コラム - オピニオン -

[シリーズ]イノベーションの拠点をつくる 〈2〉 大阪大学COI拠点
“幸福感”を感じる生活のために ~脳科学と新たな産学連携に挑戦!

パナソニック株式会社 フェロー、大阪大学COI拠点プロジェクトリーダー 上野山 雄 氏

掲載日:2015年6月5日

文部科学省と科学技術振興機構(JST)は、平成25年度から「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」を始めた。このプログラムは、現代社会に潜在するニーズから、将来に求められる社会の姿や暮らしのあり方(=ビジョン)を設定し、10年後を見通してその実現を目指す、ハイリスクだが実用化の期待が大きい革新的な研究開発を集中的に支援する。そうした研究開発において、鍵となるのが異分野融合・産学連携の体制による拠点の創出である。本シリーズでは、COI STREAMのビジョンのもと、イノベーションの拠点形成に率先して取り組むリーダーたちに、研究の目的や実践的な方法を述べていただく。
第2回は、大阪大学を「豊かな生活環境の構築」のための「人間力活性化によるスーパー日本人の育成拠点」とし、「脳マネジメントで潜在能力を発揮できるハピネス社会の実現」に向けた研究を行うプロジェクトリーダー上野山 雄氏にご意見をいただいた。

※COI STREAM/Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program。JSTは、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」として大規模産学官連携拠点(COI拠点)を形成し研究開発を支援している。詳しくは、JST センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムのページを参照。

パナソニック株式会社 フェロー、大阪大学COI拠点プロジェクトリーダー 上野山 雄 氏
上野山 雄 氏

1990年から2010年までは、バブルが崩壊し日本経済が不安定な時期を迎え「失われた20年」といわれました。その間、円高や高い法人税率などのいわゆる六重苦の中、製造業は落ち込み日本全体に閉塞感が漂いグローバルな競争力が低下しました。その後、円高は緩和し経済の回復も見られるものの、社会組織の複雑化に伴いストレスを受ける人はむしろ増加しているといわれています。特に企業戦士といわれる真面目で気を使う人ほど、ストレスを感じやすい傾向にあります。

2013年より文部科学省と科学技術振興機構の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」が始まりました。本取り組みの精神は、10年後のあるべき姿を見据えてバックキャスティングし、現在の大学の研究資産を企業と新たな産学連携の仕組みで社会実装するものです。あるべき社会の姿として、ビジョン1「少子高齢化先進国としての持続性確保」、ビジョン2「豊かな生活環境の構築」、ビジョン3「活気ある持続可能な社会の構築」の3つが想定されました。

※ バックキャスティング/backcasting。目標とする将来のあるべき姿を想定し、その視点をもって現在を見て、今なすべきことを考える方法。

大阪大学は、社会課題を鑑みてビジョン2に応募し、サテライトの金沢大学と共に採択を受け、「人間力活性化によるスーパー日本人の育成拠点 ~脳マネジメントで潜在能力を発揮できるハピネス社会の実現~」というテーマで推進しています。ビジョン2の「豊かな生活環境の構築」は非常に抽象的で難しいテーマですが、人の感性や心といった根源的で重要な内容であり、究極は幸福感を感じられる生活を実現できるかどうかに帰結するものと考え、この高い目標に挑戦すべく選択しました。

本プロジェクトでは、「スーパー日本人」を「常に潜在能力を発揮できる人」と定義し、脳マネジメント(見える化)と活性化を組み合せながら潜在能力の発揮に貢献します。そのため、具体的なアプローチとして次の4つの項目で進めています。

  1. (1)状態検知
    体液(血清、涙)、呼気からストレス物質を同定し、そのストレス物質量を測定して、ストレス度合いの見える化を図ります。また、脳状態とストレス状態の関係メカニズムを解明するために7T磁気共鳴画像装置(fMRI)や子供用脳磁計(MEG)などの最先端装置を使い、脳データの取得、解析を行います。
  2. (2)脳メカニズム解明
    莫大な脳データに脳科学を駆使して脳機能と活性化のメカニズムを解明し、脳状態を可視化することで人間状態を検知します。さらに新たな脳遺伝子ネットワークの構築により、コミュニティの活性化状態を定量的に把握できることを検証します。
  3. (3)検知手段
    負担のない簡易な検知ツールの開発、実用化を行います。特に装着感を感じない検知ツールで、幼児から高齢者まで違和感のない検知を可能にします。
  4. (4)活性化手段
    脳・五感への直接刺激、快適性を実感できる生活・居住環境の提供、自閉症の子供への早期介入、学習意欲を高める教育環境の提案、さらにスポーツ分野ではチーム競技のパフォーマンス向上など、さまざまな状況に応じた活性化手段の提供を目指していきます。
研究開発~社会実装へのアプローチ
図.研究開発~社会実装へのアプローチ

社会実装として、脳マネジメントと活性化を組み合わせたサイクルで行っていくために、「検知手段」と「活性化手段」を社会に提供します。

以上のような広範囲の研究を行うために、大阪大学、金沢大学の特徴である、

  1. 世界トップレベルの免疫学の研究
  2. 7T磁気共鳴画像装置などの最先端技術による脳科学研究
  3. 脳内神経細胞のネットワークモデルの研究
  4. 子供用脳磁計や親子同時脳磁測定などの最先端技術を駆使した子供の自閉症研究
  5. 材料研究からのデバイス開発技術

を生かし、10研究機関+24企業がアンダーワンルーフの下、研究開発を進めています。

今回の研究開発でプロジェクトリーダーとして拘(こだわ)りたいことは、研究レベルの高さとその価値です。テーマの選択において挑戦したように社会実装するための研究にも挑戦していきたいと思います。上記4つのアプローチの中にもたくさんの挑戦があります。

ストレスマーカーの同定では、医学的検知から分子レベルでの反応メカニズムの研究を行い、同時に免疫作用を仲介とした医学と脳科学との連携による新たな取り組みがあります。

ストレスに対する脳科学の検知から、ストレス予防に関して医学との連携で脳内神経ネットワークの研究に取り組み、またその評価手段を生み出すための工学との連携では自律神経まで研究対象を拡げ、数学的なビッグデータ解析も導入して研究を行っています。

音楽や睡眠による活性化においても脳科学に裏付けられた手段を構築するため、緊密に脳科学、医学、工学が連携して研究を進めています。そしてその具体的なセンシングを行うためのデバイス開発には、フレキシブルで人の皮膚との相性の良い材料の物性研究、脳波やMRIなどの超微小信号を確実に検出する構造や無線・増幅回路の研究も新たに取り組んでいます。

さらにミクロな人の脳内神経ネットワークと人間社会の組織ネットワークのアナロジーから、活性化状態の評価やさらなる改善のための新たなネットワーク理論の研究にも挑戦しなければなりません。これらの連携は、これまでには十分取り組めていない融合領域であり、非常に価値のある活動であると思います。

※ アナロジー/analogy。類似した状況を参考に、別の状況の問題解決を行う認知活動。ここでは、脳内ネットワークと人間社会のネットワークの双方の構造や仕組みの類似性をヒントに、目的を達成するためのネットワーク理論を解明しようとする研究手法を意味する。

企業においても社会実装は容易ではありません。その理由は研究や技術レベルが高くても、顧客価値を生み出せていないからです。顧客価値を生み出すためにはビジネスモデルなどの仕組み作りが大切でありますが、まだ顧客の知らない、顧客のためになる新しい提案を生み出すことが重要です。そのような価値ある提案を確率高く生み出す手段として、異分野同士が連携した融合領域での研究開発があります。

ただし、これは容易なことではありません。この困難さの要因は少なくとも次の二つが挙げられます。一つは研究そのものが難しいということです。これに打ち勝つのは本来業務であり、当然やりきらねばならないことです。もう一つは異分野間の共同研究における人と人の関わり方の難しさです。この課題に打ち勝つためにはやはり研究シナリオを明確にし、双方が満足を得られる状態(win-win)であることを実感できるようにすること、それに尽きるのではないかと思います。

今回のプロジェクトでは、この広範囲な研究テーマのシナリオ創りにも身を置き、医脳理工+企業という新しい産学連携においてwin-winの関係の創造、またそれを堅持し、脳科学に基づいた「検知手段」と「活性化手段」の社会実装の実現に邁進したいと思います。

パナソニック株式会社 フェロー、大阪大学COI拠点プロジェクトリーダー 上野山 雄 氏

上野山 雄(うえのやま たけし)氏のプロフィール
1956年和歌山県生まれ。大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修了後、81年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)中央研究所へ入社。その後、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)で光物性を学び、90年にPh.D.を取得。帰国後はGaNレーザー、PDP等の研究開発を経て、2006年、デバイス・環境技術担当上席理事、08年役員(デバイス技術担当)に就任。13年フェロー就任後、同年より大阪大学COI拠点のプロジェクトリーダーを務めている。

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