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強くしなやかな社会の創造を!(林 春男 氏 / 京都大学防災研究所 教授、科学技術振興機構「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」研究開発領域総括)

2012.07.25

林 春男 氏 / 京都大学防災研究所 教授、科学技術振興機構「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」研究開発領域総括

京都大学防災研究所 教授、科学技術振興機構「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」研究開発領域総括 林 春男 氏
林 春男 氏

 20世紀が科学技術の発展によって経済活動の拡大と人口爆発を招いた結果、21世紀は「リスク社会」であるという指摘があります。私たちは、地震・洪水・ 津波をはじめとする自然災害だけではなく、犯罪あるいは新型感染症などと、さまざまな安全・安心を脅かす要素に囲まれて日々の生活を送っているのです。

 このように脅威となる要素が多種多様ある中で、優先的に対応すべき事象を特定するために、各分野の専門家の間では「リスク」という概念が用いられるように なりました。そして、さまざまな種類のリスクに対して、「強くしなやか」に対応できる社会を構築していくことが、私たちの安全・安心な生活基盤を守り、持 続的な発展を続けていくことにつながると考えられているのです。

 世界的にみると自然災害の件数・被害額は増加しており、わが国が立ち向かうべきリスクの第1としても自然災害が挙げられます。例えば、2011年に発生し た東日本大震災や台風12号による災害は、自然の不条理さをあらためて示すと同時に、災害を前にした私たちの生活基盤の脆弱(ぜいじゃく)さも露わにしま した。そして近い将来、今回以上に大規模で広域にわたる地震災害の発生が予想されています。

 東海・東南海・南海地震は、684年以来ほぼ100年周期で発生が記録され続けてきた地震津波災害であり、次の満期が21世紀前半に迫っています。一方、 内陸地震で警戒すべきものとして首都直下地震があります。また、昨年の記録的な豪雨のように、気象の極端化にも注目する必要があります。地球温暖化は長期 的な変化であるのに対して、気象の極端化は洪水、土砂災害、豪雪、竜巻、渇水などのさまざまな様相の災害を伴う短期的な現象です。今後、気象災害の大型化 や頻発化も懸念されているところです。

 さらに、20世紀にさまざまな恩恵をもたらした科学技術の発展そのものが持つ陰の部分として、環境汚染や食の安全問題、情報通信による社会の混乱など、新 たにさまざまな種類のリスクが生み出され、配分されていることにも直面しなければならず、その一例が福島第一原子力発電所の事故と言えます。

 災害や危機のない社会をつくることは理想ですが、私たちが投入できる資源には限界があります。限られた資源を使って少しでも「強くしなやかな社会」の実現 を図るためには、社会にとって脅威となるリスクを同定し、社会が何に対してどう備えるべきかを明確化していかなくてはなりません。そして、リスクの影響が 重大になればなるほど、そうした被害を避けるための十分な予防策を講ずることが必要であると同時に、万が一被害が発生しても回復できる力を備えておくこと も不可欠なのです。

 このような考え方は、“Resilience”と表され、21世紀の世界の防災を語る上でもっとも重要であり、2005年に神戸で開催された世界防災会議 においても中心的な目標概念として位置づけられました。最近、わが国でも「回復力」「恢(かい)復力」「復元力」あるいは「レジリエンス」として、防災・ 減災の分野でも流行のようによく使われるようになりました。私たちにはその中身を、科学的アプローチを用いて体系立てて、分かりやすい言葉で具体化してい くことが求められています。

 特に広域かつ複合的な災害に対しては、既存のコミュニティの枠にとらわれることなく、産・学・公・市民などの多様な社会主体をどのようにつなぎ、それらが より一層大きな力を出せる場をいかにしてつくり出すか、といった視点からの検討が必要になります。そこで、本研究開発領域では「コミュニティ」と「つな ぐ」という2つの言葉を大切なキーワードとしています。「コミュニティ」は一般的には地縁的なつながりを意味する言葉として使われています。本領域でも、 人々の地域でのつながりの強化を促進する試みを大切にしたいということで「コミュニティ」という言葉を使っています。同時に、志を同じくする人々の集まり も「コミュニティ」と呼び、共通の関心や職能を基盤として集う人々の活動にも大きな期待を寄せています。

 確実に被害の軽減につながる研究開発を進めるためには、「必要となるさまざまな分野の科学技術を集めて総合化することが不可欠である」との考え方は、多く の分野の人が賛成しているところです。いま必要なのは、社会実装を目指して、こうした考え方を実践に移すことです。すなわち、既存の研究開発成果、技術、 コミュニティにおけるシステムや社会基盤、新しい技術などを有機的につなぎ合わせていかなければなりません。

 同時に、地域における産・学・公・市民の連携による社会実験を含む実践的研究開発を、自然科学および人文・社会科学双方の知見や方法に立脚して進めなけれ ばなりません。さらに、ハード面での対策のみならず、ソフト面からの取り組みを通じて“コミュニティ力”を向上させることが、安全・安心な都市・地域づく りを図る上で、きわめて重要なのです。これらは長年指摘されているものの、それをどのように実現するかについては依然として明確な回答が出されていませ ん。それを実現するのが、科学技術振興機構社会技術研究開発センターが新たに設定し、研究提案の募集を始めた新規研究開発領域「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」の研究開発プロジェクトであると考えます。

 そこでは、初年度の研究開発プロジェクトおよびプロジェクト企画調査の要素イメージとして「コミュニティの特性を踏まえた危機対応力向上」、「自助・共 助・公助の再設計と効果的な連携」、「安全・安心に関わる課題への対応のために個別技術・知識をつなぐしくみの構築」、そして「コミュニティをつなぐしく みの社会実装促進(法規制や制度等の整理分析、新たな取り組みへの仕掛けづくり)」という4つの項目を掲げています。

 初回である本年度の公募では、産・学・公・市民の幅広いセクターの協働の下、これらの要素イメージを包含する優れた提案が、地域、若手、女性など多様な方々から寄せられることを期待します。

京都大学防災研究所 教授、科学技術振興機構「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」研究開発領域総括 林 春男 氏
林 春男 氏
(はやし はるお)

林 春男 (はやし はるお)氏のプロフィール
東京都生まれ、私立武蔵高校卒。1974年早稲田大学文学部心理学科卒、79年早稲田大学大学院博士課程修了、83年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院で博士号(Ph.D.)取得。弘前大学人文学部講師、同助教授、広島大学総合科学部助教授を経て94年 京都大学防災研究所地域防災システム研究センター助教授、96年 京都大学防災研究所巨大災害研究センター教授。2012年7月、科学技術振興機構社会技術研究開発センターの戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)・2012年度新規研究開発領域「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」の領域総括に。専門分野は社会心理学。著書は『いのちを守る地震防災学』(岩波書店)、『率先市民主義―防災ボランティア論講義ノート』(晃洋書房)など。

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