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輸入食品の誤解 ? 科学教育の重要性再認識を(唐木英明 氏 / 倉敷芸術科学大学 学長、東京大学 名誉教授)

2013.01.01

唐木英明 氏 / 倉敷芸術科学大学 学長、東京大学 名誉教授

倉敷芸術科学大学 学長、東京大学 名誉教授 唐木英明 氏
唐木英明 氏

 2002年3月、民間団体が中国産冷凍ホウレン草から基準値を超える農薬「クロルピリホス」を検出し、国は4月に検査件数を2倍に強化した。5月に別の農薬「ディルドリン」の基準違反が見つかり、政府は中国に原因調査を要請、6月には中国政府にホウレン草の輸出自粛を要請するとともに、検査件数を4倍、6月には8倍に増やした。違反の程度は軽微で健康に影響が出るようなものではなかったが、「中国産食品は危険」という評判が定着して、7月に政府は輸入業者に輸入の自粛を指導し、冷凍ホウレン草の輸入は完全に止まった。

 その後、08年1月、中国天洋食品が製造し、日本生活協同組合連合会が販売した冷凍餃子(ギョーザ)に混入した高濃度の殺虫剤「メタミドホス」により、千葉県と兵庫県で3家族10人が中毒症状を起こした。「中国産食品はやっぱり危険だ!厳しく検査すべきだ!」という声の中で、検査件数が大幅に増やされた。その結果、基準をわずかに超える量の違反が相次いで発見され、これが連日大きく報道され、恐怖感が広がり、大手小売店では中国産食品の取り扱いを中止し、その輸入量は大幅に減少した。

 こうして広まった中国産輸入食品の悪評だが、それでは、国産食品に比べて輸入食品の安全性は低いのだろうか? 東京都および特別区で実施された食品の違反件数を見ると、01年から10年の10年間、国産食品も輸入食品も違反件数は共に0.5%以下、すなわち1,000件に数件程度で変わりはない。では輸入食品の中で、中国食品が特に違反が多いのだろうか? 厚生労働省輸入食品監視統計を見ると、09年度の違反率はイタリア1.04%、米国0.90%、タイ0.73%、フランス0.50%、韓国0.46%、中国0.35%の順で、問題の中国産食品の違反率は最低である。また違反の内容は基準をわずかに超えた程度であり、食中毒を起こすような重大な違反は一つもなかった。このように「中国産食品は危険」という主張を裏付ける根拠は見つからない。

 それでは、この2つの事件の本当の原因はなんだったのだろうか? その答えは「検査率」である。国産食品も輸入食品も1,000件検査すれば数件の違反が必ず見つかるのだから、中国産食品の検査率だけを8倍に増やしたら、発見される違反件数も8倍に増える。これを毎日大きく報道すれば、当然のことながら中国食品に対する恐怖感は強まる。一方で、報道した側も消費者側も全く気が付いていなかったことは、国産食品でも検査率を8倍に増やせば発見される違反件数も8倍になるという統計的な事実である。統計に対する基本的な知識の欠如が、“中国産食品嫌い”を広げたのだ。

 違反が起こる原因の一つは、規制値が厳しすぎることである。例えば02年に問題になったクロルピリホス残留基準を見ると、アスパラガスは5ppm、京菜や小松菜は1ppmであるのに対してホウレン草では0.01ppmと厳しい値になっている。だから、例えば0.5ppmのクロルピリホスが残留していても小松菜では何の問題もないが、ホウレン草では「基準の50倍も入っていた」として大きな騒ぎになった。もちろん、基準違反は厳しく取り締まらなくてはならないが、小松菜に付着していてもホウレン草に付着していても、同じ量の農薬であれば同じ影響があることも知っておく必要があるだろう。

 冷凍餃子事件については、農薬の濃度が異常に高いことから、当初から犯罪事件だろうと推測され、実際に事件から約2年後に、天洋食品の元従業員が冷凍餃子に農薬を混入させた容疑で逮捕された。食品に毒物や異物を混入する犯罪事件は、日本でもその他の国でも起こっている。冷凍餃子事件は犯罪事件であり、中国食品の安全性の問題ではなかったのだ。

 注意が必要なことは、中国産食品は二極化していることだ。日本への輸出食品は日本企業の厳しい監督のもとに安全が守られているので、違反率は低い。しかし中国国内の食品には安全性に不安があるものもあり、そのようなニュースが伝えられると、輸入食品にも問題があると勘違いしてしまう。これも誤解の要因の一つだ。

 日本をはじめ先進各国は国の威信をかけて食品の安全対策に取り組んでいるのだが、国民の誤解は大きい。食品添加物や残留農薬を危険視する人がいるが、どんな化学物質も「多量なら危険、微量なら危険性はない」という「量と作用の関係」を知っていれば、このような誤解は起こらない。遺伝子組み換え食品や放射線照射による食品の殺菌に対しても、いわゆる「トンデモ論文」に惑わされた誤解が広がっている。一般の人だけでなくメディア関係者までが誤解して、科学とは程遠い報道を行う例が見られる。

 新しい年は科学教育の重要性を再認識する年になってほしいと願っている。

倉敷芸術科学大学 学長、東京大学 名誉教授 唐木英明 氏
唐木英明 氏
(からき ひであき)

唐木英明(からき ひであき)氏のプロフィール
東京都立日比谷高校卒。1964年東京大学農学部獣医学科卒、東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員、東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センター長などを経て2003年東京大学名誉教授。08-11年日本学術会議副会長。11年から現職。食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会の専門委員、世界健康リスクマネージメントセンター国際顧問を務めるとともに、任意団体「食品安全情報ネットワーク」代表としても、食と安全に関する誤解の是正と、正しいリスクコミュニケーションの普及に力を入れている。著書に『牛肉安全宣言 - BSE問題は終わった』(PHP研究所)など。農学博士

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