コラム - オピニオン -

[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈13〉東京藝術大学COI拠点
芸術と科学技術の真の融合で1+1=3を生み出す

東京藝術大学 Arts & Science LAB. 機構長・JVCケンウッド メディア事業統括部産官学連携統括部長 菅原隆幸 氏

掲載日:2015年12月14日

文部科学省と科学技術振興機構(JST) は、2013年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM) 」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン) を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンの下、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第13回は、東京藝術大学を中核に、「『感動』を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション」の創出に取り組む菅原隆幸氏にご意見をいただいた。芸術家の審美眼や感性が最先端の科学技術と結びつくと何が生まれるのか。その醍醐味を探る研究開発のビジョンをご紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI) プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点) を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI) プログラムのページを参照。

菅原隆幸 氏
菅原隆幸 氏

本拠点は、芸術と科学技術の融合によって次世代のインフラとなる豊かな文化的コンテンツの開発を行い、教育産業を通した文化教育コンテンツの社会実装ならびに国際関係の構築に資する文化外交アイテムの社会実装を目指しています。具体的には、「感動」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーションをテーマに、芸術、歴史、科学分野の成果を統合した高精度な文化財複製や映像コンテンツの制作による、新しい産業の創成とさまざまな教育体験システムの構築などの「文化を育む」研究を行います。また、ロボットを活用した教育、医療、福祉への貢献と、芸術に触れる感動を障がい者から学び、全ての人たちに夢をもたらす共生社会の実現を目指す「心を育む」研究を行います。さらに、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、スポーツと芸術を通して新たな「感動」を創造するコンテンツおよびプログラム策定の計画を立案し、日本の多様かつ斬新な文化資源のより効果的な活用・発信方法を実践していきます。

美術・音楽・映像・身体表現という五感を有する芸術表現を培ってきた東京藝術大学を中核機関とし、大阪大学、名古屋大学、京都大学、NICT(情報通信研究機構) 、そして、教育産業や情報産業に専門性を有する企業として、JVCケンウッド、ベネッセホールディングス、YAMAHA、ソフトバンク、Makers’ Base、NHKエンジニアリングシステム、NHKエンタープライズ、NHKプロモーション等との産学連携による組織が結成されました。拠点で開発されたコンテンツやアプリケーションは、広く国内外での社会実装を図っていきます。義務教育、高等教育、社会教育をはじめとして福祉や医療、さらに国際理解という多領域にわたって社会実装を行い、芸術(感動) の力による日本の文化立国と国際的な共生社会の実現を目指しています。また、そこで培う産業技術も、多様化する今後のビジネスモデルの中軸として、2020年以降の社会に継続して広がっていくモデルを考え、発展させることを目指しています。

初の芸工連携が生み出す醍醐味(だいごみ)

本拠点の最大の特色は、感動という人に生まれる感情を、共感覚イノベーションを用いて社会実装するという、芸術と科学技術のほぼ初めてといえる芸工連携です。医工連携も多様性を必要とする難しい分野であることに違いはありませんが、医療分野にはその検査器や医療器具に電気・電子技術やコンピューター技術が多用されており、医療技術者の存在が科学技術者との接点として大きく関係していたといえます。しかし芸術の世界では、今でこそ3次元スキャナーやプリンター、CGアニメーションなどの電子機器が導入されているものの、芸術表現はそれを使いこなすユーザーの枠を超えていない、すなわち、芸術が人に与える感動と、その感動を再現する科学技術を本当の意味で融和するのは大変な苦労があると、経験を通して実感しました。

例えば、絵画をスキャンしてアーカイブし、そのデータを(著作権等は適切な処理がなされているとして) 配信するサービスを行ったとします。そして、その出口には非常に高精細な表示装置が存在し、感動的なコンテンツを表現できたとします。これはとても素晴らしいことですが、あくまで個人プレイが連続しただけのシステムです。つまり1+1=2の効果しか生まれていません。

もう少し具体的な例を挙げると、デジタルアーカイブデータをスケーリングして扱う場合、科学技術では画素と画素の間を拡大して補間する際、これまでの常識ではその間のデータを周りのデータから作り出す内挿フィルターを用いて数画素分の係数あるいは数十∼数百画素分の係数ものデジタルフィルター演算を行って内挿をします。しかしながら本拠点では、その内挿をあえて「アナログ」で行います。すなわち人間の(つまり、対象となる絵画の歴史背景やその時代にあった色、模様、さまざまな芸術的センスから生まれる人間の) 手描きでデジタル画素の間を補完し、デジタルとアナログのハイブリッドな融合を生み出しています。そうすることで1+1=3になります。単なる合理性を追求しただけではない、かといって人間が全てをアナログで行うのではない、そういう方法を「逆転の発想」で考え実行しているのが、本拠点の特徴の一つといえるでしょう。その成果の一例が、法隆寺の壁画復元でした。(写真)

法隆寺の壁画復元

1949年に火災により焼損した12面の壁画を、焼損前に撮影されたガラス乾板やコロタイプ印刷、過去の画家による模写資料を基に、最先端のデジタル技術によって画像を統合し、藝大の持つ文化財複製特許と芸術家の審美眼と造形感覚を持って再現したのです。これまで何十年もかかった模写や、簡易なレプリカとは異なり、オリジナルの質感や芸術性を備え、かつ数カ月で再現することが可能となりました。さらには日本が誇るアニメーション技術を駆使し、最先端のスーパーハイビジョン(8K) プロジェクターを用いて、超高精細画像を和紙のスクリーンに映しその神秘性を再現したことも、また、新しい試みでした。

このように、先端科学技術と芸術家の能力がひとつになって生み出される「1+1=3」の効果こそが、産学連携の醍醐味であると思います。今年はボストン美術館のスポルディングコレクションの浮世絵で、高精細複製を500%に拡大し微妙な凹凸質感を再現したハイカラ展「ジャポニズムの覚醒」を皮切りに、さまざまな展示を行ってきました。これらを単なる展示で終わらせることなく、進化させオリジナルを超えた感動を生み出すのが最終目的です。8月に行われたJSTフェアでは、その成果の片鱗をたくさんの来場者の皆様にご覧いただきました。実際にご覧いただくことで、教育分野では子供たちが身近で見て、触って、芸術の心を育むであろうこと、そしてこの複製が世界の複数個所で展示できるようになること、あるいは物理的な実態のある絵画や彫刻とともに、電子データの配信によるバーチャルな表現により、国と国の交流の中で生まれる文化を育むようになることなどを、具体的にイメージしていただける場となりました。

下の写真の中央手前には、エドゥアール・マネの「笛を吹く少年」が、2次元の絵画の世界から3次元の立体像として飛び出しているのが見えます。この作品は、平面の絵画が緻密に再現され、かつ、時代背景と芸術家の審美眼と造形感覚に基づく想像によって側面や背面が描出されたことにより、素晴らしい芸術性を保った状態での立体化に成功しています。

写真の中央手前には、エドゥアール・マネの「笛を吹く少年」が、2次元の絵画の世界から3次元の立体像として飛び出しているのが見えます。

戦略が理想を小さくしてしまわないための配慮

さて、私は先に、本当の融和した連携とは、1+1=2ではなく1+1=3になると表現しました。これまで日本の技術開発は、すでにある技術を進化させる「演繹的」な流れによって、より早く、より軽く、より安く、というような積み上げ方式が大半であったと思われます。しかし、このCOIでのバックキャスティングの方法は、先に2020年やその先の社会を見据えて、あるべき社会の姿や発生する課題を想定し、それを解決するために何をするかという「帰納的」な流れによる考え方です。そして、目指す姿とのギャップをどう埋めるか、が「戦略」です。

その際、往々にして技術者の都合により意図的(恣意的) に目標が設定されてしまうケースもあります。しかし、藝大拠点では帰納的なバックキャスティングの議論を原則として考えつつも、その解決方法は実現性の有無をまずは考慮しないで、ブレインストーミング的に究極の理想案をできる限り多く吸い上げます。アイデアに制限はないのです。

最後に、芸術家の先生方の発想の一端をご紹介します。彼らの「解」すなわち「あるべき姿」は、その課題を意識したときにもう頭の中にあります。そしてさまざまな表現方法で豊かな発想が表出します。企業や技術者はそのアイデアに触発され、テーゼとアンチテーゼがぶつかり合ってアウフヘーベンが生まれてくるような、豊かな感性を持つ時代が来たなと感じます。矛盾するものをさらに高い段階で解決してこそ、多様性の究極の刺激であろうと考えます。

一方で、最後まで理想だけを求めて研究開発をするのではなく、社会実装できることが大きな目的であることも忘れずに、現実的な課題を解決することが重要です。バックキャスティングの対象となる未来の社会の姿という仮説を、常に検証することが大事だと考えます。第 3 の思考方法でもあるアブダクション(仮説形成法) を用いて、芸術と科学技術の専門家が「感性のある粋な仮説」を推論し、検証しながら社会を見抜いていく議論も進めています。この記事をご覧の皆様も、ぜひこのような議論やワークショップに参画なさって感性を刺激し、共感する感動をご体感ください。

菅原隆幸 氏

菅原隆幸(すがはらたかゆき) 氏のプロフィール
1964年生まれ。東京都出身。1986年筑波大学自然学類物理学専攻卒業後、日本ビクター(株) 研究開発本部総合技術研究所に入社。以来、MPEG1/MPEG2 ISO国際標準化メンバー、ITU国内通信規格標準化委員、郵政省AVS特別専門委員会委員として活動し、DVD、D-VHS、Blu-rayDiscなどのメディア規格、ARIB/DTV/ATSCなど世界中のデジタルTV放送規格の技術400件余りの登録特許を発明。その後、R&Dの中でも主に近未来技術を研究開発し、以降、現在の(株) JVCケンウッドにて技術戦略、知財統括、ソフトウエア革新工場長、イノベーション推進部長などの責任者を経て、現在、同社メディア事業統括部産官学連携統括部長として従事。電子情報ハンドブックやJASジャーナルなど多数執筆。国家資格二級知的財産管理技能士。メンタルケア心理士(メンタルケア学術学会) 。心理カウンセラー(JADP) 。横浜市サイエンスフロンティア高等学校科学技術顧問。東京藝術大学非常勤講師。

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