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大学発イノベーションの振興のために、「科学経営」研究と実践の一体的な推進を(仙石慎太郎 氏 / 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)准教授・イノベーションマネジメントグループ 代表)

2012.06.12

仙石慎太郎 氏 / 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)准教授・イノベーションマネジメントグループ 代表

京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)准教授・イノベーションマネジメントグループ 代表 仙石慎太郎 氏
仙石慎太郎 氏

 わが国は21世紀の知的立国を目指し、「ライフイノベーション」及び「グリーンイノベーション」が政府主導で推進されている。その潮流のもと、大型の研究助成プログラムが多数設けられ、大学・公的研究機関において中核拠点形成が進められている。しかしながら、これら制度のもとで行われる研究活動に関して、その主たる担い手である大学・公的研究機関では、経営管理(マネジメント)の定石があるとは言い難い状況にある。つまり、これら公的資金を効果的に運用するための戦略、オペレーション及び組織体制の強化は急務といえる。

 我々の研究グループではこのような現状を鑑み、かつ第一線のサイエンスの研究部局に属するという“地の利”を活かし、「技術経営」(management of technology、MOT)の体系に学びつつ、いわゆる「科学経営」(management of science)の確立、学術研究と実践の一体的な推進を目指している。

「科学経営」の今日的意義

 冒頭で述べた通り、技術経営は学問体系として確立されて久しい一方、「科学経営」は世界的にも存在しないか、あるいは広義の技術経営に包含されている。これは、大学・公的研究機関における科学研究の主流が各種の専門分野に閉じて、かつ当該分野のパラダイムを共有する科学者集団によって連続的に運営されてきたこと、パラダイム転換も主として科学者集団の内なる要請により発生してきたことによろう。すなわち、「マネジメントを意図的に働かせる」という意識は、とかく大学において希薄であり続けた。

 しかしながら、昨今はこの伝統的な科学研究体系が大きく変化しつつある。具体的には、以下の3つの動きを指摘しておきたい。

  1. 大型競争的資金

     「大学(国立大学)の構造改革の方針」(2001年6月)や「第3期科学技術基本計画」(2006年3月)以降、わが国でも大型競争的研究資金制度が実施されてきた。これは、日本の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図ること、重点的な支援を行うことを通じて、国際競争力のある大学づくりを推進することを目的としている。具体的には、「21世紀COEプログラム」(2002-08年度、11分野274件)、「グローバルCOEプログラム」(2007-13年度、11分野140件)、「世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラム」(2007-16年度、6件)、「最先端研究開発支援(FIRST)プログラム」(2010-14年度、30件)などがこれに該当する。

  2. 学際・異分野融合

     前項と軌を一にして、新たなパラダイムの創出の加速を企図して、いわゆる学際・融合研究の組織的取り組みが盛んになっている。米国では2004年、米国科学アカデミーより“Facilitating Interdisciplinary Research”が報告された。その報告では、レーダーの発明やタンパク質のX線構造解析といった学際的アプローチによる社会的価値創造が顕著な例など、近年における融合研究推進イニシアティブに至る事例をもとに、学際領域の研究開発を推進する人材を育成し、研究組織を運営し、研究が正しく評価・助成されるための枠組みを提言している。この流れはわが国においても同様であり、例えば前節に挙げた研究プログラムの多くが、学際・異分野融合研究をそれらの前提としている。

  3. 組織連携(産官学連携)

     「産官学連携」あるいは「産学連携」とは、大学・公的研究機関と民間企業などが連携して行う研究活動である。必然的に、基礎・応用研究と開発研究のより強固な結合、イノベーションの加速が含意されている。わが国では、通産省(当時)が主導した国家プロジェクト(1975-92)が源流となり、科学技術庁(当時)が開始した「創造科学技術推進事業」(ERATO、1981-)また「戦略的創造研究推進事業」(CRES、1995-)などにより本格化し、今日に至っている。加えて、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や産業技術総合研究所などの研究開発助成・実施機関を通じて、産官学連携研究が大いに推進されている。

アカデミック・イノベーション・マネジメント研究の方針

 上述の課題認識を受け、京都大学では、経済学研究科、経営管理大学院及びWPI-iCeMSの有志により、分野・部局横断的な「アカデミック・イノベーション・マネジメント(AIM)研究会」が2009年に発足した。同研究会では、「大型競争的研究資金制度の目的が達成されたかどうか」を正しく評価するための、費用効果分析手法の開発、提案を主な目標としている。研究アプローチとしては、国内事例の経営管理様式の精査、海外事例との比較をもとに、一般経営学・応用経済学の知見を援用し、融合・連携を促進するための経営管理フレームワークを開発、実践を経てその有用性を評価することを試みている。また、得られた成果は学術研究発表のみにとどまらず、融合・連携を目指す研究拠点・研究者が実践可能なものとし、真に価値ある成果の創出を目指している。

 これら研究成果の、実践場面における発揮点のひとつは、研究会の名称の通り「大学・公的研究機関発のイノベーション」である。元来「イノベーション」とは、革新的発明・発見に基づく新たな社会的価値の創造であり、技術、人、組織、社会の幅広い変革を促す。また、「イノベーション・マネジメント」とは、イノベーション活動を理解、促進、支援することをいう。しかしながら大学・公的研究機関においては、技術シーズありきで、市場ニーズ不在のイノベーション推進▽世界を顧みず国内に閉じた取り組み▽インベンション(発明)とイノベーションの誤解——などの問題が依然として多い。イノベーションが単に技術革新にとどまらず知的創発まで含意することを考えれば、アカデミック・イノベーションの在り方は、科学経営を語るうえで、古くて新しい重要論点の1つである。

WPI-iCeMSにおける取り組み課題:幹細胞技術のイノベーション・マネジメント

 幹細胞は再生医療や創薬の鍵となる科学技術であり、日本はiPS(人工多能性幹)細胞の発見などの優れた成果を輩出している。一方、イノベーション(科学技術の活用)となると、欧米主要国はもとより、いくつかの新興国よりも劣勢である。これは、前述のように、イノベーションの「種」の発見には熱心だった反面、「育て方」の研究・考察が必ずしも十分でなかったことによろう。

 そこで我々の研究グループでは、平成22(2010)年度より「幹細胞科学技術の統合的イノベーション・マネジメント研究と人材育成・事業化支援」プロジェクトを開始した。同研究プロジェクトは、最先端・次世代研究開発支援(NEXT)プログラムの助成のもと、幹細胞分野における京都大学の世界的な影響力とネットワークを基盤とし、イノベーション経営(マネジメント)の方法論を開発、そして企業などと協力し、事業の創出を図ることを目的とする。

 研究の進め方としては、これまでは経験則に頼りがちだったイノベーションの検討に、科学的なアプローチを導入する。人文社会科学と幹細胞科学の研究者が密接に協力し合い、論文・特許データの詳細分析と、国内外の産業クラスター構造の比較分析を行い、世界の動向と日本の強み・弱みを正確に把握する。このような研究・実践一体の取り組みのもと、日本の「ものづくり」の強みが発揮できる製品・サービス分野の開拓、日本の環境に適した事業化モデルの開発を通じて、 イノベーションの着実な実現を支援していきたい。また、この方法論を他分野にも展開することで、新産業育成への幅広い貢献も目指したい。

京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)准教授・イノベーションマネジメントグループ 代表 仙石慎太郎 氏
仙石慎太郎 氏
(せんごく しんたろう)

仙石慎太郎(せんごく しんたろう)氏のプロフィール
1973年東京都新宿区生まれ。92年学習院高等科卒、96年東京大学理学部卒、2001年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了、博士(理学)。2001-05年マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン(コンサルティング企業)ビジネスアナリスト/アソシエイト。2005-07年東京大学大学院薬学系研究科ファーマコビジネス・イノベーション教室講師。2005-07年㈱ファストトラック・イニシアティブ(独立系ベンチャーキャピタル)マネージャー 。2008-09年3月京都大学産官学連携センター寄附研究部門准教授。2009年4月から京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)准教授・イノベーションマネジメントグループ 代表、および東京大学薬学部非常勤講師。
専門分野:技術経営学、イノベーション論、バイオテクノロジー産業論

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