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マガジン - 日経サイエンス誌ダイジェスト -

南部陽一郎氏とともに

掲載日:2009年4月20日

日経サイエンス5月号 土星の月で発見 巨大噴泉の謎
  • 1950年代初め、大阪・梅田近くの焼け残った扇町小学校で、3人の20代の若者が顔を合わせた。当時、その小学校が創設間もない大阪市立大学のキャンパスで、そこの理論物理学教室の初代教授となったのが、まだ20代後半の南部陽一郎氏。南部教授から声をかけられ、ともに東京大学物理教室から移って助手となったのが20代半ばの西島和彦氏。そして南部、西島両“先輩”のいる研究室に“武者修行”に訪れたのが東京大学大学院に進んだばかりの小柴昌俊氏だった。この出会いによって3人の深い交流が始まることになった。

    3人の中で最も早く世界的業績を上げることになったのが西島氏だった。氏は1953年、若き同僚の中野董夫氏とともに「中野・西島・ゲルマンの法則」と呼ばれる物質粒子の量子数に関する法則を発見した。さらに1957年、1種類だとされた素粒子ニュートリノが2種類であるとする理論的予言をして、後に実験で検証された。

    そして1959年、今度は南部氏がノーベル物理学賞の受賞業績となる「対称性の自発的破れ」を発見、1965年には素粒子クォークを結びつける「強い力」の理論、量子色力学を提唱した。さらに1970年、現在の素粒子論の最先端である「超ひも理論」の源流となる「ひも理論」を発表した。

    小柴氏は南部、西島両氏の支援を受け実験物理学者として大成した。大統一理論が予言する陽子崩壊を探索するために建設した実験装置カミオカンデを使って、1987年、超新星ニュートリノの観測に世界で初めて成功。ニュートリノ天文学におけるパイオニア的業績をあげノーベル賞を受賞した。

    今回、南部氏のノーベル賞受賞を記念して3本の記事からなる特集を企画した。1本目の「対称性の破れが生む多様性」では、私たちの物質観や宇宙観に大きな影響を及ぼした対称性の自発的破れの概念と量子色力学がどのように生み出され、それによって素粒子論がどのように展開していったのか、初田哲男東京大学教授と橋本省二高エネルギー加速器研究機構准教授の協力を得て概観する。

    2本目は昨年末に行われた本誌による西島和彦氏へのインタビューをもとに構成した「南部さんと始まった研究人生」。南部氏との出会いから始まった自身の波乱に富む研究人生を語った。西島氏は今年2月15日に逝去された。ご冥福をお祈り申しあげる。3本目は小柴氏による寄稿「南部さん、西島さんとの60年」。南部、西島両氏との60年に及ぶ交流を振り返るとともに、西島氏を追悼する内容になっている。

 

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