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第24回「『新材料・エレクトライドの物質科学と応用展開』について」

科学技術振興機構、三菱化学 石化企画本部 石化研究開発室、元・東京工業大学フロンティア研究機構 特任教授 横山壽治 氏

掲載日:2014年4月14日

科学技術振興機構、三菱化学 石化企画本部 石化研究開発室、元・東京工業大学フロンティア研究機構特任教授 横山壽治 氏
横山壽治 氏

 

1. はじめに、ACCEL開始

新しい機能を持った材料の開発は、我々に快適な生活をもたらすとともに、人類文明を大きく発展させてきた。科学技術振興機構(JST)は、戦略的創造研究推進事業などの顕著な成果が新技術として成り立つことを証明・提示(POC)して、産業界による本格的な開発につなげるために、イノベーション指向の新しいACCELプログラムを立ち上げた。このプログラムの第一件目として細野秀雄・東京工業大学教授を代表とする「エレクトライドの物質科学と応用展開」と題する課題が昨年10月にスタートした。新材料のC12A7エレクトライド(12CaO・7Al2O3:e-)(以下、C12A7という)は、電子を放出しやすく、しかも化学的・熱的に安定であるという相反する特性を有している。高機能触媒や電子材料などへの応用展開が期待されている材料である。このエレクトライドの特性や応用展開について紹介する。

 

2. 新分野を開いた電子化物

電子が陰イオンとして機能する化合物は“電子化物”(エレクトライド)と名付けられている。1983年、J.Dyeによりクラウンエーテルなどの環状有機高分子とCs+等のアルカリ金属陽イオンとの錯体格子を基本としたエレクトライドが初めて報告された1)(図1,(a))。この系では、正に荷電した錯体格子が、電子と金属陽イオンとの結合を阻害することで、エレクトライドを形成するが、安定性が極めて低いため、物性を含む研究の進展は見られなかった。
 
この停滞を破ったのが細野教授らだった。2003年にアルミナセメント材料を原料に用いて、安定な無機のエレクトライドの合成に成功したのだ。これによって物性研究と応用展開の道が開拓された2)。

 

1) C12A7の特異な構造

基本物質の12CaO・7Al2O3(C12A7)は、石灰とアルミナから構成された化合物で、アルミナセメントとして知られている。図1に結晶構造を示す。単位格子は2分子で構成され(2 × 12CaO・7Al2O3 = Ca24Al28O66 = [Ca24Al28O64]4+(O2-)2)、正に帯電した12個のケージ(内径約0.5nm)が壁面を共有して3次元的に隣接することで、[Ca24Al28O64]4+で表される結晶骨格を形成している((図1,(b))。残りの2つの酸素イオン(O2-)は、12個のケージ内の2つに緩く包接されていて自由酸素イオンと呼ばれており、自由酸素イオンと負電荷、結晶骨格の正電荷が電気的に中性を保っている。この自由酸素イオンは、還元雰囲気下で高温に加熱すると、完全に電子(e-)で置換でき、[Ca24Al28O64]4+(e-)4(C12A7:e-)と表される。自由酸素イオンを置換した電子はC12A7:e-中で特定の元素の軌道に属しておらず、電子単独で陰イオンとして振舞う(陰イオン電子)。C12A7:e-は電子がケージ内の特定結晶サイトを占有し、結晶骨格とイオン結合した化合物といえる。

 

2. C12A7:e-の電子構造

C12A7は典型的な絶縁体であるが、C12A7:e-は金属的な電子伝導性を示す。これはC12A7のケージ中の自由空間により構成される「ケージ伝導体(Cage Conduction Band :CCB)」中をC12A7:e-の陰イオン電子が伝播することに起因する。

 

エレクトライドの種類と構造
図1. エレクトライドの種類と構造

 
また、この陰イオン電子はケージに束縛されているが、ケージ内におけるCa2+までの距離が大きいことにより、束縛の程度が小さく、約2.4 eVと、金属カリウムに匹敵する低い仕事関数を示す。これについては、図2に示すようにNaCl型結晶のCaOのF+Center(イオン結晶中に見られる陰イオン欠損を補償する電子)と比較すると分かりやすい。一般的に仕事関数が低い物質はアルカリ金属に代表されるように化学的に不安定であるが、C12A7:e-は化学的に安定な化合物として存在できる。これは低い仕事関数の由来となっている陰イオン電子が、セメントや耐火物などの構造材料でよく見られるCa-OとAl-Oの結合で構成される強固な結晶骨格に囲まれていることに起因している。

 

C12A7:e-のエネルギー図
図2. C12A7:e-のエネルギー図。比較のためのCaO結晶中のF+中心(酸素欠陥に電子が一つ捕捉されてもの)を示す。FCBMはケージの壁を構成するCa2+の軌道からなる伝導体の底を表す。
6個のCa2+イオンに配位しているという点でCaOのF+CenterとC12A7:e-の陰イオン電子は共通である。しかし、C12A7:e-のケージ中の陰イオン電子は、CaOのF+Centerに比べて、Ca2+までの距離が1.5倍ほど大きくなっている。CaOはCa-O結合による結晶骨格のみで構成されるのに対し、C12A7:e-はCa-O結合の間にAl-O結合が入り込むからである。また、CaOのF+Centerの電荷は2+であるが、C12A7:e-のケージの電荷は1/3+(ケージ12個で4+)となっている。エネルギー準位はCaOのF+Centerは深い位置にある(価電子帯の上端、Valence Band Maximum(VBM)から2eVほど上)が、C12A7のケージ内電子は、それよりも3.6eVも高い準位にある。

 

3. エレクトライドの用途

C12A7 のケージの中は普通の酸素イオン(O2-)で占有されているが、これをO-に変えると、強力な酸化力を示す。例えば1000℃に上げると、白金は全部4価にまで酸化される。一方、水素中で高温処理することにより、ケージ中にH-が入り、紫外線を当てると当たった部分だけに電気が流れるようになり、H-が電子を放出することで、絶縁体-導電体変換が起こる。他にも、絶縁体-金属-超伝導の転移を示す。これらの機能を生かし、以下に挙げる分野への応用が見込まれる。その他にも、化粧品用途(活性酸素の除去)、さらに、CO2の分解活性を利用したCO2の資源化など、多方面への応用展開が期待されている。(図3)

 

C12A7セメントの機能化の現状、石灰とアルミナと水飲みで実現した機能と応用
図3. C12A7セメントの機能化の現状、石灰とアルミナと水のみで実現した機能と応用

 

1) 電子材料分野

有機ELは、ディスプレイや照明分野で既存の市場にない新製品の開発が活発に進められている。例えば、有機ELディスプレイは、大型化とフレキシブル市場を狙った市場開拓が行われており、フレキシブルディスプレイ市場は、2020年に4兆円規模まで拡大すると予測されている。3)また、有機EL照明は、発光効率が大幅に向上しており、その市場は確実に拡大しつつある。
 
代表的な、有機EL素子の模式図を図4に示す。Al電極から供給される電子は、電子注入層(EIL)、電子輸送層(ETL)を経由して発光層に到達し、ホール輸送層(HTL)から移動したホール(正孔)と有機化合物の発光層で結合し、発光する。
 
一見簡単そうに見えるが、EILとして使用されているLiFは食塩と同じ性質のものであるため、焼き付けや寿命の面で課題があり、この問題を解決する新材料の開発が急務とされている。一方、C12A7:e-は、仕事関数が低くかつ安定であることから、この問題を解決する材料として期待されており、研究開発が進められている。また、ディスプレイのバックプレーンとして、細野教授らが開発したn型のInGaZnOの薄膜トランジスタ(TFT)4)の使用が増えつつあり、C12A7:e-とエネルギーレベルがうまく整合することから、この目的のEILとしての応用が考えられている。

 

一般的な有機El素子の模式図
図4. 一般的な有機El素子の模式図

 

2) 化学反応への応用例:アンモニア合成

アンモニアは、窒素系肥料や化学品原料として年間1.7億トン生産されている最も重要な化学物質の一つである。最近では高密度の水素を含有しかつ液化して運搬できることから、エネルギー源である水素キャリアとしても注目を集めている。

N2+3H2⇔2NH3        (1)

アンモニアは二重促進鉄触媒を用いたハーバー・ボッシュ法により製造されて以来、100年が経過している5)。アンモニア合成反応は平衡反応であり、低温、高圧ほど好ましいが、生産性の面から、300~400℃、20~40MPaの条件で製造されている(式1)。反応を効率的に進めるには窒素分子の活性化が必須であり、活性を示す触媒としてルテニウム、コバルト、オスミウム、レニウム、ニッケルなどが報告されている。特にルテニウム触媒は低温、低圧でのアンモニア合成に対して最も優れた性能を示すことが、尾崎、秋鹿らによって報告されている。しかし、ルテニウム単独では、合成能力が低いため、アルカリ金属やアルカリ土類金属の酸化物(促進剤)を添加して、触媒性能を高めている。

細野教授らは、金属カリウム並みの低い仕事関数を有し、かつ安定なC12A7:e-の電子注入効果を期待し、ルテニウムナノ粒子を担持したエレクトライド触媒を調製した。これで高性能アンモニア合成触媒の開発に成功した。6)

代表的な反応成績を表1に示す。Ru/C12A7:e-は表面積が非常に小さく(1~2m2/g)、Ruの分散性が低いにもかかわらず、Ru/Al2O3やRu/CaOと比較して10倍以上高い活性を有し、これまで最高活性といわれてきたRu-Ba/活性炭やRu-Cs/MgO触媒に匹敵する。Ru/C12A7:e-は、ケージ内に電子が入っていない触媒(Ru/C12A7:O2-)と比べて、5倍を超える触媒活性を示すことから、ケージ内の電子によってアンモニア合成活性が大幅に促進されることが分かった。また、Ruサイトあたりの効率(turnover frequency:TOF)を比較すると、Ru/C12A7:e-が圧倒的に高い値を示し、C12A7:e-の電子注入効果が確認された。

Ru/C12A7:e-触媒は活性以外に下記の特徴を有する。

  1. アンモニア合成の活性化エネルギー(Ea)が従来触媒の約半分(表1)。窒素の反応次数は約0.5で、の従来触媒の約半分。
  2. Ru/C12A7:e-触媒は水素の悪影響を受けにくく、高圧ほど反応速度が上昇する(図5)。

 

表1. 各種担体上でのRu触媒のアンモニア合成活性
各種担体上でのRu触媒のアンモニア合成活性

図5. アンモニア合成における担持Ru触媒の圧力依存性
図5. アンモニア合成における担持Ru触媒の圧力依存性
触媒:1wt%Ru/C12A7:e-、6wt%Cs-Ru/MgO.
反応条件:触媒0.2g:反応ガス H2/N2=3(mol/mol),30ml min-1;温度360℃

 

推定反応機構を図6に示す。窒素と水素が吸着すると、窒素は電子が反結合性軌道 に入ることで非常に解離しやすくなる。一方、水素分子はルテニウムの上で2 つに分かれ、分かれた水素はルテニウム上にとどまっているのではなく、ケージの中に入って電子と反応し、H-になる。この状態で窒素原子とH-でN-H 結合ができ、最終的にアンモニアとして表面から離脱すると推察されている。

 

Ru/C12A7:e-触媒上でのアンモニア合成における推定機構
図6. Ru/C12A7:e-触媒上でのアンモニア合成における推定機構

 

Ru/C12A7:e-触媒は高性能を有するが、実用化に結び付けるには、さらに低温・低圧で作動する触媒の開発と、合理的なプロセスの開発が課題である。

なお、Ru/C12A7:e-触媒は興味あることに、アンモニア分解に対しても、高活性を示すことが確認されており、アンモニアからの水素製造に対しても応用展開が考えられている。

 

4. 目標を設定し研究推進

「エレクトライドの物質科学と応用展開」では、次の目標を設定し実用化への道筋をつけながら、研究を推進する。

  1. 肥料・化学品・水素のエネルギーキャリアの材料として注目されるアンモニアのオンサイト用小型アンモニア製造プラントの実現を目指す。
  2. 有機ELディスプレイの大型化や消費電力の低減化を目指す。
    そのための有機EL素子の最重要課題とされる低電圧駆動、長寿命化などを克服するための有機EL素子を開発する。
  3. この他、「炭酸ガスの低温分解による資源化」「化学品合成」などのエレクトライドの多彩な応用展開を検討し、可能性が確かめられたものから順次、応用展開を図る。

これらの過程で、2次元エレクトライド7)など、世界を驚かせる新物質の発見を期待している。

 

エレクトライドの目指すVision
図7. エレクトライドの目指すVision

 

5. おわりに、実用化を加速

アカデミアの研究は高度で深化した科学技術が生み出される半面、なかなか実用化につながらないといった悩みがある。逆に企業の研究開発ではニーズが明確だが、技術が追い付かず実用化を断念するケースが多々ある。ACCELは、C12A7:e-のユニークな物性を基に、早い段階から基礎~応用の研究開発を同時に推進している。従来の研究スタイルに比べると、実用化への成功確率は各段に向上するだろう。研究者は自分の研究成果を具現化し、社会に貢献することが使命である。このプログラムで次世代を担う研究者も育てたいと考えている。

 

引用文献
1. A. Ellaboudy, J. L. Dye, P.B.Smith, J.Am.Chem.Soc., 105, 6490 (1983)
2. S.Matsuishi, Y. Toda, M. Miyakawa, K. Hayashi, T. Kamiya, M. Hirano, I. Tanaka, H.Hosono,Science, 301, 626 (2003)
3. IODP proposal 603-CDP3, “NanTroSEIZE: The Nankai Trough Seismogenic Zone Experiment Complex Drilling Project”, http://www.iodp.org/600/.
4. 結晶IGZO-TFT: K.Nomura, H.Ohta, K.Ueda, T.Kamiya, M. Hirano, H.Hosono, Science
300,1269-1272 (2003);アモルファスIGZO-TFT: K.Nomura, H.Ohta, A.Takagi,T.Kamiya,
M.Hirano, H.Hosono, Nature 432, 488 (2004).
5. A. Mittasch, Adv. Catal.,2, 81 (1950)
6. M. Kitano, Y. Inoue, Y. Yamazaki, F. Hayashi, S. Kanbara, S. Matsuishi, T. Yokoyama, S.-W. Kim, M. Hara, H. Hosono, Nat. Chem., 4. 934 (2012)
7.  K.Lee、S-W.Kim、Y.Toda、S.Matsuishi, H.Hosono, Nature 494,336 (2013)
横山壽治 氏
横山壽治 氏
(よこやま としはる)

横山 壽治(よこやま としはる) 氏 プロフィール

1950年群馬県生まれ。科学技術振興機構・ACCELプログラムマネージャー、
三菱化学(株)、東京工業大学・客員教授。工学博士。専門は触媒化学。長年総合化学メーカーで、石油化学品製造やファインケミカル合成用触媒の開発やプロセス開発の研究に従事。日本化学会・化学技術賞、触媒学会・技術賞、東京工業大学特任教授(2011年5月~2013年9月)。

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