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ボタンの掛け違い?:社会との界面での科学的知見の性質と役割(本堂 毅 氏 / 東北大学大学院理学研究科 准教授)

2012.08.22

本堂 毅 氏 / 東北大学大学院理学研究科 准教授

東北大学大学院理学研究科 准教授 本堂 毅 氏
本堂 毅 氏

 私は数年前、法廷に科学者証人として呼び出され、科学者にとっては非日常的な経験を論考にまとめた(『法廷における科学』、岩波書店「科学」2010年2月号)。以来、社会との接点で、専門家としての科学者、非専門家としての市民の双方が“ボタンの掛け違い”をしているように感じてきた。何故だろう。

 科学技術が関わる社会問題で対策を取るとき、「科学的証明が必要」と言われる。地球温暖化を例に取ろう。そこでは「温室効果ガスによる温暖化は科学的に間違いだ」とか、「科学的証明はない」から温室効果ガス削減をすべきではない、という意見を、科学者からも、市民からもよく聞くし、新聞や雑誌にもそういう記事がよく踊る。ここで“ボタンの掛け違い”が始まる。

 科学的に100%の証明は原理的に不可能なことだ。もちろん、ロケットを発射したときの動きなら、かなりの精度で予測できるけど、地球温暖化のような複雑な現象なら、せいぜい確率的な見積もりができるに過ぎない(その確率自体の正しさも議論になるけど、ここでは触れない)。もし、確率的な予測がそれなりにできたとして、確率がどの値になったら「科学的証明ができた」と言えるのだろうか。これは「線引き問題」と言われ、科学自体では答えが出ない問いの典型例だ。ある人は90%の確率になったら「証明された」と思うかもしれないし、別の人は50%で十分と思うかもしれない。ロシアンルーレットならどうだろう? 確率は17%だけれども、「自分でやってみよう」と思う人は、ほとんどいない。

 「線引き」が科学自体で決まらない、ということは、市民だけでなく、科学者にも意識していない人が多い。つまり、科学的に決まると「思い込んでいる」人たちが多い。ロシアンルーレットは、たとえ確率が1%でも、ほとんどの人は拒否するだろう。1%の危険でも、その危険を冒すだけの「価値がない」と多くの人は判断するからだ。つまり、社会判断は常に「価値的な判断」と「科学的な証拠の強さ」を総合して行われている。裁判でもそうだ…。私人の間の紛争を扱う民事裁判と、犯罪を対象とする刑事裁判では、判決の根拠として必要な証拠の強さが大きく異なる。「多分犯人だろう」で人を裁くことはできないからだ。

 科学には、「線引き」の例に限られず、さまざまなな「不定性」がある。不定性というのは、「科学では決まらない性質」一般を指している。科学では決まらない問題を、科学者が勝手に決めてしまうと、これは、社会的な問題を科学者が決めてしまうことになる。まるで独裁者だ。市民社会での意思決定は、政治を通して、市民自身が行うという原則を、科学者が崩してしまうことになるのだ。

 現実には、社会が科学者に政治的判断まで期待してしまったり、科学者が社会的判断まで、科学的(専門的)判断と思い込んで下してしまうことが少なくない。いわゆる「御用学者」問題が起こってしまうのは、科学者自身、社会自身がいずれも、社会との界面での科学の性質たる「不定性」を理解していないことが背景にある(『御用学者がつくられる理由』、岩波書店「科学」2011年9月号)。ならば、科学本来の性質を振り返って、“ボタンの掛け違い”を解かねばなるまい。日本の生徒の「理科離れ」を証明したと言われる2006年のOECDの世界学力調査が示したことは、「答えが決まっている」問題への理科知識ではなく、「科学でできること、できないこと」の区別が、日本の生徒は不得意だという事実だった。私たちの社会は、世界から取り残されつつある。

 日本のこのような状況を踏まえて、私たちは、8月26日(日)に東京・一橋記念講堂で、公開シンポジウム「科学の不定性と社会-いま、法廷では..?-」(主催:JST-RISTEXプロジェクト「不確実な科学的状況での法的意思決定」科学グループ)を開きます。科学の不定性を直視し、これを前提とした制度を作ることで、“ボタンの掛け違い”が解けることを、実例を通して紹介したいと思います。関心をお持ちの多数の方々の参加をお待ちしております。

東北大学大学院理学研究科 准教授 本堂 毅 氏
本堂 毅 氏
(ほんどう たけし)

本堂 毅 氏(ほんどう たけし)氏のプロフィール
宮城県生まれ、仙台第二高校卒。1994年東北大学大学院情報科学研究科博士課程終了。96-2011年 東北大学大学院理学研究科助手(助教)、01-02年文部科学省在外研修員(フランス・キュリー研究所)、11年から現職。
東北大学で、物理と音楽を通して科学技術社会論を教えるという無謀な計画を、気がつけば10年近く実行してきた。一応理論物理学者だけれど、細胞実験もすれば、医学会や科学技術社会論学会にも所属しているので、専門を尋ねられたら、ただ「科学者です」と答えたい。

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