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クライシスマネジメント−緊急事態が起こった時の対応 第2回「理屈、心情より損害を最小限にする判断」(宮林正恭 氏 / 東京都市大学 客員教授)

2015.08.07

宮林正恭 氏 / 東京都市大学 客員教授

東京都市大学 客員教授 宮林正恭 氏
宮林正恭 氏

クライシスマネジメントの進め方

 クライシスマネジメントは、組織、あるいはその利害関係人(ステークホルダー)全体にかかってくる危機による損害(これは金銭的なものだけに限らない)を最小限にすることが目標である。その際に特に留意しなければならないのは、損害は各時点における損害を時間で積分したものであるという認識だ。この認識が弱いと、トップが決断をタイミング良く行わないことになりがちである。

 また、クライシスマネジメントでは、損害が一部の者に片寄ったり、 一部の者にしわ寄せが生じたりすることも起こる。非常にクリティカルなケースでは、多数を救うために少数を犠牲にする決断をせざるを得ないこともあり得る。その判断には、組織のカルチャー、判断者の考え方、国民性などいろいろな要素が絡むが、あらかじめ危機対応基本方針などによって判断基準が明らかにされ、組織の構成員のみならずステークホルダーにも周知されていることが好ましい。

 さらに、時にはその基本方針を超えた判断が必要な場合もある。それはトップの責任であり、その結果にも責任も負わなければならない。つらくともトップの責務である。判断を先送りすると、対策は後手に回り現場は疲弊し、資源のみが浪費され損害額が増えていく。クライシスマネジメントにおいては、理屈や心情が重要なのではなく、損害を最小にするようタイミング良く判断し行動することが大切である。トップにとってはつらいことではあるが、それが役目であり、日ごろからそのための素養や能力を磨いておく必要がある。

 司令塔機能(後ほど論ずる)のスタッフの職員は、トップがこの役目を十分果たせるよう支援する。また、クライシスマネジメントは、組織の要となる者おのおのがその危機に当たって役目を十分に果たすことを前提としている。事故などによってある者が欠けることはあり得るが、速やかに代替者が働き始めるように組織および人事が行われている必要がある。

 それでも欠けることもないではないが、それを補充するのは司令塔機能の役割である。前にも述べたとおり、危機においては実際の対応の判断は現場において行い、司令塔機能は俯瞰(ふかん)的に眺めて統括するとともにその活動を強力に支援するのが役割である。要の者が役割を果たさなければ、クライシスマネジメントは失敗に帰す。その場合には、その人事を行った者および当事者の責任を厳しく追及すべきであり、時には故意または重過失として厳しく処断されることがあってもよいであろう。

 日本の場合、事務分掌規定が包括的かつ抽象的であることをよいことに「任にあると思わなかった」、あるいはいろいろな条件を言い立てて「やむを得なかった」との弁明が行われることがあるが、組織の幹部に限ってはそのような弁明の余地はないと考えるべきである。

 危機に直面するということは、非常にストレスがかかる。そのためミスが増えたり、的確な判断ができなくなったり、極端な場合は異常心理が生じたりすることが起こる。従って、人事配置や職務分担の際にはこのような要素を十分考慮して行う必要がある。また、必要なバックアップ措置、代替措置などを用意しておくことも必要である。

クライシスマネジメントにおける組織構造

 クライシスマネジメントにおいては、トップと現場という単純化された指揮命令関係が必要であることは前回述べた。求められているトップの役割は、トップ単独では実行不能である。情報の取りまとめと整理、今後の危機の展開の予測の提供、危機克服策のオプションの作成、起こっている事象や取ろうとしている行動のリスク解析など、トップの判断を支援するチームの存在は不可欠である。

 そのような役割を果たすスタッフとトップで構成するのが司令塔機能である。通常、支援チームのスタッフに加えて、クライシスマネジメントに伴う資材の準備、サービスの提供などのロジスティクス部門、内外への情報の提供、組織の意思や意図に関する関係者の理解の促進、外部の意見の収集等を行うクライシスコミュニケーション部門が、付置されることが多い。ただし、これらは付置であり、司令塔の機能の一部と考えるべきではない。付置の結果、その部門のスタッフが司令塔の一部であるかのように振る舞うことがあり、それが現場を混乱させることが少なくないので留意が必要である。

 司令塔機能には、多くの場合、その取りまとめ責任者が置かれる。いわゆるトップの女房役であり、クライシスマネジメントの全体のシステムがうまく動くように根回しをしたり、関係者間の調整をしたり、人を動かしたり、時にはトップの悩みの聞き役であったりする。表面に出ることはほとんどなく、裏方に徹するのが好ましいが、実際上はクライシスマネジメントシステムの要ともいえる役割である。ここに、適材を得ることが実際のクライシスマネジメントにおいては非常に重要である。

 ロジスティクス部門やクライシスコミュニケーション部門は、この者の統括を受けるが、その実施の責任者は別に置かれるのが通常である。

 司令塔機能は、現場機能とは分離して置かれるが、常に現場機能の息吹を感じ、その働きを掌握しているとともに、現場機能に寄り添っていることが気持ちの上で必要だ。また、可能な限り危機対応の現場の近くにあることが好ましい。特に、危機が大きく、瞬時の判断が必要なケースについては必須であるといえる。

現場機能(直接危機対処機能)

 現場機能については、臨時編成とすることもあるが、既存の組織構造の大幅な変更は避けることが好ましい。組織構造変更は、その新組織にスタッフが慣れるまでの時間を必要とし、緊急時には好ましくないからである。そもそも、現場の組織は緊急時にも対応できるような組織構造および人事となっているべきものである。

 現場内部における、情報の共有、危機対応の判断や行動の記録、その記録の速やかな取り出しと活用は不可欠であり、そのシステムを構成しなければならない。現場が広がり、また多くの人員が関わっている場合は、要員を小単位(ユニット)に分け、 その単位で判断し行動するようにする。各ユニットは日ごろから担当する危機対応業務について研究し、いくつかの危機対応シナリオを策定してそれに対する対応の訓練を行っておく必要がある。

 その際、各メンバーが自分で考え行動できるよう訓練しておくことが重要である。また、関係の深い数個の他のユニットの業務は、代替できる程度に内容を相互に承知しており、また、それらとは連携プレーができるようにしておくことも必要である。そしてこれらの連係プレーのできるユニットがいもづる式につながっており、ネットワークを構成していることが必要である。

クライシスコミュニケーション機能

 クライシスコミュニケーションは、マスメディア対策であるかのような誤解があるように思われるが、それだけではない。クライシスコミニケーションは、危機の現状とそれに対して取っている対策などについて正しい理解をしてもらうことが狙いである。危機対応に協力してもらえればなお好ましい。相手方は内部職員から外部のあらゆる関心のある者まで幅広い。しかも、その理解力、興味の内容に差があるばかりではなく、ある種の思い込みを持っていたり、付加的な意図を持っていたりすることも少なくない。従って、そのような中で的確なクライシスコミニケーションを行うことは容易ではない。

 その際、最も必要なことは、相手のレベルに合わせて説明し、その場の雰囲気の変化を探りながら、相手の信頼感を確保し続けることである。従って、最も避けなければならないのは、うそなどの信頼感を失わせる行為であり、一方的にこちらの見解を押し付けるように行動することである。このことは、クライシスコミニケーションの実行者だけではなく、司令塔機能の者をはじめ、組織の関係者が十分理解していなければならない。

 また、自分たちが疲労しているとか、内部事情がどうであるとかといったことは、クライシスコミニケーションとしては不必要な事項であり、逆に問題を起こすことも少なくないから、絶対に避けなければならない。相手の理解を深めるためにという善意のもとに話したことが逆効果、というケースも少なくない。必要不可欠なことを適切な言葉で正しく伝えることが必要である。また、何か隠し事をしていると思われることも避けなければならない。

ロジスティクス機能

 危機対応において、情報通信網の維持管理、必要な道具や備品、提供を受ける必要のあるサービス等の調達、必要なスペースや施設の確保、要員の食料、衣料品等の供給など、現場および司令塔が効果的に危機対応に従事できる環境条件を整備する役割を負っているのがロジスティクス機能である。この機能には気配りとスピードを要求される。この機能の良しあしが危機対応の成功、不成功に大きく影響することが少なくない。その重要性に比し、その貢献が脚光を浴びることが少ない。逆に、うまくいって当然といった態度をとる者もいる。しかし、トップ以下、この機能の重要性を十分理解している必要がある。

終わりに

 まだまだ書き足りないことが、たくさんあるようにも思える。組織のトップに言及することが非常に多かったが、これはクライシスマネジメントの特徴であるといって差し支えないであろう。事業所単独で処理する危機であればその所長がトップである。室内だけで処理する危機については室長がトップである。従って、組織の幹部はクライシスマネジメントの能力をレベルに応じて身に付けておく必要がある。そして、自分の身に不利になってもその役割を果たすことは、上級の地位にある者の責務「ノブレスオブリージュ」である。

東京都市大学 客員教授 宮林正恭 氏
宮林正恭 氏(みやばやし まさやす)

宮林正恭(みやばやし まさやす)氏プロフィール
富山県立高岡高校卒。1967年東京大学工学部卒。科学技術庁原子力安全局長、同科学技術政策研究所長、科学技術振興局長、理化学研究所理事、千葉科学大学教授・副学長兼危機管理学部長、などを経て2014年から現職。工学博士。通商産業省時代に三井グループのイラン石油化学プロジェクト失敗の後始末を担当、在米日本大使館一等書記官時代にスリーマイルアイランド原子力発電所事故に遭遇するなど早くから危機管理に関わる。リスクマネジメントと危機管理(クライシスマネジメント)を統合して一体的に取り扱う「リスク危機管理」を提唱。その基礎を「リスク危機管理論」としてまとめる。(その後、「管理」が統制管理として理解される弊害があることから、「リスク危機マネジメント」として再提唱)現在は、組織のリスク危機管理、人間行動とリスク危機管理、日本の抱えるリスクとその取り扱いの在り方などに焦点を当てて活動中。危機管理システム研究学会会長。著書に「リスク危機管理 - その体系的マネジメントの考え方」(丸善)、「リスク危機マネジメントのすすめ」(丸善)など。

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