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「変化が速く、複雑で予測しにくい時代」だからこそ専門領域を越えて― 異分野融合の具体的テーマを提示

科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS) 総括ユニットリーダー 永野智己 氏

掲載日:2018年9月21日

永野智己 氏
永野智己 氏

「VUCA時代」に求められる融合目指して

「異分野融合」。科学技術や産業界では今、このキーワードにあちらこちらで出会う。私が所属するJSTのCRDSが、このキーワードの背景と文脈を検討し、これからの異分野融合研究の具体的な注目テーマを例示したレポート「Beyond Disciplines」(専門領域を越えて) を発行した。その狙いなどを説明したい。

「VUCA時代」。この言葉を聞いたことがあるだろうか。世界は今、「Volatility /不安定、Uncertainty/不確実、Complexity/複雑、Ambiguity/曖昧)」な時代として、その頭文字をとって「VUCA時代」と言われるほど、変化が速く、複雑で予測しにくい時代に入っている。一つの方向に、一つのやり方で進むことは、多様性と対応力が求められる現代ではリスクとなっている。多様化・複雑化する社会にあって、人類・社会に求められる、あるいは問題とされる事象の多くは、歴史的な学問・学術の体系にもとづく深く専門・細分化された単一分野では対処することが難しくなっている。「SDGs (Sustainable Development Goals: 国連による持続可能な開発目標)」 がその典型で、それぞれの目標は互いに密接に関連している。

このことは、1,000以上もの学会組織が存在するといわれるわが国では、他の主要国に比べて特に顕著なようだ。科学技術が現代の様々な問題と向き合うためには、これまで個々に発展してきた学問体系を越えて新しい分野を定義し取り組む、あるいは複数の分野が連携することにより、新たな融合領域を生み出して取り組むことが求められる。そうすることにより、既存の分野で新たな発見・進歩が誘発されることも期待できる。

図1. CRDSレポート “Beyond Disciplines”
図1. CRDSレポート “Beyond Disciplines”

政策立案を担う行政組織は、既存分野や既存産業セクターに呼応して構成・運営されてきた歴史的背景がある。上述のような変化の速く、複雑で予測しにくい現代社会では、問題への即応が難しく、硬直化しているといった指摘をよく聞く。もちろん、既存の分野、既存の産業そのものの存在意義はそれぞれに認められ、それ自身が直ちに否定されるわけではない。しかし、多くの既存専門分野や既存産業セクターが「自分には関係ないもの」と互いに目をつむり合う構造を引き起こしていると言えるのではないだろうか。

例えば、ある専門分野の研究者は「自分はこの問題の専門家ではないので・・・」と言い、わが国に見られる多くの伝統的組織では「担当部署ではないので・・・」といつでも言えるようにしていなかっただろうか。その発言が内包する問題に気が付かないことが多いのかもしれない。個人・組織を問わず「自己都合による必要条件の矮小化」が構造的にいたるところで起きてしまうようになっているのである。

「融合」のイメージが曖昧だからこそ

「融合」 という言葉のイメージは曖昧だ。異分野間の水平連携、または垂直連携の結果として生じる融合や、水平分野間の融合、垂直レイヤー間の融合もある(垂直の場合は統合といったほうが近いかもしれない)。異なるステークホルダー間や異業種間なども含めて、様々に考えられる。昨今、 「トランスディシプリナリー(transdisciplinary)」 や「コンバージェンス (convergence)」 といった表現が諸外国や国際的な会議などの場で用いられることが増えている。国内では「融合研究」という言葉が用いられることが多い。こうした言葉は、必ずしも厳密な定義を持たない。CRDSでは、いずれかに限定せず、これらの概念を包含する言葉として「融合」を用い、既存の「ディシプリン(discipline)」 を越えて新たな融合領域を形成することへの期待から、「Beyond Disciplines」 を表題とした。

社会課題のように、ある目的を達成するために融合を起こすことが必要な場合と、その目的のために既存の「ディシプリン」を横断する場合がある。またその目的がなくとも「ディシプリン」の横断は自ずと起きる場合がある。そして横断の先には、融合が生じる場合がある。ただし、ある目的のための融合と、「ディシプリン」の融合とは、必ずしも同じではない。融合領域というものはある日突然にしてできあがるのではない。異なる分野や専門性が混ざり合い、複数年単位の時間を経て新たな輪郭を形成していくものだ。その新しい輪郭は最初から存在するわけではない。

これに対して、異なる「ディシプリン」や専門家間の“連携”であれば、「やる」と決めれば明日からでも手を携えて活動することが可能だ。連携とは、もともとの「ディシプリン」や専門構造を保ったまま、言わば境目を有したままに手を結び成果を生む活動である。融合がすべてのケースで「是」というわけではなく、連携の方が効果的というケースもある(図2)。

図2 連携と融合
図2 連携と融合

融合を阻む見えないものがある

融合研究には時間がかかる。しかし日本の研究費に関する制度は、3年から5年程度のプロジェクト型資金が多く、十分に対応できていない。さらにそれぞれの制度が独立し、相互の接続性に欠ける。そのうえ、制度自身の改変もしばしばあり、融合の本質的な輪郭形成を困難なものにしている。

また、融合研究を評価できる人材は十分確保できておらず、評価方法も確立していない。伝統的「ディシプリン」において業績を積み重ねた著名研究者に評価を委ねることが多く、このことが融合研究の評価には適さない場合がある。その結果、十分な評価に至らず、新たな研究課題に挑戦することを躊躇(ちゅうちょ)させ、特に若手研究者の意欲をそいでしまうことがある。プロジェクト期間に有期雇用されるポスドク・若手研究員、そして技術者らにとっては、評価が確立していない融合領域で、研究が成果として形になり、つながるかどうかは、死活問題となってのしかかる。

一方、若手研究者においても、新たな研究テーマを模索し提案していく能力が低下しているとの指摘や、そのような研究環境、教育・機会が提供されていないといった指摘もある。時間のかかる融合研究に対し、近年の短期的な成果を求められる風潮から、研究テーマとして設定しにくいとの声がある。融合をテーマにした制度についても、形だけ集まっていたり、真の連携ができていないといった実態が時折指摘される。

CRDSが注目する12の異分野融合領域・横断テーマ(2018)

具体的にどのような異分野融合領域・横断テーマが求められるのか、あるいは見出されつつあるのか-。この問いに対していくつかの具体例を提示して広く示すことが第一歩としては重要であると私たちは考えた。そのうえで、個人だけでなく、組織の構造的な変化や新しい試行、制度設計の工夫などが、後の行動を呼び起こすために必要になることはいうまでもない。

CRDSのレポートでは、12の異分野融合領域・横断テーマをピックアップし紹介している。近年の研究開発を広く俯瞰(ふかん)する過程で私たちが一定の問題意識を持っているものや、調査・分析を進めているもののなかから抽出した(表1)。ここで気をつけたいことは、そもそも異分野融合・横断テーマを整理学的に網羅しようとするアプローチは適切でないということだ。現代の社会的情勢や科学技術の発展段階を背景とし生まれては変化し、大小さまざまな範囲や構造を内包するものが、互いに影響し合うなか異なる水準の形成過程にある。従って、それらは必ずしも線形的な対応関係を持たず、きれいに整理されるものではない。CRDSが社会と科学技術の動向を広く俯瞰(ふかん)しようとする活動の過程において、2018年時点で注目しているものを掲載した。

表1. CRDSが注目する12の異分野融合領域・横断テーマ(2018)
表1. CRDSが注目する12の異分野融合領域・横断テーマ(2018)

1~11は研究テーマに相当するが、12の「研究システム・ラボ改革、R&Dインフラ・リソースのプラットフォーム」では研究活動における共通基盤・仕組みに関する面を取り上げた。テーマ毎に融合・横断のポイントや、課題と方向性、海外動向を記載しているので、是非関心のページからこのレポートをご覧いただきたい。

示唆に富むヒントを海外の事例から

さらに、諸外国でどのような制度的な取り組みがあるのかについて、米国、中国、英国、ドイツ、フランス、欧州連合(EU)の事例についても取り上げた。例えば米国では、「The National Academies」 が2005年に公表した報告書 “Facilitating Interdisciplinary Research”や、同じく2014年の報告書 “Convergence - Facilitating Transdisciplinary Integration of Life Sciences, Physical Sciences, Engineering, and Beyond” などを出発点として、異分野融合がいかにして生まれ、価値創出をするのか、振興するのかといった視点から検討されている。これらを契機に様々な取り組みが開始されており、各国の機関がどのような目的や課題をもって分野横断や異分野融合に取り組んでいるのかという切り口で、主要な制度に言及した。注目点はどこにあり、どの機関がどのように制度の目的を設定し課題を決めているのか、評価をどのように行っているのかなど、示唆に富むヒントを海外の事例に見ることができる。

図3 分野融合と部門間のイメージ
図3 分野融合と部門間のイメージ

融合というと、一見分かりやすいようで具体的には分かりにくく、人によって捉え方はバラバラだ。世界的な金融危機や格差の拡大、巨大ITプラットフォーマーの台頭、多発する自然災害など、現在、わが国内外で起きているさまざまな変化を経て、世界は一層変化し複雑化している。そうした世界にあって、より具体的なイメージをつかみながら異分野融合の方法論を検討するための一助となれば幸いである。

永野智己 氏

永野智己(ながの としき)氏のプロフィール
2003年、学習院大学理学部化学科卒業、科学技術振興機構(JST)入職。2013年 グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。JST研究開発戦略センター フェロー、ナノテクノロジー・材料ユニットリーダーを経て、2018年より総括ユニットリーダー、JST研究監に就任。文部科学省技術参与/ナノテクノロジープラットフォーム事業プログラムオフィサーを兼任。日本工学アカデミー正会員。専門はナノテクノロジー・材料科学、R&D戦略、技術経営。著書に『萌芽する科学技術』(京都大学学術出版会 2009)。

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