コラム - オピニオン -

水素利用本格化させる欧州 エネルギー多元化に向け

東京財団 研究員、低炭素社会戦略センター 客員研究員 平沼 光 氏

掲載日:2015年10月9日

平沼 光 氏
平沼 光 氏

2015年8月15日、欧州第2位の規模を誇るドイツの電力会社RWE社から興味深いプレスリリースが公表された。RWE社は再生可能エネルギー(以下再エネ)の余剰電力を使って水の電気分解を行い、それにより発生した水素ガスを天然ガスパイプラインに混入して利用するパワー・ツー・ガス(Power to Gas、以下P2G)のプラントをドイツのNRW州Ibbenbürenに設立し、商業化に向けた本格的な開発を始めるというのだ(図1参照)。

なにやら複雑な話だが、中学校の理科の授業で行った水に水酸化ナトリウムを加えて電流を流すことで、水を水素と酸素に分解発生させた実験を思い出していただければ理解しやすいだろう。P2Gとは中学校で行った実験と同じ原理で水から水素を取り出し、それをエネルギーとして利用するものだ。

水素は天然ガスの成分であるため天然ガスパイプラインに混入したり、水素そのもののを燃焼させて発電を行うなどさまざまな用途がある。日本では水素というと天然ガスから取り出した水素を家庭用燃料電池や燃料電池車(FCV)の燃料にすることなどがまず思い浮かぶが、欧州では再エネの余剰電力を使い水から水素を作り出し利用するP2Gの実現に向けて、その技術開発が本格化している。

欧州がP2Gに取り組む理由
図1.欧州がP2Gに取り組む理由

欧州がP2Gの開発に取り組む理由は何か。それは2030年までに欧州のエネルギー消費全体における再エネ導入比率の目標を最低でも27%にする、という高い目標を掲げる欧州連合(EU)の政策方針に対応するためにほかならない。EUが掲げる再エネ比率27%とは、エネルギー消費全体におけるものであって電力だけの目標ではないが、EUによるとこの目標は電力部門における再エネ比率を現在の21%から2030年には45%に成長させるものとしている。

欧州では国内資源である再エネを活用しエネルギーの多元化を図ることで資源エネルギーの海外依存を減らすエネルギー安全保障上の必要性や、発電由来の温室効果ガスを削減する気候変動問題への対応、そして再エネを含めたクリーンエネルギー分野の産業育成などを目的に再エネを大量導入していくことが方針となっている。

一方、気候や天候といった気象条件により発電が変動する風力や太陽光などの再エネを高い比率で導入するためには、再エネ発電による余剰電力が発生した場合それを蓄え、また必要な時に蓄えた電力を利用できる柔軟なエネルギー需給システムの構築が必要になる。現在再エネの余剰電力は蓄電池に蓄えるなどの対処法があるが、将来的な再エネ導入量の増加に伴う蓄電量の増加や蓄電効率、そして用途の多様性を考えると電力(Power)を水素(Gas)という形に転換して蓄える方が柔軟性が高い。そのため欧州ではP2Gの技術開発が本格化しているのだ。RWE社のプレスリリースでは、P2Gは再エネの大量導入に伴う変動に対応する模範的な解決策になるとしている。

P2Gの本格的な開発はRWE社に限って行われているわけではない。欧州4位の規模を誇るドイツの電力会社E.on社は、ドイツ東部のFalkenhagenに風力発電の電力を水素に転換し天然ガスパイプラインに注入するパイロットプラント”WindGas Falkenhagen”を建設し、2013年8月より運転を始めている。このパイロットプラントの発電設備容量は2MW(2,000キロワット)で、毎時360立方メートルの水素の生産とガスパイプラインへの注入が実際に行われており、欧州では来るべき再エネの大量導入時代に向けて電力の主な担い手である大手電力会社がP2Gの技術開発を具体的に進めている状況にある。

P2G技術の国際標準化も進める欧州

そればかりではない。欧州ではP2Gの将来的な市場の拡大を見通し、競争力確保のため開発するP2Gの技術を国際標準化することまで視野に入れて取り組んでいるのだ。P2Gなどの新たなエネルギー技術が生み出され、それがグローバルに広がり市場を形成していくという過程においては、新たに開発される技術が各国バラバラのものでは国を越えた普及・流通において障壁となりかねない。

そのため、技術の国際標準化が必要となってくるが、WTO(世界貿易機関)のTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)では、「WTO加盟国は強制/任意規格を必要とする場合において、関連する国際規格が存在する場合は、その国際規格を自国の強制/任意規格の基礎として用いらなければならない」としており、原則としてISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)など公的な国際機関で作成された国際規格を自国の国家標準においても基礎とすることが義務付けられている。そのため自国で開発したエネルギー技術を他国に先駆けISOやIECにおいて国際標準化し、自国の技術の国際普及を図りグローバルマーケットを獲得しようという動きが活発化している。

昨年10月に開催された欧州の技術標準化政策を議論するワークショップ“Putting Science into Standards(科学技術を標準化に)”ではP2Gがメインテーマとして議論されるなど欧州ではP2G技術の開発だけではなくその国際標準化への動きも活発化している。ワークショップ“Putting Science into Standards(科学技術を標準化に)”は、欧州委員会(EC)と欧州を代表する標準化機関である欧州標準化委員会(CEN)、欧州電気標準化委員会(CENELEC)が共催するワークショップで、欧州の科学技術を国際標準化することで経済競争力と環境持続性、そして安全保障に役立てることを開催趣旨としている。

10月に開催されたワークショップには欧州各国の大手電力会社、電気機器メーカー、研究機関などP2Gに直接関係のある実務者で構成される欧州エネルギー貯蔵協会(EASE)も参加しており、P2Gの国際標準化と事業化に向けた具体的な議論が展開されている。

日本のP2Gの開発動向

P2Gの技術開発、そして国際標準化の動きを活発化させている欧州だが、日本の状況はどうであろうか。日本における再エネの電力を利用したP2Gの本格的な実証実験の一例としては環境省が長崎県五島市の椛島(かばしま)沖で2013年10月から行っている 「浮体式洋上風力発電」の実証実験において、その余剰電力を利用して水素を製造・貯蔵・利活用する実証実験が2015年4月から行われている。

洋上は陸上に比べて風力発電に適した風が吹くことから洋上風力は日本の再エネ資源の最大のポテンシャルとなっているが、日本の周辺海域の水深は深いため海底に風車の基礎を築くのが困難な条件下にある。そのため「浮体式洋上風力発電」は、海底に風車の基礎を築くのが困難な条件下でも風力発電が行えるよう風車を海に浮かべて発電する特殊な発電施設だ。現在さまざまな国で「浮体式洋上風力発電」の開発は進められているが、その余剰電力を利用したP2Gの実証実験は世界でも珍しい。

環境省が行っている実証実験では、(1)浮体式洋上風力発電の余剰電力を利用した水の電気分解により水素を製造・貯蔵して燃料電池車や燃料電池船の燃料として提供する実験と、(2)製造した水素を貯蔵・運搬しやすくするため液体のMCH(メチルシクロヘキサン)に転換し、離れた場所に海上輸送して利用する実験が行われている(図2参照)。

こうした実験を通して、再エネによる余剰電力が貯蔵・運搬が可能で消費のタイミングや場所にとらわれない水素として利用されるようになれば、再エネ発電の変動対策に大いに役立つとともに日本の最大の再エネポテンシャルである洋上風力の活用にも近づくであろう。

椛島・福江島での実証実験全体外略図
図2.出展:筆者作成

周回遅れになりかねない日本のP2G開発

しかし、残念ながらこのP2Gの実証実験は浮体式洋上風力発電の実験終了期限となる本年9月で終了となる。実験開始からわずか半年という短い期間での終了である。浮体式洋上風力発電については実験終了後の活用について実験地の自治体で検討がなされているが、P2Gのプラントについては今後の具体的な活用の方向は見えていない(2015年9月現在)。

日本における再エネの電力を利用したP2Gの開発はこの他に、電気機器メーカーが自治体と組んで行っている災害時における避難施設への電力供給を目的としたP2Gの実証実験などが散見されるが、いずれも欧州のそれと比べると規模の小ささは否めない。

欧州が力を入れているP2G技術の国際標準化の舞台においても、果たして日本の意見をどこまで反映させることができるか油断できない。P2G技術の国際標準化については水素技術の国際標準化を担っているISO(国際標準化機構)の技術委員会197(TC197)で議論されている。ISOのような国際標準化機関の中で自国に有利な議論を進めるためには、その技術委員会(TC)やTCの中に技術テーマごとに設置されるワーキンググループ(WG)において幹事国や議長といったポストに就くことが重要である。

しかし、日本はいくつかのWGのポストは確保しているものの大本の委員会であるTC197のポストはカナダ勢で占められている他、多くのWGのポストも欧米勢で占められている状況にある。ポストを確保する以外に国際標準化機関の中で発言力を高める方法としては実証を基にした技術データーを他国より豊富に持つことで技術的知見から発言力を高める方法があるが、前述の通り日本の実証実験は欧州に比べてその規模は小さい。欧州と比べてみると日本のP2G開発はかなり見劣りするが、そもそもP2Gに対する認識も欧州と日本では温度差がある。

前述の通り欧州は2030年の電源構成比における再エネ比率45%という高い見通しのもとエネルギー多元化の実現に向けた政策方針を立て、そのために必要な技術としてP2Gをはじめとするさまざまな技術開発を具体的に進めている。一方、先ごろ公表された日本の2030年の電源構成を見通した「長期エネルギー需給見通し」における再エネの構成比率は22~24%程度と欧州のおよそ半分である。この点から考えても日本は欧州に比べてP2Gを開発する動機が弱いと考えられる。

経産省が昨年6月に公表した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を見ても再エネを活用したP2Gの実用化は2040年ごろとされており、欧州が2030年を目指して動いていることを考えると日本のP2G技術開発は欧州に10年も遅れることになる。

NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「水素エネルギー白書」では「世界の水素インフラの市場規模は、2020年には10兆円を超え、2030年には40兆円弱、2040年には80兆円、2050年には160兆円になる」とする民間研究所の試算を紹介している。当然、P2G分野も大きな市場となることが予測されるが日本の今のままでの開発・普及スピードでは周回遅れになり市場の多くを失うことになりかねない。

P2G開発の遅れは燃料電池車(FCV)の普及にも影響を及ぼしかねない。日本では走行時に二酸化炭素(CO2)を排出しないゼロエミッションでクリーンな車としてトヨタが世界に先駆けて市場に投入した水素を燃料とする燃料電池車(FCV)に注目が集まっている。しかし、FCVの燃料に使われる水素は今のところ天然ガスから生産するのが主流であり、その生産過程ではCO2が発生することから今のままではクリーンな車というコンセプトを十分に活かし切れず、その普及に影響が及ぶ。

そればかりか天然ガスという化石燃料への依存度も低下せずエネルギー安全保障という点でも課題を抱えることになる。燃料電池車(FCV)の開発・普及に取り組む自動車メーカーでは、こうした課題に対処するためには燃料となる水素を再エネの余剰電力による水の電気分解で製造することが目指すべき将来像とされている。

再エネを活用したP2Gの本格的な実証実験を

再エネを活用したP2Gの開発は米国でも活発化しそうだ。2015年4月14日、米エネルギー省直属の再エネとエネルギー効率に関する研究開発を行っている国立再生可能エネルギー研究所 (NREL)は南カルフォルニアガス会社(SoCalGas)、国立燃料電池研究センター(NFCRC)と協力して米国初となる再エネを活用したP2Gの実証実験プロジェクトをカルフォルニア州で始めることを公表した。欧州同様に米国カルフォルニア州は2030年の電源構成比における再エネ比率を50%にするという高い目標を掲げており、再エネ発電の余剰電力の貯蔵は重要なポイントになっている。

米国オバマ政権は再エネをはじめとする国内エネルギーを最大限活用することでエネルギーを多元化し、エネルギーコストの低減とエネルギーの海外依存の低減、そしてエネルギー産業の活性化を図る”All of the above”というエネルギー政策を押し進めている。NRELはこのプロジェクトについて「再エネの利用範囲を広げるとともに再エネ発電の電力貯蔵のコストを下げるユニークなものになる」としている。

欧州のみならず米国でもその開発が活発化しつつある再エネ利用のP2Gであるが、前述したように日本の動きは欧米諸国と競っていくには十分とは言えない。P2G開発の遅れは将来のP2G分野の市場を失う危険性だけではなく、再エネの発電変動への追従性能という電力系統全体に関わる技術での遅れにもつながりかねない。欧米に比べて2030年の電力構成における再エネ比率が低く既に差がついているとも言える日本であるが、家庭用燃料電池や燃料電池車(FCV)をいち早く市場投入し水素利用の分野で国際競争力を示したように、水素製造の分野でも再エネ利用のP2Gの本格的な実証実験を継続、拡大することで日本の遅れを巻き返すことはまだ可能だ。

その意味で、日本の再エネポテンシャルの有効活用を検証する浮体式洋上風力発電を活用したP2Gの実証実験は世界に類がなく日本の先進性を示すことができる。日本の浮体式洋上風力発電と言えば環境省の長崎県五島市の椛島(かばしま)沖での実証実験のほかに、経産省が福島沖で行っている浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業がある。長崎のP2G実証実験の今後の活用先が未定であるとすれば、福島に持っていき長崎の経験とデーターを活かしてさらに発展した実証実験を行うことも考えるべきだ。

平沼 光氏

平沼 光(ひらぬま ひかる)氏プロフィール
東京都生まれ。1990年明治大学経営学部卒、日産自動車株式会社に入社。2000年に政策シンクタンクの公益財団法人東京財団に入団。同財団の研究員兼政策プロデューサーとして外交・安全保障、資源エネルギー分野のプロジェクトを担当する。また、日本学術会議 東日本大震災復興支援委員会 エネルギー供給問題検討分科会委員、科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター客員研究員も務める。著書に「日本は世界一の環境エネルギー大国」(講談社プラスアルファ新書)「日本は世界1位の金属資源大国」(講談社プラスアルファ新書)、「原発とレアアース」(日本経済新聞出版社)。

ページトップへ