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「科学のマドンナ」プロジェクト-大学発「女子中高生理系進路選択支援」の試み

東京理科大学 工学部第一部 教養教授 松本和子 氏

掲載日:2012年8月1日

京東京理科大学 工学部第一部 教養教授 松本和子 氏

松本和子 氏

 

“リケ女”ブームの背景

理系女子(略して“リケ女”)が注目を集めている。進学、就職雑誌のみならず、新聞や週刊誌などの一般メディアに登場するリケ女は着実に増えている。なぜ今、リケ女が話題になっているのか――。この問いに答えることは、理系に進学する女子が男子に比べて極端に少ない現実に私たちを直面させる。

学部学生の関係学科別入学者人数を示す学校基本調査の最新データ(2011年2月)から「理学」を例にとると、男子学生が占める割合は73%なのに対して女子学生の割合は27%にとどまっている。男女比にして約7対3である。「工学」では、男子学生88%、女子学生12%で男女比は約9対1となる。他の学科と比較するまでもなくこれらの男女比の偏りは突出しており、社会に出て理系分野を担う女性が「やがていなくなってしまうのではないか」という不安を煽(あお)る。一見華やかなリケ女ブームの背後にあるのはこうした先行きの不安にほかならない。

 

「科学のマドンナ」プロジェクト

モノづくりに長(た)け、科学立国を自負する日本にとって、この「不安」は「危機感」と同義だ。仮に女性の視点を生かしたモノづくりや科学の発展が望めない日が来た場合、科学技術面の進歩で他国から遅れをとる日本の姿は想像に難くない。実際、国は事態改善に向けた方策を次々に打ち出し、企業や教育機関が行う女子理系進学希望者増加を意図した取り組みは年々、増加している。筆者が勤める東京理科大学では、「科学のマドンナ」プロジェクトという名称の下、2008年4月に女子中高生理系進路選択支援プロジェクトが発足した。発足時には文部科学省から、その後は3度にわたって科学技術振興機構から「女子中高生理系進路選択支援事業」に採択され、国のサポートを受けながら全学的協力体制を基盤にプロジェクトを展開している。

「科学のマドンナ」プロジェクトの大きな特徴は、明確な基本構想にある。まず、「理系分野への進学」をゴールに据え、そこに至る過程に3つのテーマ=「Scienceを知る」、「Researchを体験する」、「Professionalに目覚める」=を設定する。そして各テーマを段階ごとに分け、ステップ・バイ・ステップで女子中高生のゴール達成を支援する――。これが基本構想の骨組みに当たる(詳細は東京理科大学のホームページを参照されたい)。

「Step1:Scienceを知る」では、実験・観察といった理科体験の機会を女子中高生に提供し、理科・理系の楽しさを知ってもらうことを目指す。次の「Step2:Researchを体験する」では、実験からデータ処理、分析、考察まで含むリサーチ体験に加え、指導役の女子学生・院生との触れ合いを通じて、理系に進学した場合の勉強・生活スタイルに関するリサーチ体験もしてもらう。そして最後のステップ「Step3:Professionalに目覚める」では、第一線で活躍する女性科学者・研究者の講演や発表、トークから刺激を受けてもらうことが目標になる。

 

マドンナイベントの紹介

上記の基本構想は、主として各キャンパスを利用した年3回のイベントを通じて実行される。スタートを切るのは「春のマドンナ」で、4月末から5月末の土曜または日曜の午後に神楽坂キャンパス(東京都)で実施される。女子中高生を対象に理科・理系の面白さを伝える理系職業人の講演と研究内容を紹介する女子大学院生によるポスターセッションが中心で、毎年、締め切り前に定員に達している。

続く「真夏のマドンナ」は宿泊型サイエンス企画をうたったイベントで、長万部キャンパス(北海道)に舞台を移す。8月上旬に3泊4日または2泊3日で行われ、全国から女子高生が集まってくる。滞在先はキャンパス内の女子寮で、同宿する学生サポーターと密に交流できることが大きな魅力となっている。プログラムには、実験、天体観測、講演、ポスターセッションなどが盛り込まれ、3つのステップを一度に体験できる醍醐味(だいごみ)が好評を得ている。

締めくくりは野田キャンパス(千葉県)を利用した「秋のマドンナ」で、11月下旬の大学祭期間中に行われる。午前には2つのイベント=活躍中の科学者、理系職業人の「講演」と、女子大学院生、若手教員の助教や講師を回答者に迎えた「Q&A式トークセッション」=を用意し、午後には生物系2種類、工学系2種類から1種類ずつ、興味に合わせて自由に選択した実験を体験してもらう。

このように、開催場所に代表されるハード面とプログラムに代表されるソフト面の両方で強い独自性を持った「春のマドンナ」、「真夏のマドンナ」、「秋のマドンナ」であるが、理科教育における長年の歴史と実績という東京理科大学が持つ財産を最大限に活用する点で3つのイベントはひとつに重なる。例えば、子供たちの理科・理系への興味を刺激する狙いを持つ実験教室や出前授業、女子中高生のための「ウーマンサイエンティスト体験講座」などは、「科学のマドンナ」プロジェクト立ち上げ以前にすでに高い成果を収めていたイベントであり、「科学のマドンナ」プロジェクトは、これらの先行イベントに実に多くを負っている。

 

イベント参加者の声

イベント開催時に毎回意識するのは参加者の反応である。そこで「科学のマドンナ」プロジェクトでは、第1回目の企画からアンケートを重要視している。イベント終了後のアンケートは毎回実施することに決め、そのほかに、2010年には過去のイベント参加者全員を対象とした追跡アンケートも行った。

アンケートは選択回答項目と自由記述項目を用意し、設問はできるだけ多岐にわたるように心がけて作成している。これまでのアンケート結果の一部を紹介すると、「(イベント参加によって)理科・理系に対する興味が変化しましたか?」という設問に対して「非常に増した/やや増した」と答えた参加者は各回とも95%以上を記録しており、イベントの目的にかなった参加者の意識変化が見られたことを示している。また、「理系に進みたいと思いますか?」という設問について、「はい」と答えた参加者の割合をイベント参加前と参加後とで比較したところ、イベント参加後は参加前の約10%増になる結果も得られている。

自由記述項目に目を向けると、「女性が理系分野に進学することについてあなたが知りたいことは?」への回答が、就職とライフスタイルに関した内容に集中する傾向が明らかになる。「理系大学で学んだことが活かせる職業にはどのようなものがあるか」、「理系卒の女性社員が活躍している業種は何か」、「忙しすぎて婚期を逸したり、子育てが難しいといううわさを聞くが本当か」などが具体例だ。興味を引くのは、これらの回答が、保護者向けアンケートが含む「お子さんが理系に進んだ場合に疑問、不安に感じる要素」の回答と呼応している事実である。そもそも、娘の理系進学に不安を感じる保護者はかなり多く、「春のマドンナ」のアンケートによると、同伴した保護者の80%が何らかの不安を感じている。

 

今後の課題

理系進学という選択肢を前にした女子中高生の疑問と、娘の選択に対して保護者が感じる不安、それらはロールモデルの不足によるところが大きい。これは、現在大人に当たる世代が、女子理系進路選択者が桁外れに少ない状況を知っていながら長年にわたって放置していた結果であり、その責任は重い。状況改善の遅れを取り戻す勢いで実施されている昨今の女子中高生理系進路選択支援活動――そこには「科学のマドンナ」プロジェクトも含まれるが――のひとつの役割は、理系進路に進み、理系分野でいきいきと活動している女性の協力を得て、できる限り多くのロールモデルを女子中高生、またその保護者に示すことにあると考える。

高校時代、理系クラスに入ったばかりに異端視された女子院生や、文系進路選択を勧める両親との確執を抱えたまま進学してきた女子学生の話は、現在でも学内で珍しくはない。理系進路選択を宣言した途端に「女らしくない」とあからさまに言われた過去を持つ若手研究者もいる。「男子生徒=理系進学、女子生徒=文系進学」の固定観念を覆すこと、これは女子中高生理系進路選択支援活動の上で優先的にやり遂げなければならない事項である。「男らしい、女らしい」の問題ではなく、自分らしい選択として女子中高生が胸を張って理系に進める道筋をつけることに、女子中高生理系進路選択支援活動の意義があると信じる。

東京理科大学 工学部第一部 教養教授 松本和子 氏
松本和子 氏
(まつもと かずこ)

東京都生まれ。東京都立小石川高校卒。東京女子大学文理学部英米文学科卒、同大学大学院文学研究科英米文学専攻修了、青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士後期課程満期退学。都内私立大学非常勤講師を務めた後、2001年東京理科大学工学部第一部教養講師。同准教授を経て12年から現職。08年から女子中高生理系進路選択支援全学的プロジェクト「科学のマドンナ」プロジェクトに携わる。10年夏以降、3代目プロジェクトリーダーとして活動。

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