インタビュー

新しい技術は若い人が議論し話題にすることで社会に広がる—培養肉の分野の先駆者マーク・ポスト博士に聞く

2019.12.24

室井宏仁 / サイエンスライター

マーク・ポスト博士
マーク・ポスト博士

 11月15日(金)から17日(日)の3日間にわたって行われた「サイエンスアゴラ2019」。「Human in the New Age -どんな未来を生きていく?」をテーマに将来想定される生活から、現在の科学技術のあり方を逆算しようとする試みが多く行われた。その中で特に注目度が高かったのは、オランダ・マーストリヒト大学教授のマーク・ポスト博士を招いて行われた「培養肉」に関するトーク・セッションだ。動物由来幹細胞を用いた食用肉生産技術を世界で初めて確立した博士は、現在その商業化を目指すバイオベンチャー、モサ・ミート社(MosaMeat)の最高科学責任者も務めている。11月17日、テレコムセンタービル(東京都江東区青海)での講演を終えた博士に培養肉と社会との関係について聞いた。

インタビューに答えるマーク・ポスト博士(11月17日、東京都江東区のテレコムセンタービルで)
インタビューに答えるマーク・ポスト博士(11月17日、東京都江東区のテレコムセンタービルで)

細胞培養を食料生産に応用する

―博士は今や培養肉の研究開発の第一人者として知られていますが、キャリアの初期からこの研究をされていたのですか?

 元々私は細胞培養を医療に応用するための組織工学の研究を行っていました。現在進めている培養肉の研究は、細胞培養の技術を食料生産に応用しようとするものです。その過程で、私が取り組む活動の内容も変化しました。食という分野は、将来的に見込まれる需要の規模や人々との関わり方といった点で、従来行われてきた医療応用とは大きな違いがあるからです。例えば、規制の枠組みやそれらに対する人々の見方も異なってくるでしょう。

―培養肉の生産に関して、現在最も重大な課題は何でしょうか。

 私の考えるところでは、2つほどあります。1つは生産量のスケールアップです。現在これを阻んでいるのは、培養肉生産時の技術的不確定性です。過去、バイオ産業における抗体やタンパク質の製造では、こうした不確定性の排除が実現されてきましたが、生体組織の製造ではまだ達成を見ていません。

 2つ目は、培養肉生産にかかるコストの問題です。これを解決するためには、先に述べた生産に関わる技術を改善するだけでなく、原料の調達を含めたサプライチェーンを組織することも必要です。これによって、細胞を成長させるのに必要なものをより安価に入手することが可能になるでしょう。

サイエンスアゴラ2019のトーク・セッション「知る・語る!未来の食『培養肉』」のようす。注目度が高く、会場は満席になった。
サイエンスアゴラ2019のトーク・セッション「知る・語る!未来の食『培養肉』」のようす。注目度が高く、会場は満席になった。

培養肉の普及に向けた4つの戦略

―培養肉が普及し、人々に受け入れられるためには別の課題もあるように思います。人々の培養肉に対する意識や受容を高めるためには、何が必要だと思われますか。

 大まかに4つの戦略があるように思います。まず第一に、培養肉について話し続けることです。これは社会の受容度を高める最も簡単な方法だと思います。2つ目は、培養肉を早い段階で受け入れるアーリーアダプターを得ることです。3つ目は、例えばハンバーガーのように、人々が分かりやすい製品として培養肉を世に出すことです。そして最後に挙げられるのは、地域にも目を向けることです。より小さなエリアで生産を行うことで、消費者は培養肉が実際にどう作られているかを直接確かめることができます。さらに言えば私たちは、なじみの薄い遠方で生産された製品より、地場産のものをより信頼する傾向にあるのです。

トークセッションでハンバーガーの写真を前に講演するマーク・ポスト博士
トークセッションでハンバーガーの写真を前に講演するマーク・ポスト博士

―話し続けることの重要性を強調されましたが、その視点から本日午前に開かれたセッションのように、若い世代も含めて議論する取り組みについてどう思われますか。

 疑いようもなく重要だと思います。ただし、今回のような催しには、すでにこの話題に「関心を持っている」人々が参加している、ということは頭に入れておく必要があります。会場にいないより多くの人々に対してどうアプローチしていくかもまた重要でしょう。

 もちろん、若い世代が議論し、意見を出し合うことはとても大事なことです。特に子供たちは新たな技術にいち早く触れる、いわばフロントランナーです。彼らが見聞きした話を、学校の友達や周りの大人に話すことで、この話題に関心を持つ人が雪だるま式に増えていくかもしれません。

「知る・語る!未来の食『培養肉』」にて、一般参加者と語り合うマーク・ポスト博士
「知る・語る!未来の食『培養肉』」にて、一般参加者と語り合うマーク・ポスト博士

教育・コミュニケーションのツールとしての「培養肉」

―子供向けの教育という観点について言及されましたが、例えば培養肉を科学教育の題材にできる可能性についてはどう思われるでしょうか。

 重要な事だと思いますし、十分に起こりうることだと思います。実はヨーロッパでは小学校や高校で、理科や生物の授業の話題として培養肉を取り上げているところがあるようです。このような形で培養肉が活用されることは私にとってもうれしい驚きでした。何より喜ばしいのは、そうした授業を受けた子供たちと、彼らの両親との間で培養肉が話のたねになることです。実際のところ、科学や食べ物に関する話題は大多数の人々にとってごく身近なものですから、そのような広がりも十分考えられます。

―つまり、培養肉という話題そのものがコミュニケーションツールの1つになるということですね。

その通りです。より高度なレベルでは、培養肉についての科学研究や教育に関わる人々を訓練することにもつながります。また将来的に、そうした分野にまつわる新たな産業で働く方法を学ぶこともできるでしょう。

(聞き手 サイエンスライター 室井宏仁)

マーク・ポスト博士
マーク・ポスト博士

マーク・ポスト博士のプロフィール
主な研究テーマは組織工学医療および食料工学への応用。食料分野においてウシの骨格筋幹細胞培養による新しい食肉生産に取り組む。2013年の世界初「培養肉バーガー」試食会は世界に衝撃を与えた。培養肉を開発するMosaMeatと培養皮革を開発するQorimを起業。5000万ドル以上のファンドを獲得し、さらなる研究開発に取り組んでいる。2013年、「ワールド・テクノロジー・アワード」(環境部門)受賞。

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