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サイエンス高校 - 科学技術日本に向けてのチャレンジ(和田昭允 氏 / 理化学研究所 研究顧問)

2010.01.08

和田昭允 氏 / 理化学研究所 研究顧問

理化学研究所 研究顧問 和田昭允 氏
和田昭允 氏

 私はいま、校名に“サイエンス”を日本で初めて冠した横浜市立「横浜サイエンスフロンティア高校」(YSFH)の常任スーパーアドバイザーをしている(*1〜4)。

 そこでの想い「一芸一能に秀でた人物を、環境や家庭の所得格差を超えて育てたい。皆が柔軟な頭をもち、問題解決力に優れた“個性豊かな、優れた社会人”に育ってほしい。加えて、そこにいるに違いない天才・偉才を、絶対見落とすことなく発掘し、伸ばして行こう」をこの機会に述べさせていただく。

 若い人はあらゆる方向に実に多彩な可能性を秘めている。彼・彼女らが将来、自分の人生を振り返ったとき「自分は有意義な一生を送った」と思える道に進んでほしい。自分自身、家族、地域社会、日本、さらには世界人類の福祉と発展のために「一人の人間として全力を尽くした」と満足できる道だ。それは自分で見つけてもらいたい。

 そのために、学問が社会と世界のなかで持つ意義を理解し“知的ロマン”を感じながら、勉強とクラブ活動を並行させて楽しむ環境が必要だ。そこで、知識を智恵でつなげたら自分の知識が膨らむことが判る。そうすると面白くなってまた知識が欲しくなる、さらに知識が増えてまた智恵が使いたくなり、また知識が…、という「知識・知恵サイクル」を回り始める。こうして「見つけ・知る」、「作る・纏(まと)める」、「判る・納得する」の間を行き来しながら物事の理解が深まって行く。

 この勉強のコツから問題解決への道を会得すればシメタもので、最適の人生航路を見つけて進む“力”がつき“自信”を持つことになる。知的集団として、上に述べた“ものの考え方”を皆が共有すれば、学校では友達同士と明るい希望や理想を語りあい、社会では多くの人たちと意見をぶつけあうことで、彼・彼女の周りに優れたヒューマンネットワークが自然に出来上がって行くに違いない。

 そこで、なぜサイエンスか? それは“ものの考え方”の基本だからだ。

 サイエンスは(1)対象をよく観察し(2)正確で十分な情報(データ)を取り出し(3)構成要素群を見極め(4)要素間の因果をつなぐ論理を駆使して(5)最適の解決・解答を出す—指導原理だ。こうして(6)今日の高度に技術化された社会をスムーズに経営し、(7)将来を見通して予想・予言し、さらに(8)未来を開拓する。これまでサイエンスは自然を多く相手にしてきたが、本来は分野を問わず、人文系、社会系、理・工・医・農系のすべてが対象となる基礎学問なのだ。

 しかし、これは知的社会人であるための必要条件に過ぎず、これに“心”が加わらないと人間として失格だ。なぜなら、サイエンスは正確・冷徹であるだけに、ときには冷酷きわまりない。しかし冷酷・無慈悲は、人間の心が動かす社会にあって結局は破綻(たん)する。サイエンスの冷静な目は、この矛盾を認めざるを得ない。この矛盾を克服するには、人間としての知恵が要る。その智恵の湧(ゆう)出源としてYSFHでは、サイエンス・リテラシー(人間として身につけてほしい科学の智恵)の時間を設け、また、日本史と世界史を重視する。コミュニケーション能力を国際社会で活躍する要諦(てい)と位置づけ、国語・英語を連携させながら少人数教育で、 最近、故上田良二先生が書かれたエッセイを、お孫さんの上村泰裕さんに教えていただいた(*5)。上田先生は、私がその研究・教育における卓越した先見性と高い見識を尊敬する方だ。

 先生は希望される—「日本のどこかに理科が好きで好きで仕方がない先生が集まり、理科が好きで好きで仕方がない生徒を集めて、理科を楽しむ学校を創設できないものだろうか。昔の貧乏日本ではそんなことは夢の夢だったが、今日の日本では哲学次第で実現可能と思う」。そして、鋭いアドバイス—「先生は教える人、生徒は習う人」という通念を捨てて、先生と生徒が一緒になって楽しめば、必ず良い個性が育つ。理科教育の振興には、カリキュラムの精選に熱を入れるよりも、大らかに楽しむことを奨励するほうが有効ではなかろうか。平均的人材は、大まかに決めたミニマムエッセンシャルの教育で確保できる。それ以上については、自分で勉強して伸びてもらえばよいではないか。一見杜撰(ずさん)に見えるが、教育に自由の気風さえあれば毎年のノーベル賞も夢ではあるまい」

 全くその通りだと思う。「上田先生、先生が夢に描いておられたサイエンス高校がいま出来ようとしています。先生のご期待を裏切らないよう頑張ります!」

 YSFHには最新の器機をそろえた実験室が20室ある。そこでは本校の理科大好き先生に加えて、教育・研究の連携を結んだ大学や研究機関の研究者や大学院学生に指導をお願いしている。若者は良き兄・姉さんたちの背中を見て育つことが大切だ。現在、生徒は一年生だけの238人だが、年度を越せば新一年生が入ってくることで、兄・姉さんとして弟・妹を教える新しい経験が始まろうとしている。こうして、生まれたばかりのサイエンス高校に知の伝統が自発的に形作られて行くことを切に願い、私がこれまでいた伝統の場でのささやかな経験(*6、7)を伝えるべく、全力投球をしている次第であります。 乞ご支援・ご鞭撻(べんたつ)。

 参考資料

  • *1 http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/sidou2/koukou/sfh
  • *2 横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校
  • *3 NEインタビュー「サイエンスを使いこなす人材を育てたい」日経エレクトロニクス2008.3.24
  • *4 David Cyranoski「READING, WRITING AND NANOFABLICATION」Nature 460 171-172 (2009)(日本訳は Nature Digest 9月号)
  • *5 わが国における電子線回折、電子顕微鏡のパイオニアーで、日本の第一人者として国際的に高く評価されている故上田良二名古屋大学名誉教授(1911.10.1〜1997.7.2)が1996年ごろに書かれた未発表文書。お孫さんの上村泰裕・名古屋大学准教授のホームページに全文が掲載されている。
  • *6 和田昭允「物理学は越境する—ゲノムへの道」(岩波書店、2005)
  • *7 和田昭允「生命とは!物質か?—サイエンスを知れば百考して危うからず」(オーム社、2008)
理化学研究所 研究顧問 和田昭允 氏
和田昭允 氏
(わだ あきよし)

和田昭允(わだ あきよし) 氏のプロフィール
1952年東京大学理学部卒、71年同教授、89年同理学部長、98年理化学研究所ゲノム科学総合研究センター所長、お茶の水女子大学理事を歴任。現在、理化学研究所研究顧問、日本学術会議連携会員、横浜市青少年育成協会副理事長、同協会「はまぎんこども宇宙科学館」館長、東京理科大学特別顧問などを務める。横浜市が開港150周年を記念して設立したサイエンス高校の計画に約10年前から参画し「サイエンスの考え方」を基盤とする、新しい理念に基づいた高校設立に力を注ぐ。

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