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ニューオーリンズから何を学ぶか(青山 佾 氏 / 明治大学大学院 ガバナンス研究科 教授)

2009.06.03

青山 佾 氏 / 明治大学大学院 ガバナンス研究科 教授

明治大学大学院 ガバナンス研究科 教授 青山 ? 氏
青山 佾 氏

 この数年、ニューオーリンズの災害復興プロジェクトにかかわっている。今年4月には、現地から市民活動のリーダーや行政の責任者など20人ほどが東京を訪れて三宅島噴火災害の被災者や東京の水害多発地域の市民たちと交流を行った。日本からも何度かニューオーリンズを訪ねた。交流を重ねて、それぞれの国や地域の実態や災害の原因、態様が違っても、災害から学ぶ共通項が多いことにあらためて気がついた。

 ニューオーリンズを大型のハリケーン・カトリーナが襲ったのは2005年9月のことだった。水浸しの市街地、壊れた家屋、狭い避難所で過ごす被災者の模様などが世界に報道された。あのとき最初に私が疑問を感じたのは、「ハリケーンが来ることはわかっていたのに、なぜ1,300人もの人が犠牲になったのか」ということだ。近くのアラバマ州などでは事前に住民を避難させていて、犠牲者を出していない。そこで、ニューオーリンズではそのことについて聞いて回った。

 政治、行政、防災の関係者から納得のいく答えがない中で、市の経済界のリーダー、バイロン・ハレル 氏は「黒人市民の47%は文字が読めなくて、新聞も読まずニュースも見ないため、避難指示に反応することができなかった」と指摘した。

 ハレル 氏らは、被災の原因を取り除くため、読み書きを教えるチャータースクール(自由学校)を始めた。ハレル 氏は、「読み書きできるようになり、災害とは何か、水害とは何か、ハリケーンとは何か、気象予報とは何かについて、科学的な知識を身につけなければ災害はなくならない。だから、ニューオーリンズの本当の復興には、まだ何年もかかるだろう」と言う。

 災害の本当の怖さは、その地域や社会がもともと内在していた弱さが、ふだんは表面化しなくとも、災害時に一気に露呈してしまうことだ。災害対策は、日常的な地域の防災力を強化することか基本だ。私たちは、このことを肝に銘じておく必要がある。

 災害復興において、日本では一般に自治体が中心となるが、米国では市民活動団体が主役を演じる例が多い。日本、米国、それぞれに特徴があって、どちらが優れているかいう問題ではない。しかし、市民活動団体が民間資金を集める仕組みについては、日本の制度を充実し、市民運動の財政力を強くしていくことが必要だと思う。

 日本では一般に、地域の住民同士の結束は強い。三宅島の全住民が噴火のために2000年9月から4年半にわたって東京で避難生活を送ったときは、公営住宅の空き家に分散入居し、近隣コミュニティの住民たちが世話を焼いた。災害時に往々にしてみられる孤独死がまったく発生しなかったのは近所の人たちのおかげだ。

なかなか家が建たないニューオーリンズ下9区
なかなか家が建たない
ニューオーリンズ下9区

被災から2年経ってもニューオーリンズの下9区などには壊れた家が放置されていて、復興は遅々として進まないようにも見えるが、市民たちは着実に一歩一歩、災害に強い社会をつくろうと前に進んでいる。私たちが米国社会から学ぶものがあるとすれば、行政から自立した、市民社会の自主的な取り組みだと思う。

 日本では地震が多い。地球の表面を構成しているプレートが4枚も日本列島で重なっているからだ。だから地震に強い建築、地震に強いインフラをつくった。水害は日常茶飯事だ。したがって対策も半端ではない。関東の荒川は、岩淵から下流は人工河川だ。隅田川の氾濫(はんらん)からまちを守るために、大正時代に幅500メートルの川をつくった。世界に約800ある活火山のうち日本には108が存在する。近年でも有珠山、桜島、伊豆大島、三宅島などをはじめいくつもの火山が噴火を繰り返しているが、人々はそこで生活を営んでいる。

 日本は災害と共生する国である。そこからさまざまな生活の知恵を生みだし、科学技術を進歩させてきた。同時に日本は省エネルギーでも先進国だ。エネルギー資源の産出が少ないから工業面でも生活面でも省エネルギー構造をつくってきた。そういう、防災や省エネルギーのノウハウを、世界に発信していくことが人類社会の進歩や幸福につながると思う。

ニューオーリンズ一行が訪日して東京のゼロメートル地帯を視察
ニューオーリンズ一行が訪日して東京のゼロメートル地帯を視察

 ニューオーリンズはスープ皿の底と言われる。地下資源の汲み上げなどによって地盤沈下したせいでもある。日本の首都東京でも、水面以下の、いわゆるゼロメートル地帯に住んでいる人は200万人以上いる。防潮堤、河川堤防、水門、ポンプによって守られている。気候変動により今後、これらの技術やシステムに関するノウハウを必要とする国や地域は増えるだろう。日米に限らず世界的に種々の被災体験や防災対策を交流し合っていくことが大切だと思う。

明治大学大学院 ガバナンス研究科 教授 青山 ? 氏
青山 佾 氏
(あおやま やすし)

青山 佾(あおやま やすし) 氏のプロフィール
1962年東京都立武蔵丘高卒、67年中央大学法学部法律学科卒、東京都職員。神経科学総合研究所調査課長、都市計画局課長、城北福祉センター所長、東京都福祉局部長、政策報道室計画部長、同理事などを経て99-03年東京都副知事。04年から現職。06-09年米国フォード財団のニューオリンズ三宅島交流プロジェクト主宰。08-09年米国コロンビア大学客員研究員として東京、ニューヨーク、ロンドンの都市政策比較研究。著書に「小説後藤新平」(学陽書房、ペンネーム郷仙太郎)、「自治体の政策創造」(三省堂)など。

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