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好き過ぎてつらい博士課程

掲載日:2018年3月7日

2018年3月号

博士課程学生を対象とするアンケート調査から、不確実な未来への不安や、指導教員への不満が強い一方で、博士課程全般に対する満足度は高く、研究者としての就職を望んでいることが分かった。

図1 好きすぎてつらい博士課程 ADAPTED FROM GETTY
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理系の博士課程学生は、自分の研究生活を気に入っている。けれども彼らの多くが、そのことによって苦しんでいる。これは、Natureが世界各国の5700人以上の博士課程学生を対象に行った調査で明らかになった、最も重要な事実の1つだ。

Natureでは、博士課程学生の生活と進路の目標をさまざまな角度から探るため、2年に一度、同様の調査を行っている。今回、回答者は博士課程全般に対して高い満足度を示していたが、かなり強い不安や心許なさを感じていることも分かった。回答者の4分の1以上が関心事にメンタルヘルスを挙げていて、そのうちの45%(全回答者の12%)が、博士課程で研究に取り組むうちに感じるようになった不安や抑うつについて助けを求めたことがあるという(「困難な道を行く」参照)。多くの回答者が、研究に対して強いストレスを感じ、将来への不安に苦しみ、今の努力が納得のいく就職に結び付くか疑問に思っている。一部の学生はこうした状態に「もう耐えられそうにない」と吐露する。米国の大学で生態学を専攻するある学生は、アンケートのコメント欄に「全ての大学は、大学院生がすっかり参ってしまったときに閉じこもって泣くことができる専用の部屋を設置するべきだ」と書いている。

アンケートからは、相性の良い指導教員につくことと学生の成功との間に強い(おそらく決定的と言ってもよいほどの)関連があることも明らかになった。良い指導教員は、学生の満足度を上げる主要な因子だ。ほとんどの回答者が自分の指導教員に満足していると答えているが、4分の1近くが「指導教員を代えられるなら代えたい」と回答した。学生は、山あり谷ありの博士課程を耐え、成長していく。これは普通、1人ではできないことだ。遺伝学を専攻する南アフリカの学生はコメント欄に「私は幸せな博士課程学生です」と書いている。「楽な生活ではありませんが、ずっと望んできたことなので、苦労する価値はあります。理解があり、支援してくれて、私を次のレベルに押し上げる労をいとわない、素晴らしい指導教員にも恵まれました」。

みんな苦しい

2017年のアンケート調査に回答を寄せてくれたのは、世界のほとんどの地域の、幅広い科学分野を専攻する博士課程学生たちであった。大部分を占めたのはアジア、欧州、北米からの回答で、ほぼ同数だった。調査への参加の呼び掛けは、nature.com上のリンク、シュプリンガー・ネイチャーのデジタル出版物、および電子メールキャンペーンで行った。調査データを肉付けするため、アンケートでNatureからの連絡を許可すると回答した一部の博士過程学生に対して取材を行った。

回答は肯定的なものが多かった。博士課程に進むという決断に、ある程度以上満足している回答者は全体の4分の3以上に上り、これほどの献身を要する決断にしては強く支持されていることが分かる。ゲント大学(ベルギー)の労使関係の専門家Katia Levecqueは、この結果は、博士課程学生を対象とする別の調査結果とも非常に近いと指摘する。「博士課程学生の約80%が『満足している』か『非常に満足している』と言っています。これは、ほとんどの大学で一貫して見られる傾向です」。

回答者の12%が「博士課程研究に伴う不安や抑うつについて助けを求めたことがある」という事実から、大学院生が大きなストレスを感じていることが分かるとLevecqueは言う。「自分で選んだ道なのだから自力で何とかしようと考えるのでしょうが、自力でどうにもできない問題というのはたくさんあります」。12%という数字には、自身が抱える悩みについて助けを求めた学生しか含まれていないので、不安や抑うつに苦しむ回答者の割合がもっと高いことはほぼ確実だ。

不安に苦しむ学生が必ずしも十分な支援を受けられるわけではないことも分かった。助けを求めた回答者のうち、所属機関で有益な支援を受けられたと回答した人は35%だけだった。20%近くが、所属機関に助けを求めたが十分な支援を受けられなかったと回答している。「助けを求めるには、文化的・経済的な壁が多すぎるのです」とLevecque。

今回の調査で不安や抑うつについて助けを求めたことがあると回答した学生の50%近くが、博士課程には「満足している」「非常に満足している」と回答している。シドニー工科大学(オーストラリア)で薬理学を専攻するKate Samardzicは、こうした矛盾を抱えて生きる数百人の回答者の1人だ。彼女は博士課程には満足しているが、強いストレスを感じている。「研究者になるには、多くの不確実性に耐えなければなりません」と彼女は言う。「指導教員に気に入られ、一定の時間枠の中で全てをこなさなければならないというプレッシャーの下にいます。それなのに、自分が最終的にどんな仕事に就けるか分からないのです。道の途中を歩いているのに、道の行き先を知らないのです」。

Samardzicは、このような思いをしているのが自分だけではないことを知っている。彼女はLevecqueらが2017年3月に発表した論文(K. Levecque et al. Res. Pol. 46, 868–879;2017)を読んでいた。この論文によると、博士課程学生がうつ病などの一般的な精神障害を発症するリスクは、一般集団の高学歴の人々に比べて約2.5倍も高いという。学生代表として大学理事会との連絡係を務めるSamardzicは、この問題を何とかしようと「リサーチ・レジリエンス(Research Resilience)」という学内グループの結成に協力した。このグループは、定期的にセミナーを開催して、博士課程学生が精神的苦痛へ対処できるよう手助けしている。「博士課程研究に不安を感じたり心を乱したりする学生への支援が十分でないことに気付いたのです。この問題の優先順位はもっと高いはずです」と彼女は話す。

リサーチ・レジリエンスは毎月セミナーを開催していて、30~40人の学生が参加している。最近のセミナーでは、マインドフルネス(自分の心と体に意識を向け、そこで起きていることに対して、評価を交えずに注意を集中すること)の秘訣や、博士課程学生が陥りやすいインポスター症候群(詐欺師症候群)などのトピックを取り上げた(go.nature.com/2gtufgt)。インポスター症候群とは、自分の成功を肯定的に捉えることができず、高く評価される自分を詐欺師のように感じる傾向のことで、博士課程学生を例にとると、本当の自分は博士課程にふさわしい人間ではないと感じてしまう(Nature ダイジェスト 2016年4月号「自分に自信が持てない研究者へ」参照)。「成績が良い人は特にこうした感情に陥りやすいのです」とSamardzicは言う。実際、調査に回答した学生の4人に1人近くが、自分が直面する問題としてインポスター症候群を挙げている。

トロント大学(カナダ・ピーターバラ)で物理化学を専攻するAndrew Proppeもその1人だった。Samardzicと同じく、彼は博士課程には満足しているが、非常に強い不安を感じている。彼の場合、なじめない場所にしばらく身を置いていたことが原因で疎外感が増幅した。

Proppeはプリンストン大学(米国ニュージャージー州)で博士課程を始めたが、約1年半で中退した。彼は理想的な指導教員についていたのだが、「私は博士課程にもプリンストンの町にもふさわしくない」と感じてしまったからだ。豊かな文化があり、人口も多いモントリオールで育った彼は、こぢんまりしたプリンストンの町で途方に暮れた。「全然楽しくありませんでした。私にとって環境がこれほど重要だったなんて、考えたこともありませんでした。故郷の全てを捨ててプリンストンに行ったのに、その価値がある場所には思えなかったのです。私は不幸でした」と彼は回想する。

Proppeの現在の指導教員であるトロント大学のTed Sargentは、Proppeを研究室に迎えたいと熱望していた。「彼はプリンストン大学で、世界最高の物理化学者の1人と研究をしていました。彼の持つ技術は、私の研究グループに利益をもたらすものだったからです」。Proppeは、前指導教員の研究室運営の仕方についても情報をもたらした。Sargentは冗談めかして、「私は彼をスパイとして送り込んだのです」と言う。「20年もやっていれば研究室の運営法ぐらい分かっているだろうと思われるかもしれませんが、まだまだ発展途上なのです」。

カナダに帰国したことで、Proppeは博士課程に戻ることができた。しかし、研究への不安を払拭できたわけではなかった。「私は毎日を頭でっかちに生きていました。午前3時にデータのことを考えたりしていたのです」と彼は言う。それまでの人生で大きなストレスや不安に直面したことがなかったため、問題を認識するまでに時間がかかったという。博士課程研究への不安が自分の生活にどれだけ大きな影を落としていたかを自覚した彼は、意識して生活を変えた。「夜の11時まで研究をするようにしていたのですが、それはやめて、ギターを弾いたり、運動をしたり、ガールフレンドと過ごしたりする時間を持つようにしました」と彼は言う。

努力は報われるか

博士課程学生が不安を抱く原因はいろいろある。Natureの調査から、多くの学生が将来の雇用に不安を感じていることが分かった。納得のいく職業に就くために、博士課程が「良い」または「非常に良い」準備になっていると回答したのはわずか31%だった。しかし、博士課程が研究者になるための良い準備になっていると思うかという質問に対しては、回答者の4分の3以上が「そう思う」または「非常にそう思う」と答えていて、研究者として働くことと「納得のいく職業に就く」ことは別物と考える学生が多いことを示唆していた。また、回答者の3分の2が、博士号を取得すれば就職の際に「かなり」または「劇的に」有利になると思うと回答していたが、3分の1はもっと冷めた見方をしていた。

このように、全ての回答者が、博士課程の苦労とストレスが報われると確信しているわけではない。ロンドンがん研究所(英国)のデータ科学者Hannah Brewerは、彼女の専門分野の求人情報をグーグル検索で見かけるたびに「私は何をしているのだろう」と思わずにはいられないと言う。「こうした仕事の多くは修士号しか要求していないので、将来、博士号が役に立つかどうか分からないのです」と彼女は言う。それでも、博士号を取るという自分の決断には満足しているそうだ。「過去に戻れたとしても、同じ選択をするでしょう。自分の仕事のスキルはなかなかのものだと自負していますし、研究も非常に面白いと思っています」。

助言が大切

今回の調査で、回答者の博士課程全般への満足度に最も大きく寄与する因子は指導だった。具体的には、アドバイザーからの指導と承認が最も重要だった。

残念ながら、回答者のかなりの割合が、自分が受けている指導に不満を感じていた。アドバイザーを代えられるなら代えたいと言った23%の他に、回答者の約5人に1人(18%)が、修了後の進路についてアドバイザーと有益な会話をしていないと答えている。アドバイザーは、博士課程学生が理想の進路を決め、それを追求する方法を学ぶのを補助するのに絶好の位置にいるはずなのだが。

回答者によると、指導教員との会話が特に少ないのは、学術研究機関以外の進路についてであるという。米国で化学を専攻するある学生はコメント欄に、「私のアドバイザーは学術研究機関以外での仕事を軽蔑し、そうした仕事はモチベーションの低い人間がやることだと思っている」と書いている。指導教員が学術研究機関以外の進路について有益な助言をくれるかを尋ねる項目では、約30%が「そう思わない」「全くそう思わない」と回答している。これは、Natureが2015年に大学院生を対象に行ったアンケート調査の結果とほぼ同じ割合だ。また、「指導教員はあなたが学術研究機関以外でキャリアを追求することを否定しない」と答えている回答者が半分よりわずかに多いという結果も、2015年と同じである。

学生が所属する機関が彼らのキャリア形成に無関心であることに気付いたSamardzicやその他の学生たちは、就職イベントを組織するようになった。そのイベントでは、大学院生とその他の専門家たちが、彼らが持ち得る選択肢について語り合う。Samardzicは最近、起業と生物医学分野の革新に関するワークショップに参加するために海外に出かけた博士課程学生による講演の準備を手伝った。「こうしたイベントがもっとたくさん必要です。私自身、世の中にある仕事の半分も知らないんじゃないでしょうか」と彼女は言う。

アンケート調査の結果は、多くの博士課程学生が自身の未来について明確なビジョンを持っていないことを示唆している。回答者の約75%が博士課程修了後は学術研究機関で働くことを考えていると言うが、産業界で働くことを考えているという回答者は約60%いる。学生の優柔不断さも一因かもしれない。回答者の約半数が、両方のセクターでキャリアを追求する可能性が「ある」または「大いにある」と答えている。

学術研究機関への強い関心は2015年の調査でも見られ、回答者の78%が、就業機会が不足しているにもかかわらず学術研究機関でのキャリアを追求する可能性が「ある」または「大いにある」としていた。就業機会の不足については2015年に発表された分析でも強調されていて(N. Ghaffarzadegan et al. Syst. Res. Behav. Sci. 23, 402–405;2015)、米国の生物医学分野では、学術研究機関の終身在職コースの求人1件に対して平均6.3人の博士課程学生がいるということだった。

博士課程研究をきっかけに、研究に人生を捧げることを考え直す学生はあまりいないようだ。2015年の調査では、自分が研究者としての道を歩む可能性が博士課程を始めたときに比べて「大きくなった」または「変わらない」とする回答は67%だったが、今回は80%近くまで増えた。

学術研究機関の求人市場はすでに厳しく、多くの博士課程学生には進路指導が必要だ。しかし、進路指導を受けるのは必ずしも容易ではない。所属機関で有益な就職情報を得られたという回答者の割合は、2015年の調査では18%だったが、今回は15%まで低下している。

多くの学生は、「キャリアカウンセラーは自分自身」という状態になっている。現在希望する就職先をどのようにして決めたかという質問に対しては、約3分の2の回答者が、自力で調べた部分があるとしている。アドバイザーからの助言を挙げている学生は34%だけだった。

早い段階からアドバイザーと下準備をしておくと、博士課程を格段に良いものにすることができるとProppeは言う。プリンストンを去りトロントに来た彼は、すぐに新しいアドバイザーであるSargentに直接会って話をした。「私はプリンストンで先に聞いておくべきだったと後悔していた質問を全てしました」と彼は言う。おかげで、話が終わる頃には、研究室がどのように運営されていて、アドバイザーとはどのくらいの頻度で会うことができ、どのくらいの指導を期待できるかを把握することができた。

トリノ工科大学(イタリア)で航空宇宙工学を専攻する学生Alberto Brandlは、博士課程を始める前から共同指導教員たちを知っていた。「良い指導者だろうとは思っていましたが、実際に非常に満足しています」と彼は言う。アドバイザーたちは、博士課程が始まったばかりの彼に娘が生まれたときにも融通を利かせてくれた。「子どもを持つことは素晴らしいことだと言ってくれました。私はあまり休みを取りませんでしたが、彼らは私に『必要なだけ休むように』と言ってくれました」とBrandlは言う。彼は、アドバイザーたちは全てを指図することはせずに、彼が自分で決断するのに十分なだけの指導をしてくれていると感じている。「それがボスとリーダーの違いです」。Brandlは、自分は幸運だと考えている。「指導者が原因で博士号を断念した人を何人も知っていますから」。

アンケート調査で分かるのはここまでだが、データの下には深い物語が隠されていることがある。シンガポール環境生命科学工学センターの微生物学者Yissue Wooは、自分のアドバイザーに高い点数をつけたが、指導教員と進路について話し合うことはないと言う。今のところ、Wooは勉強や研究で手一杯で、アドバイザーに進路の話題を切り出す余裕がないのだ。

Wooは博士課程全般に満足していると回答したが、それは彼が失敗を受け入れることを学んだことも関係している。「研究者になって、もう長いのです。いまさら挫折には驚きません。うまくいかないことがあっても、そんなものだと思うのです」と彼は言う。

おそらく、イスラエルで医学を専攻するある学生のコメントが、彼らの意見を最もよく代弁している。「博士課程研究はきつく、がっかりさせられることも多いです。けれども小さな成功が全ての苦労を帳消しにしてくれます」。

困難な道を行く

本誌が2017年に実施した大学院生を対象とするアンケート調査では、5700人以上から回答が寄せられた。世界各国の博士課程学生が何に苦しみ、何を得ているかを把握するには十分な回答数だ。その大半が博士課程に進んだことに満足していたが、自身が選んだ指導教員に対して後悔している人も少なくなかった。博士課程学生の道のりは平坦ではない。彼らは自身が負う責任と不確実な未来に不安を感じている。

どのセクターで働きたいですか?

図2

現在希望するキャリアを決める際に、何を参考にしましたか?

図3

あなたの現在の指導教員にどのくらい当てはまりますか?

図4

終身在職権のある仕事を見つけるのにどのくらいかかると思いますか?

図5

博士課程研究に伴う不安や抑うつについて助けを求めたことがありますか?

図6

不安や抑うつについて所属機関内で助けを求めましたか??

図7

博士課程を始めてから特に関心があることは?

図8

以下の各項目の満足度は?

図9

(翻訳:三枝小夜子)

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