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[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる〈8〉金沢工業大学COI拠点 革新材料による次世代インフラシステムの構築 〜安全・安心で地球と共存できる数世紀社会の実現〜(池端正一 氏 / 大和ハウス工業株式会社 総合技術研究所副所長・フロンティア技術研究室室長)

2015.09.17

池端正一 氏 / 大和ハウス工業株式会社 総合技術研究所副所長・フロンティア技術研究室室長

 文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、平成25年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM※)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンのもと、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。第8回は、金沢工業大学を拠点に、炭素繊維を基にした革新的な構造材料の開発に励むプロジェクトのリーダー、池端正一氏にご意見をいただいた。軽くて耐久性に優れた素材で未来のインフラづくりや製造業の革新にかける大きな夢と、実現のための革新的なアプローチを紹介する。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

「今の夢。10年後の常識。新しい未来を作りたい。」

池端正一 氏
池端正一 氏

 「夢」は広い意味を持つことばです。寝て見るのも夢であり、過去の思い出も夢という表現をします。しかし私たちにとって、寝て見る夢も過去の夢も、さほど重要な意味を持ちません。われわれにとって重要な夢とは、将来の夢でなければならないのです。さらには、夢が常識となり世の中のお役に立つことです。

 炭素繊維は、鉄と比べて重さは4分の1でありながら強度は10倍もあります。しかしながら、海洋・土木・建築分野等への展開は遅れています。参画機関(大学・研究機関)・参画企業等が論文を書くためでなく、「市場創造」を成し遂げること、最終ゴールであるアプリケーションを明確にして戦略的な研究開発により段階的、計画的に事業化、社会実装化を達成していくこと、それが私たちの夢なのです。

複合材料をもっと幅広く、多くの分野で利用する

 炭素繊維は、先端材料の名のもとに登場してすでに半世紀が経とうとしています。本拠点では、COIプログラムのビジョン3「活気ある持続可能な社会の構築」に向けて、柔軟性に富み、長期間にわたって価値を失わない「安全・安心で地球と共存できる数世紀社会の実現」をテーマとし、環境性能に優れ、高機能(軽量、長期耐久性、自己修復性、難燃性等)で、かつ柔軟な設計が可能で施工がしやすく、さらには、建設後も移設やリサイクルが容易な「革新材料」を開発します。この革新材料を次世代インフラシステム等のアプリケーションに社会実装していくことで、環境負荷の低減、社会コストの低減と新たな価値の創造を実現していきます。

 具体的な研究課題としては、バイオ技術やナノ技術を活用し、環境性能に優れ高機能な「革新材料」の開発、および、低エネルギー・低コストで大量生産を可能とする「革新製造プロセス」を開発します。さらに革新材料を社会実装するための「適用研究、実装技術、マネジメント技術」を開発し、持続可能なリサイクルシステムを確立します。

 これらの開発により、製造過程で化石燃料を大量に消費し、重く、耐久性にも課題のある「鉄やコンクリート」といった材料を中心としたこれまでの社会からの大転換を図り、18世紀の産業革命以来のパラダイムシフトとして、ものづくりやまちづくりの概念を大きく変化させていきます。

社会コストの低減と新たな価値の創造が可能な次世代インフラシステムとして、革新材料を社会実装することで、柔軟性に富み、長期間にわたり価値を失わない社会(数世紀社会)の実現を目指す。
「活気ある持続可能な社会の構築」に向けて
社会コストの低減と新たな価値の創造が可能な次世代インフラシステムとして、革新材料を社会実装することで、柔軟性に富み、長期間にわたり価値を失わない社会(数世紀社会)の実現を目指す。

4つの研究テーマと連携体制による進め方

 私たちの夢の実現の鍵となる研究開発テーマは、革新素材の開発(研究テーマ1)、革新製造プロセスの開発(研究テーマ2)、アプリケーション開発(研究テーマ3)、およびリサイクル技術開発(研究テーマ4)の、4つの研究分野により構成されています。研究テーマ1、2および4が目指す革新的な構造材料とその製造技術やリサイクル技術は、汎用的な技術基盤の確立を目的としたものではなく、実際にアプリケーションとして社会に実装されることをゴールとしています。そのために、具体的なアプリケーションを定め、実現・実用化に必要な課題や開発目標を明らかにし、さらにそれを4つの技術分野の垂直連携、異分野融合の共同研究開発により解決する計画です。

 シーズ技術の基礎検討を重点的に行う第1フェーズ(2013~16年)から、出口志向の研究開発体制に移行する第2フェーズ(2016〜19年)へつなげていくために、まず、ターゲットとすべきアプリケーションを検討し、本拠点が目指すべきアプリケーションの選定・集約を行います。そして、そのアプリケーションを実現するためのニーズ・要求仕様を検討し、材料・製造技術分野が研究・解決すべき技術課題を明らかにします。この間、材料・製造技術分野の研究グループは、革新技術の確立を目指して、個々の研究者・企業のシーズ技術について並行して研究を進めます。また第3フェーズ(2019〜22年)では、第2フェーズで設定したタスクフォースごとの共同研究体制をメインにして、研究開発を進めます。アプリケーションの社会実装・実現化に必要な、試作・評価、製造装置開発および周辺技術の開発を進めます。

 第1フェーズでは、技術分野ごとのワーキンググループ体制にて共同研究を進めますが、研究テーマを集約することなく、逆に競争することによるシナジー効果により研究開発の加速を図り、さらには新たな革新技術の開拓ができると期待しています。拠点の研究開発活動を円滑に推進するためには、独立した権限を有する組織体制を整備・構築しなければなりません。そのために、大学組織と同格の位置付けで、理事会の直下に新たにCOI研究推進機構を設置しました。さらに、本拠点の研究開発の中心的な実施場所である「革新複合材料研究開発センター(ICC)」をCOI研究推進機構内に位置付けました。また、本拠点の取り組みを指揮する機関として、外部の有識者からなる推進委員、参画機関、参画企業で構成される「研究推進会議」を設置することで、運営方針についての助言を得るしくみとしました。

基礎研究の「川上」から実用化の「川下」まで、異分野の研究者が密接に連携することが不可欠だ。ICC(図の中心)という、「一つ屋根の下」に研究者が集い、高機能素材開発〜製造技術〜アプリケーション開発〜信頼性評価〜リサイクル技術〜バイオリファイナリー技術※1による素材開発と、全体が一貫する研究開発体制を整備した。
金沢工業大学COI拠点全体の概要図
基礎研究の「川上」から実用化の「川下」まで、異分野の研究者が密接に連携することが不可欠だ。ICC(図の中心)という、「一つ屋根の下」に研究者が集い、高機能素材開発〜製造技術〜アプリケーション開発〜信頼性評価〜リサイクル技術〜バイオリファイナリー技術※1による素材開発と、全体が一貫する研究開発体制を整備した。

※1 バイオリファイナリー技術/biorefinery technology。再生可能資源のバイオマスを原料に、バイオ燃料や樹脂などを製造する技術。

池端正一(いけばた しょういち)氏
池端正一 氏(いけばた しょういち)

池端正一(いけばた しょういち)氏のプロフィール
1958年鹿児島県生まれ。76年鹿児島県立鹿児島工業高等学校建築科卒業。同年大和ハウス工業株式会社へ入社。福岡工場(品質管理課・生産管理課)・札幌工場(住宅生産管理課・品質管理課)・九州工場(住宅生産管理課課長)に配属された後、2002年本社住宅商品開発部(生産部品設計グループ グループ長・次長) 、12年より総合技術研究所の副所長・フロンティア技術研究室室長(現職) 。現在、ビジネスマッチングを全国で展開し、多くの産官学の連携に参画している。

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