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取り調べの高度化–警察庁の快挙と今後の発展に向けて(仲真紀子 氏 / 北海道大学大学院 文学研究科 教授)

2013.01.15

仲真紀子 氏 / 北海道大学大学院 文学研究科 教授

北海道大学大学院 文学研究科 教授 仲真紀子 氏
仲真紀子 氏

教本の開発

 昨年(2012年)12月、警察庁から「取調べ(基礎編)」が出された。これは、捜査官の取り調べ技術の高度化を目指すための教本である。

 虚偽自白などの問題を踏まえ、警察庁に「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」が設置されたのは2010年である。その最終報告が出されたのが2012年2月。それを受けて「取調べの高度化プログラム」(同年3月)が作成され、(1)取り調べの録音・録画の試行の拡充(2)取り調べの高度化・適正化の推進(3)捜査手法の高度化—などの推進が課題として掲げられた。

 そして8カ月後、警察庁は英国警察の取り調べ技法である「PEACEモデル」の視察・研修を行ったり、科学警察研究所(犯罪行動科学部捜査支援研究室)による全面的な協力を得て、教本を作成した。この教本を基に、警察官を対象とした研修も始まっている。明確な目標のもとに迅速に調査・研究を行い、瞬く間に水準をクリアされた関係者に敬意を表したい。

 日本学術会議でも「科学的根拠に基づく事情聴取・取調べの高度化」として取り調べ技法の科学化を提言してきたところである(日本学術会議・法と心理学分科会、2011年9月)。科学者の声もこのようなかたちで聞き届けられたのだとすれば、大変ありがたいことである。

取り調べ法の特徴

 ここで推奨されている取り調べ法は、構造化された手続きのもとで「自由報告」(自分の言葉で話してもらうこと)を求める情報収集アプローチの一種として、位置づけることができる。情報収集アプローチとは、特定の仮説を確認することに固執することなく、一定の手続きのなかでオープン質問(「話してください」「何がありましたか」といった回答に制約をかけない質問で、教本では「自由再生質問」と呼ぶ)を用いながら、情報収集を行う方法である。

 また、記憶の想起を促すために、フィッシャーとガイゼルマン(2012)が開発した「認知面接」の技法を取り入れている。例えば、「状況の心的再現」(現場や周囲の情景、様子をできるだけたくさん思い出してもらう)、「全ての報告」(ささいだと思われるようなことでも、全て報告してもらう)、「逆行再生」(時系列のみならず、逆順など他の順序で思い出すよう求める)などの使用が推奨されている。

科学的根拠

 その科学的根拠はどうか。一般に「車は黒でしたか」「フォードアでしたか」などのクローズド質問(選択式質問)は、「黒」「フォードア」といった情報を取調官の側から提示してしまうことになる。「いつ」「どこ」「誰」などのWH質問(焦点化質問)は、的確な応答を得ることはできるが、それ以上の情報が得られにくい。これに対しオープン質問は、取調官から情報を提示することなく、つまり暗示や誘導となり得る情報を与えずに多くの情報を得ることができる。(例えば、筆者論文「NICHDガイドラインにもとづく司法面接研修の効果」〈2011年『子どもの虐待とネグレクト』〉、「面接のあり方が目撃した出来事に関する児童の報告と記憶に及ぼす効果」〈2012年『心理学研究』〉参照)

 認知面接の効果も検証されている。すでに行われた多くの研究を再分析する統計手法をメタ分析というが、メモンらは認知面接に関する59の研究(参加者は2,887人)をメタ分析した。そして、認知面接が正確な情報を多く引き出すこと(ただし、多く思い出せる分、若干の誤りも増えるので「推測では話さないこと」という注意が必要である)、「心的再現」と「全ての報告」の効果が特に大きいこと、成人や高齢者で効果が大きいことなどを示している。

 教本が効果的に用いられたならば、より正確でより多くの情報が得られることが期待されよう。

今後の課題

 このすばらしい展開をさらに進め、実質化していくにはどうすればよいか。次のような課題と見通しが考えられる。第一は、研修の充実である。研修を受けても、オープン質問はなかなか実践できない。しかも面接者自身は、「オープン質問」をしていると信じていることが多いという(Lamb、Hershkowitz、Orbach、& Esplin、2008)。そのため繰り返し研修を行い、スーパーバイズ(監督支援)を提供することが必要である。

 第二に、この取り調べ法に適した記録の仕方、調書作成法の開発が必要である。自由報告では、供述者から膨大な情報が得られる。そのため全てを筆記することは困難であり、録音が必要である。供述者の言葉を活かした調書が作成できるように要旨、逐語録、電子媒体という3段階の記録法を整備する必要があるだろう。

 第三に、認知面接法は効果的だが、現場でのフィールド研究はいまだ限られている。現実の面接が蓄積してきたならば、その効果を統計的に検討することが必要である。

 第四に、「基礎」を重視した面接法の拡充が必要である。教本は「基礎」であり、今後、特殊な供述人に向けた面接法も開発されるであろう。しかしオープン質問で自由報告を得るという基本は、被害者の面接でも被疑者の取り調べでも同じである。このことは誘導を受けやすい子どもや少年、知的障がいを持つ人においては特に重要である。「基礎」に基づく発展が求められる。

 最後に、取り調べには高い専門的技能と多くの経験・研修が必要である。被疑者、子ども、知的障がい者などへの取り調べについては、ポリグラファーのように専門官を置くことも一つの可能性としてあると思う。

 今後も、科学的根拠に基づく取り調べ法の充実が図られることを願う。心理学者は知見の要請や技法の提供に応えられるよう、日々研究と研さんに励まねばならない。

フィッシャー, R. ・ガイゼルマン, R. E.(著)(2012). 宮田洋・高村茂・横田賀英子・横井幸久・渡邉 和美(翻訳)「認知面接―目撃者の記憶想起を促す心理学的テクニック」関西学院大学出版会
Lamb, E., M., Hershkowitz, I., Orbach, Y., & Esplin, P. W. (2008)。Tell me what happened: Structured investigative interviews of child victims and witnesses. Chichester: Wiley & Sons.
Memon, A., Meissner, C. A., & Fraser , J. (2010)。The cognitive interview: A meta-analytic review and study space analysis of the past 25 years. Psychology, Public Policy, and Law, 16, 340-372。
仲真紀子(2011)。NICHDガイドラインにもとづく司法面接研修の効果。子どもの虐待とネグレクト、13、316-325。
仲真紀子(2012)。面接のあり方が目撃した出来事に関する児童の報告と記憶に及ぼす効果.心理学研究、83、303-313。

北海道大学大学院 文学研究科 教授 仲真紀子 氏
仲真紀子 氏
(なか まきこ)

仲真紀子(なか まきこ)氏のプロフィール
福岡県生まれ。米ニューヨーク州カールプレイス高校、東京都立三田高校卒。1979年お茶の水女子大学文教育学部卒(心理学専攻)、79-81年お茶の水女子大学大学院修士課程(心理学専攻)、81-84年同博士課程(人間発達学専攻)、87年学術博士取得(お茶の水女子大学)。お茶の水女子大学助手、千葉大学講師、千葉大学助教授、東京都立大学助教授を経て2003年から現職。研究領域は、認知心理学、発達心理学、法と心理学(記憶、会話、目撃証言、面接法、メモリートーク、自伝的記憶、母子会話、語彙獲得)。法と心理学会常任理事、認知心理学会理事、発達心理学会理事。科学技術振興機構社会技術研究開発センター研究開発プログラム「犯罪からの子どもの安全」の研究開発プロジェクト「犯罪から子どもを守る司法面接法の開発と訓練」研究代表者。「日本学術会議心理学・教育学委員会法と心理学分科会副委員長として2011年9月、提言「科学的根拠にもとづく事情聴取・取調べの高度化」をまとめる。

 

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