コラム - オピニオン -

ポスドク問題と人材の流動化―日本のサイエンスを救うために―

東京大学分子細胞生物学研究所教授(生物科学学会連合・ポスドク問題検討委員会委員長) 小林武彦 氏

掲載日:2016年12月6日

小林武彦 氏
小林武彦 氏

高校生の将来なりたい職業のベストテンには、必ずと言っていいほど「研究者」がランクインしている。自然の摂理を解明し、あるいは新技術を開発して人類の幸福に寄与する「研究者」の人気が高いのは、極めて健全であり文化国家の誇りである。しかし最近は「研究者」になりたくてもなれない時代になってきた。ここでは「ポスドク問題」に焦点を当てて考えてみたい。

状況変えた大学院重点化政策とポスドク1万人計画

私事で恐縮だが、私が大学院博士課程を修了した1990年代初頭は年6,201人(1991年、図1)が学位を取得し、その後多くはそのまま助手(現在の助教に相当、ただし任期はなし)になるか、留学するか、あるいは日本学術振興会の特別研究員(PD)採用されるか、のほぼ3つ進路をたどっていった。当時の大学の助手、講師など若手のポジション数を調べると確かに5,428件(1991年、図1)あり、多くの博士取得者が大学に残れた(就職できた)のは十分うなずける。助手になり生活が安定して、自身の研究テーマに集中するとともに、結婚などの「ライフイベント」もこなすことができた。この時代は研究者として最も活力がある時期である。もちろん将来の不安が全くないということはないが、それ以上に「何か新しいことを発見してやろう」という夢があり、人生設計についても楽観的であった。

ところがこの状況が一変するのは、まさにその頃から始まった大学院重点化政策、つまり大学院生を増やす政策である。1997年には大学院博士課程の修了者数が9,860人、2013年には16,446人と急激に増加した(図1)。問題はこれに対する大学の助手、講師など若手のポジション数である。こちらは、なんと1991年に比べると500件程(約10%)減少し、5,000を切っている(2013年)(図1)。さて、単純な引き算を行うと、1991年にポジション数と博士号取得者の差が700程度だったのが、2013年には11,500にまで跳ね上がったのである。これは博士号取得者の大半が、大学教員にはなれない時代になったことを示している。

図1 大学院博士課程終了者数と大学教員(25~35才)の採用数の推移

さらにこの状況を後押ししたのは、大学院重点化政策と同時進行で行われたポスドク1万人計画である。ポスドク(ポストドクター、任期付博士研究員)は1990年代初頭までは日本にはほとんどなかった言葉で、欧米の研究室主催者(PI:Principal Investigator、いわゆるボス)に対して、部下である研究員がそのように呼ばれていた。欧米では、ポスドクは研究室を支える中心的なメンバーであり、日本もその制度を取り入れようとしたわけだ。2000年代に入ると目標の1万人をはるかに上回り、2007年には17,945人、それから若干減少したものの2012年の調査でも依然16,000人をこえるポスドクがいる(図2)。

ポスドクの現状は日本のサイエンスにとっての危機

導入当初ポスドク制度は研究の推進に加え、本人にとってもいろんな研究を経験し「腕」を磨くいわゆる「修行期間」としての側面もあり、それ自体は有意義な制度と期待されていた。問題はその「期間」とその「後」である。最初のアイデアは海外も含めて2、3ヶ所でポスドクをして、35歳ぐらいまでに終身雇用の職(正規職員)に就くことが想定されていたようだが、大学(アカデミック)のポジション数は上で述べたように減少しており、また、企業の採用も伸びておらず、正規職員に就けない人が急激に増加した。その結果、当然ポスドク期間が長期化し、2013年の調査では37.1%(約6千人)が35歳以上の「シニアポスドク」となっている。中でも深刻なのは発展著しい生命科学の分野で、日本分子生物学会の最新のアンケート調査(2015年、会員のみ対象)では、ポスドクの59%が35歳以上となっている。ポスドクの契約期間の多くが1〜3年と短いことを考えると、人生設計もままならない。また、ポスドクが高年齢化するにつれ大学教員等の正規職員だけでなく、ポスドクとしての採用や企業への転職も難しくなってくる。このような人材の停滞は、新たに研究者を目指す学生にとってもネガティブに働くのは言うまでもない。まさに日本のサイエンスの危機的状況となっている。

図2 ポスドク数の推移

さて、それではどうすればいいのであろうか?言うまでもなく多くのポスドクは非常に優秀で留学経験もあり、このまま放置したらご本人たちだけの問題ではなく、国としても大きな損失である。私は解決のために「知的人材の流動化」が必要であると考えている。つまり企業や行政などの「非アカデミック組織」には是非博士号取得者の中途採用も含めた採用の枠を広げていただきたい。現状では政府の関係機関、日本の行政機関、多くの企業で博士号取得者が効率的に活用されているとは言い難い。日本の多くの企業は、これまで内部での人材育成を中心に進めてきており、企業で働く博士号取得者の割合は米国のわずか3分の1である。これは終身雇用を基本とする日本の企業にとって、愛社精神の強い社員を生み出す、いいシステムだったのかもしれない。しかし昨今、ビジネスのグローバル化、IT化、ハイテク化が進む中、企業には強い国際競争力が求められるようになってきた。私は企業とアカデミックが連携して「広く世界に通用する」人材を効率良く育成することが有効だと考える。そんな中、ポスドクは即戦力となり得る貴重な人材である。 また企業や既成の組織だけでなく、会社を自分で起こす「起業」がもっと身近になるような環境整備も、創造力溢れるポスドクの活躍の場を広げると期待される。

もちろん、受け入れる側だけでなく、受ける側、つまりポスドクや大学院生の意識改革も必要である。大学院時代の過ごし方やポスドク時代のキャリアップのための投資も改善の余地がある。これまで通りの研究者の持つ専門性、国際性、創造性に加え、開発・提案能力、交渉能力の習得も大切になるであろう。

またどうしてもアカデミックに残りたいというポスドク、あるいは大学院生も大勢いると思われる。上述のように日本の状況を考えると従来のやり方ではアカデミックポジションに就くのは難しい。実はアカデミアは新しい分野、つまり「融合研究」や「新分野創造」に繋がるような研究には、常にアンテナを立てて探している。これまでの専門分野に固執せず、どんどん新しいものを目指すべきである。加えて勤務地も、日本全国はもとより、海外の大学に就職することも選択肢に入れてもいい。少しでも条件の良いところ、活躍できるところに勇気をもって移ることは、次のステップに進むために必須であり、特に若い人にお勧めしたい。

急がれるポスドク問題改善のための政策

行政関係者と「ポスドク問題」についての意見交換を行うと、我が国の予算状況および少子化傾向から、これ以上大学等に国費を使ってポジションを増やすことは難しいと言われる。日本は経済的に豊かな国であることは間違いないので、優先順位が低いとの判断なのであろう。我が国は技術立国を目指しているはずである。しかしそれにそぐわず大学院教育、その後の研究者育成に関しては、非常に手薄である(2015年12月21日永野博氏「オピニオン・授業料? 日本の博士課程制度設計はガラパゴス」参照)。実は博士号取得者が増えたと言っても、その割合も未だ欧米に比べて低く、ドイツ、イギリスの半分程度である。

国の予算の使い方として、高齢化対策はもちろん必要だが、加えて少子化対策や高等教育の充実は我が国の将来の在り方に関わる最重要事項の1つである。また、多額の予算を必要としない「政策」、例えば各種年齢制限の緩和・撤廃、行政での積極採用などでもかなりの部分は解決できる。

日本の将来を救うために、一刻も早く手を打つ必要がある。

昨年、生物科学学会連合会(中野明彦会長)では「生科連からの<重要なお願い>pdfとしてポスドク問題についての小冊子を作成しました。ご興味のある方は是非ご覧ください。

小林武彦 氏

小林武彦(こばやし たけひこ) 氏のプロフィール
東京大学分子細胞生物学研究所・教授、(公財)遺伝学普及会代表理事、日本分子生物学会理事(キャリアパス委員会委員長)、日本遺伝学会幹事、生物科学学会連合ポスドク問題検討委員会委員長。九州大学大学院医学系研究科博士過程修了(理学博士)、米国ロッシュ分子生物学研究所・ポスドク、米国国立衛生研究所・ポスドク、国立基礎生物学研究所・助教授、国立遺伝学研究所・教授を経て現在に至る。著書に「寿命はなぜ決まっているのか~長生き遺伝子のヒミツ~(岩波ジュニア新書)」(2016年)、「ゲノムを司るインターメア~非コードDNAの新たな展開~(編者・共著、化学同人)」(2015年)、「遺伝子が語る生命38億年の謎(共著、悠書館)」(2014年)、「遺伝子図鑑(共編著、悠書館)」(2013)など。専門は「細胞の老化と若返りの分子機構」

ページトップへ