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子どもにやさしい都市(まち)を!(木下 勇 氏 / 千葉大学大学院園芸学研究科 教授、日本学術会議子ども成育環境分科会政策提案小委員会委員長)

2011.10.20

木下 勇 氏 / 千葉大学大学院園芸学研究科 教授、日本学術会議子ども成育環境分科会政策提案小委員会委員長

千葉大学大学院園芸学研究科 教授、日本学術会議子ども成育環境分科会政策提案小委員会委員長 木下 勇 氏
木下勇 氏

わが国の子どもたちは幸せか?

「子どもが幸せであるかどうかは、その国の社会が健全で政治がうまくいっているかどうかの証である」とは国連児童基金(ユニセフ)の「子どもにやさしい都市(まち)」のスローガン。果たして日本の子どもたちは幸せでしょうか?

 このサイエンスポータルのインタビュー欄で五十嵐隆氏が、2007年にユニセフが公表した経済協力開発機構(OECD)加盟国への子どもの幸せ度調査を紹介しています。わが国はいくつかの指標が抜けているので総合的な幸せ度は示されていませんが、ひときわ孤独感が強いなど、気になる傾向を見ると、心配です。それは他の類似の調査でも将来に希望がない、自己肯定意識が弱いなどの意識が明らかになっていますので、たぶんに幸せと感じていない、または幸せとも不幸せとも何も感じていない子が多いのではないでしょうか? すると社会が健全ではなく、政治がうまくいっていないということになります。

 ユニセフ「子どもにやさしい都市(まち)」の第一の柱は「子どもの参画」です。もし社会や政治に問題があれば、子どもたち自らがその改善に取り組み、子どもにやさしい都市(まち)にしていこうというものです。

日本学術会議での分野横断的な子どもの成育環境の検討

 日本学術会議では第20期の課題別委員会「子どもを元気にする環境づくり戦略・政策検討委員会」の検討結果として「我が国の子どもを元気にする環境づくりのための国家戦略の確立に向けて(2007年)で、子どもの心身の劣化の問題をデータで示して、国が子どもの成育環境の総合的戦略に取り組むべきと報告しました。

 それを受けて第21期の学術会議では分野横断組織として「子どもの成育環境分科会」が組織されて、「成育空間」「方法」「時間」「コミュニティ」と視点を変えて検討を重ねてきました。これまで「成育空間」と「方法」の提言が出されて、「時間」の検討が終わったところです。学術会議の1部、2部、3部と横断的にさまざまな分野の第一線の方々がおられるので、いかにも学術会議らしい会議で、会議回数の多さも群を抜いています。なお、この小委員会の活動で、提言に対するモニタリング調査を学術会議として初めて実施して、その結果「成育空間の課題と提言(2008)の検証と新たな提案」としてフォローアップの報告もしています。

 しかしこれだけ対外的に発信しても国や世間の関心は低いのです。省庁の関連部署へのモニタリングの結果でも回答率は10%程度で、中には「学術会議とはどういう組織か?」と疑問を呈す所もありました。

学術フォーラム「子どもにやさしい都市(まち)の実現に向けて」

 そこで9月20日、日本学術会議講堂で、「子どもにやさしい都市の実現に向けて」という学術フォーラムを開催しました。第1部はこれまでの学術会議での検討を踏まえて「成育空間について」(仙田満放送大学教授)、「成育方法について」(内田伸子お茶の水女子大学教授)、「成育時間について」(佐々木宏子鳴門教育大学教授)、「災害と子どもについて」(矢田務愛知産業大学教授)の報告がありました。第二部はシンポジウムです。小澤紀美子こども環境学会会長より「東日本大震災支援の学会活動について」、当分科会委員長の五十嵐隆東京大学教授より「小児医療体制について」と、学術会議側から話題提供がありました。

 その後にゲストの一人として国からは内閣府政策統括官付参事官(少子化対策担当)の藤原朋子氏に参加いただき、国の子ども子育て新システムのお話をいただきました。家族関係社会支出も対GDP費で先進諸国の中でも低い水準の問題も指摘されました。もう一人のゲストは日本ユニセフ協会の早水研専務理事で、ユニセフの子どもの権利条約の枠組みと「子どもにやさしいまち」のプログラムについてのお話をいただきました。

 議論は内田伸子氏が提起した「共有型しつけ」が基調になりました。これは経済格差が学力の格差に反映するという主張に反論する興味深い報告でした。要約すると親のしつけスタイルの「強制型しつけ」と「共有型しつけ」(これは一方的に押し付けるのではなく、子どもの感じ方、考えを聞きながら共有していく型)と2群にわけてみると、有意に「共有型しつけ」の方が語意能力、国語学力が高いという結果の報告でした。つまり親の所得に関係なく、子ども中心の共有型しつけスタイルの家庭で子どもは学力に重要な主体的な自律的思考能力を身につけていく、という説明です。これは子どもの参画とも通じることです。

 そこで議論はまた東日本大震災における子どもたちの状況の話に及びます。「復興は時間がかかるが、子ども期は待てない」(矢田)というように、復興の現場ではどちらかというと産業や基盤整備、そして高齢者福祉が優先され、子どもの環境は後に置かれがちです。子どもは子ども期の「時間の中の主人公」(佐々木)であり、復興の将来像を「子どもとデザイン」(小澤)して「子どもの利益優先にアドボカシー(擁護、支援)」(早水)していくことが大事ではないでしょうか?

子ども参画による復興で日本の再生を

 まだまだ社会には子どもの参画について、「子どもを生意気にするだけ」とか、「子どもに聞いても非現実的」というような偏見があります。お飾り的に形だけの子どもの参加はあっても、大人は子どもを信用していないという空気が伝わるような催しも少なくありません。社会でも子どもに対して「強制型しつけ」の空気が支配し、それが子どもの幸せ感にも影響しているのかもしれません。

 私は被災地から55人の子どもたちが集まった集会(9月4日開催「子ども未来人サミット」)で、自分たちも被災者なのに、ボランティア活動でお年寄りを助けたり、地域を元気にする取り組みをしている話を聞き、この姿に未来を見る思いでした。

 復興の当事者でもある子どもたちが主役となって、この困難な状況を乗り越えたら、子どもたちが幸せと感じる社会ができるのではないでしょうか。復興はそういう人づくりと合わせて、未来を背負う世代を育てることをもっと真剣に考えてほしいと思います。首相は「福島の復興なくして日本の再生はない」と言いましたが、「子ども参画による子どもにやさしい都市(まち)への復興なくして日本の再生はない」と思います。

千葉大学大学院園芸学研究科 教授、日本学術会議子ども成育環境分科会政策提案小委員会委員長 木下 勇 氏
木下 勇 氏
(きのした いさみ)

木下 勇(きのした いさみ)氏のプロフィール
静岡県立下田北高校卒。1978年東京工業大学建築学科卒、84年東京工業大学大学院博士課程修了、工学博士。農村生活総合センター研究員、千葉大学園芸学部助手、助教授を経て2005年現職。日本学術会議連携会員。専門は都市計画、農村計画。若い時「三世代遊び場マップ」などの活動を仲間と始め、現在は子ども・住民参画のまちづくり、都市計画、持続可能な都市再開発地域マネジメント、環境マネジメントの関連で活動中。著書に「ワークショップ~住民主体のまちづくりへの方法論」(学芸出版)、「遊びと街のエコロジー」(丸善)、「まちワーク」(共編著、風土社)、「子ども・若者の参画」(共著、萌文社)、「都市計画の理論」(共著、学芸出版)、「海辺の環境学」(共著、東大出版会)、「どもたちが学校をつくる」(翻訳、鹿島出版会)、「こどもがまちをつくる」(共編著、萌文社)など。

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