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「終わり」を科学する なぜ永遠に生きられないのか

掲載日:2010年11月19日

『終わり』を科学する なぜ永遠に生きられないのか
  • 自分の人生の終わり方を決めることができるとしたら、つまり、最後の数週間や数日間、数時間、数分間をどう生きるかを選べるなら、あなたはどうするだろうか? たとえば、最後の瞬間まで元気で、いきなりぽっくり死にたいだろうか? 多くの人がその選択肢にうなずくが、そこには重大な落とし穴がある。もし、あなたが「気分は最高、元気いっぱい!」と感じているなら、次の瞬間に死にたいとは決して思わないだろう。あなたの家族や友人にとっても、あまりにもあっけない別れはつらいし、突然の死はいたましい喪失感をもたらすだろう。一方、ただ生かされているだけのような状態があまりに長く続くのもいただけないし、愛する人が認知症の闇にのまれていくという悪夢も耐えがたい。

    私たちは人生の終わりについてなるべく考えないようにしている。しかし、ときにはこの問題に向き合い、医療政策や医学研究の目的を正しく定めるのは健全なありかただ。また、死を免れる取り組みに科学がどの程度助けになるかを考えることも重要だ。

    死は避けられない。しかし、あなたの体に含まれる細胞の少なくとも一部は、驚異的な特性をもつ。つまり、不死と言ってもよい性質が授けられているのだ。あなたが死んでも、あなたの細胞のごく一部は、この不滅の系譜を継続させて未来へとつなげるだろう。ただしそれは、あなたに子どもがいる場合に限られる。子ども1人につき、あなたの体のたった1つの細胞(精子または卵)が消滅を免れる。赤ん坊が生まれて、成長し、大人になって、子どもをつくり、そんなふうに連綿と続いていく。

    いま紹介したシナリオは、生殖能力のない体細胞で構成されている私たちの死すべき体がどのような運命をたどるかだけでなく、私たちが属している細胞系譜が、ほとんど奇跡とも言える不死性を維持していることも示している。加齢研究で中心となっている根本的な謎は、なぜほとんどの生物はいつかは死んでしまう体なのかということだ。進化はなぜ、体のすべての細胞に、生殖系の細胞(精子や卵)のような見かけの不死を与えないのだろう?

    この謎に最初に気づいたのは19世紀のドイツの博物学者のワイスマン(August Weismann)で、私がその答えをひらめいたのは、1977年初めの冬の夜に、風呂に浸かっているときだった。私は、現在では「使い捨ての体」説と呼ばれているその答えが、種によって年の取り方が違う理由を説明するのに非常に役立つと考えている。

 

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