を高める防災体制に変更することが困難になる。
    • 真に安全な社会システムを構築するには、リスクに関わる真実の情報を規制関係機関と住民が共有する必要がある。しかし、原子力防災体制の整備に当たっては、住民に十分な情報が提供されないまま、「原発は安全」「防災対策は万全」という面ばかりが強調されていた。
    • 保安院は、地域の防災訓練はしっかりと行われていると強調し、そのことを改めて防災対策の変更の必要はない理由の1つにしていたが、防災訓練の実態は、ウィークデーに住民が1つの自治体でせいぜいのところ数百人規模で参加する程度のもので、本格的な原発事故に対応できるような中身のものではなかった。
  • 「被害者の視点からの欠陥分析」は、住民(被害者)の切実感、切迫感に寄り添った安全性の点検・分析であるところに重い意味がある。
  • 事故が起きると広範囲の被害をもたらすおそれのある原子力発電所のようなシステムの設計、設置、運用に当たっては、地域の避難計画を含めて、安全性を確実なものにするために、事業者や規制関係機関による、「被害者の視点」を見据えたリスク要因の点検・洗い出しが必要であり、そうした取組を定着させるべきである。

「想定外」問題と行政・東京電力の危機感の希薄さ

  • 巨大地震と大津波の発生について、政府関係者や東京電力幹部からしばしば「想定外」という言葉が発せられた。
  • しかし、大津波により2 万人近くの犠牲者が発生し、高さ14mを超える大津波が来襲して原発事故が引き起こされ、十数万人が避難を余儀なくされたという事実を前にして、行政には何の誤りもなかった、「想定外」の大地震・大津波だったから仕方がないと言って済ますことはできるだろうか。それでは、安全な社会づくりの教訓は何も得られない。
  • 行政の論理にとらわれない事故調査の方法による分析が必要になってくる。事故調査の方法とは、行政の論理や責任の有無とは関係なく、被害を少しでも小さくする方法あるいは選択肢はなかったのか、行政の意思決定の枠組みを変革する道はなかったのかという視点から、要因分析を行う取組である。
  • その視点から分析すると、次のような問題点が浮かび上がってくる。
    • これまで地震研究者の間では南海トラフへの注目が高く、日本海溝・千島海溝で起こる巨大地震の研究は十分ではなかった。これには、明瞭な歴史記録が残っていることと、多くの人々が住む日本の中心部で起こる地震であるため社会的に注目度が高いという事情が影響していた。日本は歴史的に数多くの地震・津波災害を経験してきた「災害常襲国」であるが、科学研究予算などの公的な研究資金プロジェクトにおいて、ターゲットを絞って研究するスタイルの拡大が、地震研究においていわゆる日の当たる場所、日の当たらない場所を作ってしまった側面があり、そうした研究に基づいた知見に頼って防災対策の重点を置くことは、「想定外」のリスクを大きくする可能性があったことに注目する必要がある。ある時点までの知見で決められた方針を長期間にわたって引きずり続けることなく、地震・津波の学問研究の進展に敏感に対応し、新しい重要な知見が登場した場合には、適時必要な見直しや修正を行うことが必要である。
    • 行政は、少数であっても地震研究者が危険性を指摘する特定の領域や、例えば津波堆積物のような古い時代に大地震・大津波が発生した形跡がある領域については、地震の実態解明を急ぐための研究プロジェクトを立ち上げるとか、関係地域に情報を開示して、行政、住民、専門家が一体となって万一に備える新しい発想の防災計画を策定する等の取組をすべきであろう。
    • 中央防災会議が決める防災計画は、原発立地を特別視することなく進められてきたが、今後は原発立地の領域における災害リスクを注視すべきである。原子力発電所の防災対策は保安院の担当とされてきたが、中央防災会議の方針は原子力発電所の防災対策にも密接に関連することから、中央防災会議においても原子力発電所を念頭に置いた検討を行うべきである。

 「東京電力の津波対策」

  • 東京電力は、2002年に土木学会が取りまとめた津波評価技術によって、福島第一原発および福島第二原発における想定津波の最大波高を計算し、福島第一原発で小名浜港工事基準面から5.4-5.7m、福島第二原発で5.1-5.2m という値を得て、それなりの対策を立てた。その後、推本の長期評価の中で、福島県沖でも津波地震の発生を否定できないという見解が出されたことを受けて、2008年5月から6月にかけて、明治三陸地震クラスの地震が福島県沖で発生したという想定で津波の波高を計算したところ、福島第一原発の敷地内で9.3-15.7m という極めて高い数値を得た。さらに、同年10月頃にも、別の専門家の貞観津波シミュレーションに関する論文を参考に、津波の波高を試算したところ、福島第一原発で8.6-9.2m、福島第二原発で7.7-8.0mというやはり高い数値を得た。
  • しかし、東京電力の幹部は、単に可能性を指摘しているだけで、実際にはそのような津波は来ないだろうと考えた。そして、すぐに新たな津波対策に取り組むのではなく、土木学会に検討を依頼するとともに、福島県沿岸部の津波堆積物調査を行う方針を決めるだけにとどめた。
  • 東京電力は、2009年9月、10年5月、11年3月7日(東日本大震災が発生した同月11日の4日前)の3 回にわたって、保安院の求めに応じて前記の津波の試算結果を報告するなどしたが、保安院も東京電力も津波発生に対し切迫感を抱いていなかったことから、積極的な津波対策を急ごうとする行動につながらず、2002 年の津波想定に対する対策のままとどめおいた。
  • この時期に、推本地震調査委員会は、貞観津波研究の進展等を踏まえて、2011年10月に発表する予定で、新たな「長期評価」の報告書をまとめつつあった。そのことを知った東京電力は、同年3月3日文部科学省の推本事務局に対し、「貞観三陸沖地震の震源はまだ特定できていないと読めるようにしてほしい、貞観三陸沖地震が繰り返し発生しているかのように読めるので表現を工夫してほしい」などの要請をした。この行為は、国の機関による地震・津波予測の結果を真摯に受け止めるというより、貞観津波級の大津波への対策を迫られないようにしようとか、津波対策の不備を問われないようにしようとするものだったとの疑いを禁じ得ない。
  • 東京電力の対応を追ってみると、同社には原発プラントに致命的な打撃を与えるおそれのある大津波に対する緊迫感と想像力が欠けていたと言わざるを得ない。そして、そのことが深刻な原発事故を生じさせ、また、被害の拡大を防ぐ対策が不十分であったことの重要な背景要因の1つであった。

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