コラム - オピニオン -

[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈18〉慶應義塾大学COI拠点
感性と技術の共存する「もの作り社会」を目指して

慶應義塾大学COI拠点プロジェクトリーダー、株式会社ロングフェロー 代表取締役社長 松原健二 氏

掲載日:2016年3月10日

文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM) 」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第18回は、慶應義塾大学を中核に、人びとの創造力と製造力がインターネットでつながり合い、もの作りのあり様が大きく変革された社会(「ファブ地球社会」)を目指す研究プロジェクトをご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点) を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

松原健二 氏
松原健二 氏

私たちは誰しもが、生きていく上で創造的な営みをしています。工業や流通が発達する以前は、創造的な営みは、自分自身あるいは互いの顔がわかるような近いコミュニティを中心に行われていました。近代∼現代では、もの作りにおいては製造者と消費者の区別が進み、創造性においては消費者よりも主に製造者がその役割を担っています。日々、私たちは製造者が提供するものの中から、柄、色、形、大きさなどを選ぶ生活を送っています。時間や経済の合理性を考えると、それは適当であって今後も継続していくことでしょう。

一方、さまざまな技術、特にデジタルテクノロジーの発展によって、これまでとは比べられないほどの多様性を把握し、個々の特性に対応することが可能になってきました。今後もさらなる進歩が期待されています。個体ごと(人だけではなくペットや物体も含む)、また時間や場所などに応じた多様性を満たすもの作りが自然に行われることによって、創造的な営みが飛躍的に拡がる社会が近い将来に現れると思います。

本拠点では、人の感性や創造力とデジタルネットワークそれにデジタルテクノロジーの製造力が合成した全く新しい社会の創造を目指しており、この社会を「ファブ地球社会」と呼んでいます。現在の製品開発では、多様性への対応として、できるだけ多様性を包含できるような、高機能かつ多品種の製品を企画し、製造し、販売しています。しかし人間の特性として飽くことがないために、多様化に際限はなく、現在の方法での対応でそれを満たすことはできません。多様性はマクロな視点で観察した際に見い出されるものであり、個々のニーズが生じた瞬間に着目すると、そこに多様性はなく一意に定まります。つまり、当事者が主体となって自身のニーズを解決するならば、多様性は問題とはならないのです。

本拠点では、「創造的生活者」という概念を用いています。
創造的生活者とは、これまでの万人向けに大量生産されたものをそのまま受け入れるのではなく、心から満足できるものを自ら作り、それらを使うことで満ち足りた生活を送ることができる、自らの課題を自ら解決しようとする人々を指します。創造的生活者は容易に自然発生的に生じるものではありません。創造的生活者は、さまざまな科学技術や社会制度の支援があって初めて生じるものであり、支援すべき要素を「わかる力」「創造する力」「広げる力」の3つと捉えています。

●わかる力
必要とされているものを理解したり、作られたものをより良くするために必要なことを発見したりする力。そのためには、問題や課題の発見を支援する仕組みや、人の感性を理解し、ものづくりに応用できるようにするための仕組みが必要となります。

●創造する力
具体的に何かを創り出す力。3Dプリンタやレーザーカッターが進化し、デジタル製造装置の普及が進むことによって、個人ではなかなか難しかった複雑なものを作ることが可能になります。しかしデジタル製造装置があったとしても、それを使いこなすには訓練と経験が必要です。人がデジタル製造装置を意図のままに利用できるようになるためには、まだまだ多くの課題を解決しなければなりません。

●広げる力
作られたもの、ものの作り方を社会で共有する力。自分で必要なものを作ることができるようになったとしても、それを他人に使ってもらうことは簡単ではありません。製造物に関する責任法(PL法)や、著作権などの多くの課題が存在しています。現在の社会のシステムは、製造者と消費者という枠組み、また大量生産と流通を前提としています。個人がものを自ら作り、他人に使ってもらったり、他人に作り方を伝えたりするためには、新しい社会制度の設計が必要となります。また、IoT(Internet of Things)などによって、人の行動が情報として扱えるようになると、プライバシーへの配慮も必要となります。ファブ地球社会では、人びとがそれぞれの得意なことを持ち寄ってチームで動くことが活発になるでしょう。その際にはチームビルディングやコミュニケーション、マネジメントなどを実現するためのスキル、メンバーを募るコミュニティが必要となってきます。

「わかる力」「創造する力」「広げる力」、この3要素が図のように循環することにより創造的生活者が育成され、その輪が広がることを目指しています。

創造的生活者を支援すべき3つの力の要素とそのサイクル
図1.創造的生活者を支援すべき3つの力の要素とそのサイクル

さて、プロジェクトリーダーとして個人の目標にも触れたいと思います。一言でいえば、「これまでにないアカデミア発の社会実装」です。COIは社会実装を特徴としていますが、本拠点では社会実装を、本拠点に属するメンバーが牽引者となり、企業・行政・NPO等を巻き込み、本拠点の成果を事業やサービス等として興し、それが継続する仕組みを作り上げ、ニッチに留まらず社会的な広がりを進めること、としています。

山形大学サテライトによる市民・小中高生向け:米沢駅2F「駅ファブ」
写真1.山形大学サテライトによる市民・小中高生向け:米沢駅2F「駅ファブ」
慶應義塾大学拠点ソーシャルファブリケーションラボ
写真2.慶應義塾大学拠点ソーシャルファブリケーションラボ

私は産業界で30年近く仕事をしていますが、その間たびたびアカデミアにて教育および研究活動に参加する機会を得ました。我が国においても産学連携というフレーズは良く使われますが、デジタル技術においては、インターネットのような成功を収めた例はまだまだ少なく、産と学それぞれに大きな課題があると感じています。その課題を言い訳にするのではなく、課題を乗り越えていくことを成し遂げたいと思います。企業の経営とアカデミアのプロジェクトの取りまとめは、二束の草鞋(わらじ)のように映るかもしれませんが、私の周囲の経営者は大抵いくつもの社内外のプロジェクトを抱え活動しています。バランスを図りつつ、これまでの経験を活かしてお役に立つことができれば、私にとって望外の喜びです。目指す頂を高く掲げ、これからのCOI活動に励みたいと思います。

松原健二 氏

松原健二(まつばら けんじ)氏のプロフィール
1986年東京大学大学院情報工学系修士課程修了。株式会社日立製作所入社、メインフレーム・スーパコンピュータのCPU開発を担当。97年 日本オラクル株式会社入社、データベース開発、新規事業を担当。2001年株式会社コーエー(現コーエーテクモゲームス)入社、オンラインゲーム・モバイルゲーム事業を担当。07年 同社代表取締役社長COO。09年テクモ株式会社との経営統合に伴い、株式会社コーエーテクモホールディングス代表取締役社長CEO。 11年 ジンガジャパン株式会社代表取締役社長CEO。14年株式会社セガネットワークス取締役CTO。15年株式会社セガゲームス取締役 コンシューマ オンラインカンパニーCOO&CTO。04年 東京大学大学院情報学環特任教授。JST CREST・さきがけ「デジタルメディア作品の製作を支援する基盤技術」アドバイザー。07年コンピュータエンターテインメント協会副会長、技術委員会委員長。12年東京大学生産技術研究所特任研究員。15年明治大学総合数理学部客員教授。15年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授

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