コラム - オピニオン -

COP21をきっかけとしてゼロ炭素社会への方向転換を

京都大学名誉教授 松下和夫 氏

掲載日:2015年11月27日

はじめに

松下和夫 氏
松下和夫 氏

来る11月30日から12月11日まで、フランスのパリで国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催され、気候変動の危険な影響を防ぐため、2020年以降の新しい温暖化対策の国際的枠組みへの合意が期待されている。パリでは11月13日、129人もの死者が出る大規模な同時多発テロが勃発したが、バルス首相は、「COP21」は予定通り行う、と述べ、テロに屈しない姿勢を強調している。

現代の世界では異常気象が日常化し、毎年これまで経験したことのない集中豪雨、台風、土砂災害や大規模な森林火災による被害などが報道されている。私たちは既に気候変動の影響を実感せざるを得ない時代に踏み込んでしまったのである。パリの会議では、気候変動の原因である温室効果ガス排出量の大幅な削減(緩和策)を国際的に進めるとともに、それでも進行してしまう気候変動の影響に対処していくための対策(適応策)について、世界のすべての国が参加する公平かつ実効的な国際的枠組みへの合意が求められている。

1、 求められるゼロ炭素社会への移行

2014年10月に公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第5次評価報告書は、二酸化炭素(CO2)の人為的な排出の累積総量と温度上昇が比例関係にあり、21世紀末までにゼロ炭素社会への移行が避けられないことを明確にした。

現在世界は、平均地上気温を産業革命前と比較して2℃未満に抑える目標を掲げている。2℃を超えると、環境や経済に世界全体で取り返しのつかない被害が予想されているからだ。この目標を比較的高い確率(66%)で実現するために許容される温室効果ガス排出総量は、約1,000ギガトン(炭素換算、1ギガトンは10億トン、以下同じ)であり、他の温室効果ガスを考慮すると人類に許容されるCO2の排出量は約790ギガトンである。ところが2011年までに既に約515ギガトン排出してしまっており、残りの許容排出量は275ギガトンとなる。一方、2012年の排出量(実績)は9.7ギガトンなので、現状の排出傾向が続くと約30年で許容排出量を使い果たしてしまう。

IPCC報告書によると、気温の上昇を2℃未満に抑制するためには、2050年には2010年と比べ世界全体で排出量を40∼70%削減し、2100年にはゼロまたはマイナスにしなければならない、とされている。すなわち21世紀末までに世界は温室効果ガスを出さない社会(ゼロ炭素社会)に移行しなければならないということである。

2℃目標実現に必要な許容排出量は、世界全体で目標達成のために許される炭素の量(炭素バジェット、炭素の予算)の上限を示す。すなわち2℃未満という目標を達成するために世界全体で排出できる総量には限界があり、しかもその限界が既に近づいているのである。2℃目標達成のためには、残されている許容量をできるだけ節約し、人類に残された猶予期間(現状では30年)を50年あるいは100年にまでなんとか引き延ばし、その間に温室効果ガスの排出を早急に減らし、吸収量の範囲内に抑えるゼロエミッションの社会(ゼロ炭素社会)に移行することである。

この目標達成には、大きく分けて三つのアプローチがある。(1)化石燃料の生産及び消費を短期間のうちに段階的に削減(フェーズアウト)させること(2)再生可能エネルギー発電設備導入量を拡大すること(3)エネルギー効率向上のため措置を実施すること、である。

脱炭素社会への動きは既に始まっている。再生可能エネルギーは、世界の最終エネルギー消費の19%を供給している(2012年の推計値、自然エネルギー世界白書2014)。風力発電は3億7,000万キロワットになり、原発と肩を並べている。今日世界で新設される電源の6割以上は再生可能エネルギーによるものである。雇用面でも2013年には世界中で約650万人が直接・間接に再生可能エネルギー分野で働いていると推計されている。ちなみに、本年6月のドイツ・エルマウでの先進国首脳会議(G7)宣言では、世界全体の温室効果ガス排出削減目標に向けた共通のビジョンとして、「2050年までに2010年比でIPCC提案の40%から70%の幅の上方の削減とすること」に合意すると同時に、グローバルな低炭素経済の実現についても首脳たちはコミットしている。

COP21に向けて、各国はそれぞれ気候変動に関する自国での取り組みに関する約束草案(INDC)を提出している。しかしながら提出された各国の目標は、国連環境計画(UNEP)の推計によると、すべてそれらが達成されたとしても2℃目標達成には程遠い。従ってCOP21での合意では、こうした削減目標を登録し実施するだけでなく、将来に向け、世界各国の努力の水準を引き上げていくための仕組みを組み込むことも必要である。そのためパリ合意には、各国が自主的に決定する2020年以降の目標について、意欲度の継続的な向上を促す5年ごとの評価・検証サイクルの設置を含むべきである。また、現在のINDCは多様であるので、それらを正しく理解し比較するとともに、意欲を引き上げる継続的努力の仕組みが不可欠である。

2、日本の取り組みと約束草案

日本政府は、2015年7月17日に、「日本の温室効果ガス排出量を国内の排出削減・吸収量の確保により、2030年度に2013年度比26.0%減(2005年度比25.4%減)の水準(CO2換算量で約10億4,200万トン)にすることとする」との約束草案を決定し、国連気候変動枠組条約事務局に提出した。この背景となる2030年の電源構成(エネルギーミックス)は、原子力20∼22%、再生可能エネルギー電力22∼24%、石炭火力26%、天然ガス火力27%、石油火力3%である。日本の目標は、1990年比に換算すると、約18%の削減である。

温室効果ガス削減目標の設定に当たっては、(1)深刻な気候変動影響を避けるために地球全体で必要とされる削減水準(2)先進国としての日本の「衡平な」削減水準(3)技術的・経済的にどの程度削減が可能か(削減可能性)、の三つの視点が必要である。我が国の目標はいずれの観点からも不十分である。ドイツの研究機関連合体である「Climate Action Tracker(CAT)」は、カーボン・バジェットと、複数の公平性指標の組み合わせにより、各国のINDCの客観的な評価を行っている。CATの評価によると、日本の評価は、「不十分」(inadequate)となっている。そして日本政府の主張も説得力が不十分との評価をしている。

日本は閣議決定された第4次環境基本計画の中で2050年80%削減の目標を掲げているが、2012年から2050年まで直線的に80%の排出削減を進めると仮定した場合、2030 年時点では約38%の削減となる。今回の約束草案は、2012年度比では約25%の削減であり、環境基本計画との整合性がとられていない。背景としてのエネルギーミックスにも問題が多い。省エネ、再エネの見込みが小さすぎること、そして原子力発電20∼22%は非現実的な想定である。また石炭火力を現状より増やし26%とすることはCO2排出量を考慮すると過大である。現在日本では次々と石炭火力の新設計画が出されている。ところが、石炭発電の使用電力量当たりのCO2排出量は、最新型でも、「約800g- CO2/kWh」(1キロワットの電力を1時間分発電する際に排出する二酸化炭素量が800グラム)、一方、天然ガス火力発電所は、最新コンバインドサイクルで約350- CO2/kWhなので、2倍以上となっている。さらに今後世界的に2℃目標達成に向け化石燃料資源の利用が制限された場合、石炭等の確認埋蔵量のかなりの部分が「座礁資産(回収できる見通しのない資産)」となる可能性があり、これらの化石燃料の使用を前提としている火力発電所なども、座礁資産となる可能性があるとの指摘もされている。

さらに、再生可能エネルギー電源を2030年に22∼24%とするという目標は、現時点で固定価格買取制度の設備認定をされている再生可能エネルギー発電設備の総計をわずかに上回るレベルにすぎない。再生可能エネルギーについては高コストとされているが、今後普及に伴いコストは低下するので、それを見込んだ内容とすべきであろう。さらに、コストのみではなく、再生可能エネルギーを軸とした地域の創生や誘発される雇用や新産業などプラスの面も考慮すべきである。現状のままでは今後、世界経済が「脱炭素化」に向かう中で、日本の低炭素にかかわる分野での技術的な優位性や競争力を低下させていく恐れがある。

3、COP21をきっかけとしてゼロ炭素社会への方向転換を

早くから地球環境危機に警鐘を鳴らしてきたレスター・ブラウンは、近著「大転換:新しいエネルギー経済のかたち」で、「今や化石燃料と原子力から再生可能エネルギーへの大転換は大きな流れとなっている」と述べている。この潮流に背をそむける国には未来はない。

すぐれた社会システムと科学技術と倫理観を持っているはずの日本は、人類の未来に極めて重大かつ不可逆的な脅威となる気候変動に対し、正面から真摯(しんし)に立ち向かい、国際社会からの期待に応えるべきである。日本のような先進国は、気候変動に関し責任が重くかつ能力がある。持続可能な低炭素型の発展のモデルを構築し、温暖化の影響に脆弱(ぜいじゃく)な発展途上国に対して、資金や技術支援を行うべきである。では温室効果ガス排出量をはじめとした環境への影響をできる限り抑え、人々の厚生を持続的に維持・向上させることはどうすれば可能だろうか。

まずは早急にローカーボン成長(低炭素型経済成長)へ転換することである。産業革命以来の先進国を中心とした経済発展はハイカーボン成長(化石燃料依存型成長)であった。ハイカーボン成長では高い経済成長と大量の化石燃料消費の深い関係が維持され、化石燃料の大量消費はCO2の大量排出につながり、温暖化を加速する。それに代わる発展モデルがローカーボン成長であり、化石燃料消費削減とCO2排出削減を実現しながら、人々の生活の質の維持と向上を実現させるものである。

ローカーボン成長の鍵になる政策が、経済成長と化石燃料との密接な関係を引き離す(デカップリング)政策であり、具体的には炭素の価格付け(カーボン・プライシング、炭素税や排出量取引などの手段によってCO2の排出に適正なコストを負担させること)である。また、再生可能エネルギー目標や省エネルギー目標の設定は、単に気候変動政策にとって必要であるだけでなく、毎年15兆円〜20兆円にも上る海外からの化石燃料購入費用を減らし、新しい産業の成長にも寄与し得る。さらに多くの地方自治体では地域創生の軸として再生可能エネルギーの拡大を位置づけ、そのことによって地域の活性化、雇用の拡大、域外への化石燃料購入費用の削減を進めている。

ローカーボン成長政策の下での再生可能エネルギーや燃料電池車などのグリーン産業への投資による産業構造・ビジネススタイルの転換、福祉・教育・芸術等への投資によるライフスタイルの転換、さらにはゼロエネルギー住宅への転換を含む住宅投資とそれにより誘発される太陽光発電、家庭用コジェネレーション設備、家庭向けエネルギー監視システム用スマートメーターなどの普及によって、質が高く豊かで活力に富んだ社会を目指すことできる。

また、気候変動対策の推進とそれに伴うイノベーションの展開は、日本経済の基盤と国際的な競争力の強化にもつながる。気候変動対策に先導的に取り組み、より省エネで省資源型の経済構造を構築することが、国際的低炭素市場での競争力をつけることになり、資源高騰による交易条件の悪化にも対処できる。低炭素という競争力をつけた企業は、拡大していく世界の低炭素市場でも優位な地位を確保し、発展途上国や新興国の低炭素社会づくりに寄与することが期待できるであろう。

松下和夫 氏

松下和夫(まつした かずお)氏プロフィール
京都大学名誉教授、東京都市大学客員教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立て審査役。1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)勤務。2001年から2013年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。環境行政、特に地球環境・国際協力に長く関わり、国連気候変動枠組条約や京都議定書の交渉に参画。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。
主要著書に、「地球環境学への旅」(2011年)、「環境政策学のすすめ」(2007年)、「環境ガバナンス論」(2007年)、「環境ガバナンス」(市民、企業、自治体、政府の役割)(2002年)、「環境政治入門」(2000年)、監訳にロバート・ワトソン「環境と開発への提言」(2015年)、レスター・R・ブラウン「地球白書」など。

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