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鉄の一撃、閉塞感を打破

掲載日:2009年10月9日

日経サイエンス11月号 曲がった時空の不思議な性質
  • 昨年8月、オランダのライデンで低温物理学の記念すべき国際会議が開かれたが、プログラムは急遽変更され、発見間もない鉄系超電導物質の基調講演が設けられた。基調講演に詰めかけた研究者は1200人に達し、発見者である東京工業大学の細野秀雄教授の話に熱心に耳を傾けた。

    講演終了後、多くの人々が細野教授に握手を求めてきたが、教授は彼らが異口同音にかける言葉に面食らった。大発見をすれば「Congratulations!」という言葉がかけられるものだが、そのときは「Thank you very much !」だったからだ。なぜ彼らは感謝の言葉を述べたのか? そこに、今回の鉄系超電導物質発見の意義が見えてくる。

    私たちは冷蔵庫で簡単にものを冷やしているが、-250℃などといった低温にするのは大変で、温度を下げること自体が物理学の大きな挑戦だった。この極低温の世界を開拓したのがオランダの物理学者カマリン・オンネス。彼は1908年、-269℃まで温度を下げ、ヘリウムを液化することに成功した(冒頭に紹介したライデンでの国際会議は、その100周年を記念するものだった)。

    温度は原子の熱振動に由来し、熱振動が止まった状態が温度の下限で絶対温度0Kと表す。0Kは-273℃なので、ヘリウムが液化する-269℃は4Kだ。カマリン・オンネスは自らが実現した極低温での実験で、1911年、電気抵抗がゼロになる超電導現象を発見した。

    その後、さまざまな研究から超電導状態になる温度(転移温度)は30Kを上回ることはないと考えられるようになったが、1986年、銅酸化物系超電導物質が発見されて30Kの壁が破られた。なぜ、銅酸化物系は従来の物質と比べて、相対的に非常に高い転移温度になるのか、世界の理論研究者がその謎を解こうとしたが果たせず、手詰まりの状況に陥った。実験物理学者は転移温度の上昇を競っていたが1995年以降は頭打ちになっていた。

    そんな閉塞感を打ち破ったのが鉄系超電導物質だった。鉄は超電導とは相性が悪いと考えられていただけに、その発見は大きな驚きだった。鉄系超電導物質の組成を変えたら銅酸化物系より高い転移温度が実現でき、さまざまな分野への応用が広がるのではないか? 鉄系超電導物質のメカニズムを研究すれば高温超電導を理論的に解明できるのではないか? 超電導分野に熱気が戻り、多くの人が鉄系超電導に挑むようになった。そうした研究者の思いの素直な発露が「Thank you very much !」だった。

    ホットな鉄系超電導研究の今を、細野教授の寄稿も交えて紹介する。

 

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