コラム - オピニオン -

持続可能な社会とリスクへの予見的対応

茨城大学 学長特別補佐、地球変動適応科学研究機関長 三村信男 氏

掲載日:2012年1月1日

茨城大学 学長特別補佐、地球変動適応科学研究機関長 三村信男 氏

三村信男 氏

 

2011年を振り返ると、3月の大震災・津波災害と9月の台風12号による紀伊半島の豪雨・土砂災害、10月のタイの洪水が相次ぎ、歴史的な大災害の年となった。東日本大震災の被災地では、新しい地域づくりに向けて復興が進み始めている。一方、長期的に考えると、日本の各地域が今後も地震・津波や台風、豪雨、高潮など自然災害に遭遇することは避けようがない。さらに、気候変動、エネルギー・資源問題、高齢化問題などが一層顕著になると予想される。つまり、今世紀においては、これら複数のリスク、さらにそれが相乗した複合リスクにどう対応するかが大きな課題となるであろう。では、2011年の経験を踏まえて、持続可能な社会を構築していく上でのリスク管理について、何を学ぶべきだろうか。

3.11大震災と原発事故から学ぶべきことの一つは、リスクに対する予見的な対処が極めて重要だということである。古くから「備えあれば憂いなし」と言われてきたが、この「備え」に対する新しい考え方が出てきていることに注目したい。昨年9月、中央防災会議は報告書を出して、最大クラスの津波に対しては減災(避難・救援による人命の保護)の考え方で対処し、人が一生の間に遭遇する可能性のある100年に一度程度の津波に対しては防災で対応するという2段階の対応の考え方を提示した。さらに、年末の12月27日には、これに基づいて防災基本計画を修正した。私達を取り巻く自然は、非常な猛威をふるうことがあり、その威力は時として人間が作った防御装置を大きく上回る。そうした場合には、その外力を受け流し、避難によって人命の被害を最小限に抑えるというのが減災の考え方である。

一方、全く無防備では、頻繁に人命や経済的被害が発生するため、一定の外力(設計津波)以下では、複数の防護施設を組み合わせて人命と財産、経済活動などを防護しようということである。この考え方の重要なことは、津波防災における予見的対応の前提として、最大クラスの事象を想定すべしとしたことである。それを防災政策の中に明示的に取り入れ、防ぎきれない津波でも被害を最小にする方策を取るように促した。自然の猛威が人為を上回るのは古くから言われてきたことだし、減災の重要性は1995年の阪神淡路大震災の教訓でもあったが、社会全体で見ればその認識が不徹底だったといわざるを得ない。大災害や原発事故など社会の安全に対する重大な潜在的リスクに対して、この考え方の重要性をあらためて認識し、リスク対応を具体化する必要がある。

予見的な対応は、緊急時の避難においても重要である。甚大な被害を回避する上で重要なのは、情報の伝達であり、津波が発生したときに、いかに住民に正確な情報を伝えるかが課題である。現在、津波発生時の情報伝達は、気象庁の津波警報・注意報が主な手段であり、その出し方の改善が図られている。こうした予測に基づく警報と共に、モニタリングによるリアルタイムの情報提供が必要だと考える。沖合で観測された津波の情報を、海岸周辺の自治体関係者、住民、観光客などに伝えれば、早期避難への強い動機付けになるに違いない。日本中の海岸を沖合の観測網で囲めば、津波が襲う少なくとも10-20分程度以前に状況を住民に伝えることができる。政府の来年度予算案には海底地震計・津波観測網の整備が含まれているが、こうしたモニタリング網の整備を早急に進めるべきである。

一方、地球規模のリスクである気候変動でも、予見的対応の重要性が国際的に認識されてきている。降雨の強大化、洪水と渇水、土砂災害、農業影響、熱中症などの被害が毎年報告されるようになっており、気候変動の影響は世界的にも顕在化しつつある。今後、途上国の人口増加によって影響を受ける人々が急増するため、気候変動はいわゆる環境問題の枠を越えて地球社会の安全保障の問題と認識されるべきものである。

気候変動に対する対応策には、二酸化炭素(CO2)排出を削減する緩和策と悪影響に備える適応策の2つがある。緩和策の目的は、温暖化の暴走を抑えて、人間社会が適応できる水準以下に安定化することである。これは、地球環境がunmanageable(管理し難い)になるのを回避する対策といえる。注意すべきは、このunmanageable な事態には、グリーンランドの氷が長期的に融解して世界の海面を最大で7メートルも上昇させるといったカタストロフィックな変化の引き金を引かないという、遠い将来への配慮も含まれることである。一方、適応策は、緩和策が功を奏しても一定の温暖化の進行は避けられないため、悪影響に対して予見的に対策を取るものである。その意味で、unavoidable(不可避)な悪影響に対する対策といえる。この2つの対応策の最適な組み合わせが、望ましい気候変動対策ということになる。

しかし、昨年末ダーバンで開催された温暖化交渉のCOP17では、米中を含む主要排出国の排出削減枠組みは合意に至らなかった。世界の温室効果ガス排出が増大し続けている現状では、今後数十年にわたる温暖化の進行を想定しなければならない。そのため、緩和策と共に適応策の必要性が高まっている。気候変動に対する予見的対応のベースは、気候予測である。つまり、衛星を含む地球観測、環境モニタリングと気候モデルによる将来予測に基づいて、起こりうる影響・被害の程度を予測し、これを用いて対策を打つということである。一方、気候の将来予測には不確実性が残るため、柔軟に対応策の検討を繰り返すことが必要である。最新の観測や研究の進展によって気候予測が改善され、現在の気候変動適応策をより妥当なものに変更する、こうした科学と政策の連携に基づく順応的な政策展開が今後重要性を増すことになろう。

2009年1月1日のこのコラムで、吉川弘之元東大総長は、地球や社会の持続性を理解し実現するための科学のあり方について、次のように書かれている。「従来の科学は、顕微鏡で二次元の、望遠鏡で三次元の拡大を進めながら、できるだけきれいな環境の実験室で存在の本質を明らかにするというものだった。しかし持続性の研究はこれと違い、過去から将来にわたる変化を対象としながら、実験室でない現実の中で人がどのように行動すればよいかを見極めるものでなければならず、そのためにスーパーコンピューターによるシミュレーション、それは四次元のレンズと考えてよいが、それによって変化を予測しながら正しい行動の指針を得るための構成理論を作り出すというものである」(2009年1月1日オピニオン「持続性のための科学研究」)。これまで述べてきた予見的対応とは、まさに変化を予測しながら正しい行動を取ることを意味している。そのために、将来の自然環境や社会を予測・分析する科学の構築が必要である。

3.11大震災や原発事故、気候変動の顕在化に直面して、持続可能な社会の土台として、社会の安全・安心の確保が重要なことがあらためて広く認識された。リスクは、気候変動や自然災害にとどまらず、社会経済的なものを含めて多様で複合的である。社会の安全・安心を保証するためには、災害や事故、危機が起こってから事後的に対処するのではなく、出来る限り予見的に対応することが必要である。数十年以上にわたって進行する気候変動と短時間で激甚な被害をもたらす自然災害とでは、時間・空間スケールやリスクの特性が異なる。そのため、多様なリスクに対して予見的に対応するためには、リスクの変化を予測しながら正しい行動の指針を的確に社会に提供する幅広い分野の科学技術の展開がなければならない。予見的なリスク管理は、地球や社会の持続性(サステイナビリティ)を理解し実現するための科学の重要な課題であり、ここに、21世紀の課題解決に向けた科学技術の大きな役割がある。

 

茨城大学 学長特別補佐、地球変動適応科学研究機関長 三村信男 氏
三村信男 氏
(みむら のぶお)

三村信男(みむら のぶお)氏のプロフィール
広島県生まれ、修道高校卒。74年東京大学工学部都市工学科卒、79年同大学院工学系研究科都市工学博士課程修了、83年東京大学工学部土木工学科助教授、84年茨城大学工学部建設工学科助教授、95年茨城大学工学部都市システム工学科教授、2004年から茨城大学学長特別補佐、06年から地球変動適応科学研究機関長も。専門は、地球環境工学、海岸工学。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書の執筆を担当するほか、文科省や環境省、国土交通省などの委員も務めている。アジア、太平洋各国の気候変動の影響評価と適応策を探る国際共同研究多数。工学博士。

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